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第1章第4話 本当の真実

十五年前の夜


 その夜。


 俺は里長――ガルド・エルフォードの家を訪れていた。


 昼間までとは違い、里は静まり返っている。


 だが、その静けさは決して穏やかなものではなかった。


 窓越しに感じる視線。


 道ですれ違った人々の怯えた表情。


 小声で囁かれる噂。


 全部分かっていた。


 魔王の息子。


 そう呼ばれた瞬間から、俺はもう昨日までの俺じゃない。


 胸の奥が重い。


 まるで何かが少しずつ壊れていくようだった。


「入れ」


 ガルドの声が聞こえた。


 扉を開ける。


 室内にはガルドしかいなかった。


 ミリアの姿もない。


 恐らく意図的だろう。


 これから話すことを聞かせたくないのだ。


「座りなさい」


 言われるまま椅子に腰を下ろす。


 木製の机を挟み、ガルドと向かい合う。


 妙に息苦しかった。


 ガルドはしばらく何も言わない。


 ただ静かに暖炉の火を見つめている。


 やがて。


「レイン」


 低い声が響く。


「お前は私を恨むかもしれん」


 その言葉に胸がざわつく。


「どういう意味ですか」


「最後まで聞け」


 そう言うとガルドは目を閉じた。


 まるで覚悟を決めるように。


「十五年前」


 その一言で空気が変わった。


「勇者と魔王が戦った」


 俺でも知っている話だ。


 誰もが知る伝説。


 勇者アークライト。


 そして魔王ヴァルゼオン。


 世界最強と謳われた二人。


「その戦いは三日三晩続いた」


 ガルドは遠い昔を見るように語る。


「山は砕け、川は蒸発し、空さえ裂けた」


 想像もできない。


 だがガルドの声には誇張がなかった。


 本当にそうだったのだろう。


「そして四日目の夜」


 ガルドの拳がわずかに震える。


「二人は相討ちになった」


 部屋が静まり返る。


 暖炉の薪が弾ける音だけが響いた。


「そこで終わるはずだった」


「……はずだった?」


 俺は聞き返す。


 ガルドはゆっくり頷いた。


「だが終わらなかった」


 嫌な予感がした。


 聞きたくない。


 でも聞かなければならない。


 そんな気持ちだった。


「私はその戦場にいた」


「えっ……」


 思わず声が漏れる。


 ガルドは元冒険者だとは知っていた。


 だが。


 まさか。


「私は勇者一行の一人だった」


 頭が真っ白になる。


 伝説の勇者パーティ。


 その生き残り。


 目の前の老人が。


「勇者様の仲間だったんですか……」


「ああ」


 ガルドは小さく笑った。


 だがその笑みは悲しそうだった。


「私は戦いのあと、生存者の確認をしていた」


 そこで。


 ガルドは言葉を止めた。


 何かを思い出したのだろう。


 表情が苦しそうに歪む。


「そして見つけた」


「何を……?」


「二人の赤子だ」


 心臓が止まった気がした。


 ガルドの瞳が俺を見つめる。


「一人は勇者の娘」


「……」


「そしてもう一人は魔王の息子だった」


 背筋が凍る。


 息ができない。


「なぜ……そんな場所に?」


 やっとの思いで言葉を絞り出した。


「分からん」


 ガルドは首を振る。


「だが二人とも生後数か月ほどだった」


 勇者と魔王。


 敵同士。


 なのに子供がいた。


 意味が分からない。


「その時だった」


 ガルドの声がさらに低くなる。


「何者かが現れた」


「何者か?」


「顔も姿も分からん」


 だが。


 その一言に恐怖が滲んでいた。


「私はあの時、勇者や魔王より恐ろしい存在を初めて見た」


 ガルドが震えている。


 伝説の戦士が。


 十五年経った今でも。


「その者は二人の赤子を抱き上げ」


 そして。


 静かに告げた。


『世界は間違えた』


 部屋の温度が下がった気がした。


 なぜだろう。


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸がざわつく。


「そして奴は言った」


 ガルドの喉が鳴る。


『ならばやり直そう』


 暖炉の火が揺れた。


「気づけば赤子は消えていた」


「消えた……?」


「そうだ」


 ガルドは頷く。


「そして数日後」


 その目が俺を見る。


「私はお前を見つけた」


 言葉が出ない。


「結界の外で泣いていたお前をな」


 頭が混乱していた。


 つまり。


 つまり俺は――


「じゃあ俺は……」


 魔王の息子なのか。


 本当に。


 その瞬間だった。


 ――ドクン。


 胸の奥で何かが脈打つ。


 激しい痛み。


「ぐっ……!」


「レイン!?」


 椅子から転げ落ちる。


 頭の中に映像が流れ込んできた。


 知らない記憶。


 黒い玉座。


 巨大な門。


 そして。


 一人の男。


 黒い髪。


 金色の瞳。


 圧倒的な威圧感。


 だが。


 その男は笑っていた。


 優しく。


 まるで息子を見るように。


『……レイン』


 声が聞こえた。


「父……上……?」


 無意識に呟く。


 涙がこぼれそうになる。


 会ったこともないはずなのに。


 なぜこんなにも懐かしいのか。


『まだ来るな』


 男の声が響く。


『今はまだ』


「待って……!」


 手を伸ばす。


 だが。


 景色は霧のように消えていった。


 気づけば床に倒れていた。


 息が荒い。


 心臓が痛い。


「レイン!」


 ガルドが肩を支える。


 しかし。


 俺はそれどころではなかった。


 父を見た。


 間違いない。


 今のは。


 記憶だった。


 そのとき。


 家の外で何かが光った。


 ガルドの顔色が変わる。


「まさか……!」


 老人が窓へ駆け寄る。


 俺も立ち上がる。


 そして見た。


 北の空。


 遥か彼方。


 魔王城の方向だ。


 夜空を貫くように。


 巨大な黒い光柱が立ち上っていた。


 まるで世界そのものが叫んでいるかのように。


「始まった……」


 ガルドが青ざめる。


「何がですか」


 問いかける。


 だが。


 返ってきた言葉は。


「運命の再始動だ」


 その意味を。


 俺はまだ知らなかった。

一読していただきありがとうございます。

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