10-3
「ありゃ完全に勘違いしてるな――なにが立場上だよ。正義感なんか持ってないくせに美香子の前だけかっこつけやがって――もう戻ってくんな」
花織のつぶやきに新井が「わたしもそう思う」とうんうんうなずく。
「あんたの意見なんか聞いてないし」
そう言われて肩を竦める新井に美香子は今までの経緯を説明した。
「信じられないけどぉ――でもなんか変なのは確かだし、まあ魚住さんが言うんだからそうなんだねぇ。あっ」
意外とあっさり信じてくれた新井の視線が、自分の背後に注がれるのを見て美香子は振り返った。
駅長猫の前で米澤が立ち上がっていた。まだ少し辛そうな表情をしているが、さっきよりは顔色も良く、目つきもしっかりしている。
「大丈夫?」
「うん――さあ、出口捜そう」
米澤は美香子にうなずき、ずれたヘアバンドを整えてからしゃんと立った。
「出口?」
花織が眉を寄せて問う。
「ここ異界なんだろ? 出口捜さなきゃ」
「は? んなもんある? どうすんのよ。何回繰り返しても別次元の地下通路なんだよっ」
「なにか手掛かりがあるはずだ。それがわかったら出られるんじゃないかな」
花織の剣幕を気にも留めず、すました顔で米澤は地下通路を見渡した。
「でも内田先生や桧垣さんに東山君もいて、他に誰もいないか捜索してる。もし手掛かりを見つけて出られるんならみんな集まってからにしないと」
それが可能かどうかわからないけど――美香子はそこだけ心の中でつぶやいた。
「僕もその別次元とやらがどんなふうなのか見てみたいし、何かがわかるかもしれないから、とにかく動いてみるよ」
米澤の言葉に花織が美香子の顔を見た。ここにじっとしていたくないという表情だ。
「わかった。わたしたちも行く」
美香子の目配せに新井も大きくうなずく。
だが、
「ちょっと待ってぇ」
「はい来た。言うと思った」
花織があからさまに顔をしかめた。
それを無視してバッグを探っていた新井が中から赤い塗料スプレーを出してきた。
「なにそれ?」
花織が豆鉄砲を喰らったような顔でスプレー缶を指さす。
「ペンキスプレー」
「いやそれは見ればわかるけど――」
「ここに、こうやってぇ――」と、新井が駅長猫に重ねてハートを描く。
「こうやっとけば、この次元が今いた場所って証拠になるでしょぉ」
「なるほど――ねえ新井さん、桧垣さんたちが来た時のために『ここで待て』って書いてくれる?」
「オッケー」
美香子の提案にうなずいて新井がハートの下に『ここで待て』と大きな赤い文字を書き足した。