10-4
「ふうん」
花織が唇を尖らしている。
「どうしたの?」
「んー、ちょっと見直したかな、新井のこと」
「へえ」
「ほんのちょっとだけよ」
新井の作業が終わるのを待ち、四人は出来るだけ身を寄せ合って1番ホームへと通路を歩いた。
東山たちが出られないと言った改札出口が、自分たちならどうなるのかまず試してみたいという米澤の提案だ。
新井が壁に途切れ途切れにラインを引いている。
「駅長のハートがまだ見えてる印ぃ」
振り返ると確かに猫駅長のハートがまだ見えていた。
目的の場所までの間、美香子は米澤に現実の地下通路には崩落事故が起きていると電話で聞いたことを説明した。
通信が繋がったことを驚く米澤だが、それからは通じていないと聞いて落胆した。
「あぁ、もう見えない」
新井の声に振り返ると、壁のラインも突き当りの猫駅長のハートもなかった。
1番の昇降口の下に着き、四人は階段を見上げた。
「ねえ、美香子。あんたの言った通りかも」
「なにが?」
「新井のメンタル。さっきからあいつがこの中で一番強くて冷静だよハートといい、ラインといい――」
花織の指差す壁に今度は①が描かれていた。
「役に立つかわかんないけどねぇ」
新井がにかっと笑う。
「なんもしないより安心感はあるかな」
米澤がふっと微笑み、
「そうそう前向きになれる」
と、花織もこくこくうなずいた。
美香子はみんなに勇気づけられ、
「さあ上がろう。みんな離れないでね」
そう言って階段に一歩足をかけた。
「やっぱ東山たちが言った通りだったね」
花織ががくりと項垂れてため息をつく。
「これだけいろんな次元があるのに、改札から向こうは東山君の説明通りだね」
新井が改札口から外の空間にペンキを吹きかけた。
赤い霧は一瞬そこに留まるも、すうと吸い込まれるように消えてどこにもその跡がつかなかった。
「なに? 何の音?」
花織がきょろきょろと見回した。
ぶつぶつと人のつぶやきのようなものが聞こえ始め、それがだんだんと大きくなってくる。
それに合わせ線路上に黒い毛玉のようなものがどんどん転がって来ては増え積もり、ホームの高さにまで達しようとしていた。
「は、早く下りよう」
米澤を先頭に美香子たちも昇降口に急ぐ。
「早くっ」
美香子はペンキで②とマークしている新井を呼んだ。
これ以上ばらばらに離れてしまうことは避けたい。
「ごめんごめん」
階段を下りてくる新井を振り返り、美香子はその手を握った。ホームから溢れて転がり落ちてくるたくさんの黒い毛玉が見え「ひっ」と声が出る。
四人は慌てて通路まで下りた。
階段を見上げても何も落ちてこなかったが、1番ホームの空間は真っ黒に染まっていた。




