寄らないで
「おい、大丈夫か」
一人で腰をつくアルメリアのもとに、ヴォルターがゆっくりと歩いてきた。
「ヴォルターこそ大丈夫なの? 胸の傷は……」
ヴォルターがコートをめくると、大熊に引き裂かれたはずの胸はほとんど治癒していて、炭のように黒い小さな瘡蓋が張り付いているだけだ。その瘡蓋ですら治癒してはがれかかっている。
当の本人がピンピンしていたので、アルメリアは胸をなでおろした。
「よかった……」
「よくねえよ。どれだけ被害が出たと思ってんだ」
大熊こそ静まったものの、燃え盛る車両に、傷つき蹲る人々。中には死んでしまった人さえ存在する。
これ以上被害が広がることはないものの、辺りからは悲しみの声や、いまだ錯乱状態に陥る人たちの声が聞こえてきた。
「判断が遅かった。俺がさっさと殺すべきだった」
「……なんで自分のせいみたいに言うの。被害が広がったのは、あの銃を撃った人のせいでしょ。ヴォルターがいなかったら、全員死んでたんだから」
目の前の光景を自分のせいにし始めたヴォルターに、それは違うとアルメリアが諫める。
自分の言葉を否定されるとは思っていなかったのか、ヴォルターは驚いた表情でアルメリアを見つめ返した。
「ありがとう。助けてくれて」
「……成り行きで、仕方なく」
仕方なく、などと言っているが、皆が熊から逃げる状況で、子どもの下へ駆けつけたのはアルメリアを除けばヴォルターのみ。
アルメリアの代わりに雷を受け、傷ついた体で真っ先に向かってくれたのだろう。
「素直じゃないなあ」とアルが微笑みを見せた時、
「あ、あの子」
ヴォルターの背後から、助けた子どもが恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの……」
お礼を言いに来たのかな? と、ヴォルターを見上げる男の子の様子を、ほほえまし気にアルメリアは遠くから見つめた。
だが、ヴォルターが振り返り、少しだけ歩を詰めた時だった。
「——寄らないで‼」
女性が突如として、ヴォルター達の間に割って入り、庇うように男の子を抱えると、そのまま場を離れようと背を向ける。
「……行きましょう」
「でも……あの人……お礼……」
「いいの。あの人には言わなくても。誰かの為に命を張るのも当然のこと」
抱えられながら見えた横顔は、恐怖と憎しみが混濁したような険しい表情だった。
始めて見る親の顔に、男の子は言葉を引っ込め、気まずそうに顔を背けた。
「……え?」
目の前で何が起こったのかわからず、アルメリアが呆然と立ち尽くす。
「……待ってください。何がいいんですか……?」
離れていく親子の背中に、アルメリアが声を震わせながら叫んだ。
「助けてくれたんですよ⁈ 命を顧みず‼ なのに何でそんなこと言うんですか⁈」
「……おい」
「貴方とヴォルターがどんな関係かは知らないけど‼ それでも‼ 助けてくれたんですよ⁈ それなのに何で——!」
「おい」
少しだけ涙声になって叫ぶアルメリアの肩を、ヴォルターが少しだけ強く掴んで制した。
振り返ると、ヴォルターが少しだけ小さく息を吐いてから、諭すような声で語り掛ける。
「いいんだ」
「……何が?」
「慣れてる」
「じゃあ尚更良くない」
何かを諦めたように表情を抑えたヴォルターを見て、アルメリアはその体を強く抱きしめる。
突然抱きつかれ、ヴォルターは少し驚くも、胸の中ですすり泣くアルメリアを見て、逃げるように空を見つめた。
「……助けてくれてありがとう」
「……さっき聞いたよ」
「これはあの人たちの分」
「……なんだそりゃ」
2人の間に何があったらあんなやり取りになるのかはわからない。
だが、酷い言葉を吐かれて平然としようとするヴォルターの姿が、アルメリアにとっては悲しく映った。
アルメリアが泣くのを終えるまで、ヴォルターは何もせず、ただただ抱きしめられた。




