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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第1章
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寄らないで

「おい、大丈夫か」


 一人で腰をつくアルメリアのもとに、ヴォルターがゆっくりと歩いてきた。


「ヴォルターこそ大丈夫なの? 胸の傷は……」


 ヴォルターがコートをめくると、大熊に引き裂かれたはずの胸はほとんど治癒していて、炭のように黒い小さな瘡蓋が張り付いているだけだ。その瘡蓋ですら治癒してはがれかかっている。


 当の本人がピンピンしていたので、アルメリアは胸をなでおろした。


「よかった……」

「よくねえよ。どれだけ被害が出たと思ってんだ」


 大熊こそ静まったものの、燃え盛る車両に、傷つき蹲る人々。中には死んでしまった人さえ存在する。

 これ以上被害が広がることはないものの、辺りからは悲しみの声や、いまだ錯乱状態に陥る人たちの声が聞こえてきた。


「判断が遅かった。俺がさっさと殺すべきだった」

「……なんで自分のせいみたいに言うの。被害が広がったのは、あの銃を撃った人のせいでしょ。ヴォルターがいなかったら、全員死んでたんだから」


 目の前の光景を自分のせいにし始めたヴォルターに、それは違うとアルメリアが諫める。

 自分の言葉を否定されるとは思っていなかったのか、ヴォルターは驚いた表情でアルメリアを見つめ返した。


「ありがとう。助けてくれて」

「……成り行きで、仕方なく」


 仕方なく、などと言っているが、皆が熊から逃げる状況で、子どもの下へ駆けつけたのはアルメリアを除けばヴォルターのみ。


 アルメリアの代わりに雷を受け、傷ついた体で真っ先に向かってくれたのだろう。


「素直じゃないなあ」とアルが微笑みを見せた時、


「あ、あの子」


 ヴォルターの背後から、助けた子どもが恐る恐る近づいてきた。


「あ、あの……」


 お礼を言いに来たのかな? と、ヴォルターを見上げる男の子の様子を、ほほえまし気にアルメリアは遠くから見つめた。

 だが、ヴォルターが振り返り、少しだけ歩を詰めた時だった。




「——寄らないで‼」




 女性が突如として、ヴォルター達の間に割って入り、庇うように男の子を抱えると、そのまま場を離れようと背を向ける。


「……行きましょう」

「でも……あの人……お礼……」

「いいの。あの人には言わなくても。誰かの為に命を張るのも当然のこと」


 抱えられながら見えた横顔は、恐怖と憎しみが混濁したような険しい表情だった。

 始めて見る親の顔に、男の子は言葉を引っ込め、気まずそうに顔を背けた。


「……え?」


 目の前で何が起こったのかわからず、アルメリアが呆然と立ち尽くす。


「……待ってください。何がいいんですか……?」


 離れていく親子の背中に、アルメリアが声を震わせながら叫んだ。


「助けてくれたんですよ⁈ 命を顧みず‼ なのに何でそんなこと言うんですか⁈」

「……おい」

「貴方とヴォルターがどんな関係かは知らないけど‼ それでも‼ 助けてくれたんですよ⁈ それなのに何で——!」

「おい」


 少しだけ涙声になって叫ぶアルメリアの肩を、ヴォルターが少しだけ強く掴んで制した。

 振り返ると、ヴォルターが少しだけ小さく息を吐いてから、諭すような声で語り掛ける。


「いいんだ」

「……何が?」

「慣れてる」

「じゃあ尚更良くない」


 何かを諦めたように表情を抑えたヴォルターを見て、アルメリアはその体を強く抱きしめる。

 突然抱きつかれ、ヴォルターは少し驚くも、胸の中ですすり泣くアルメリアを見て、逃げるように空を見つめた。


「……助けてくれてありがとう」

「……さっき聞いたよ」

「これはあの人たちの分」

「……なんだそりゃ」


 2人の間に何があったらあんなやり取りになるのかはわからない。

 だが、酷い言葉を吐かれて平然としようとするヴォルターの姿が、アルメリアにとっては悲しく映った。


 アルメリアが泣くのを終えるまで、ヴォルターは何もせず、ただただ抱きしめられた。


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