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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第1章
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奇跡の燃料の正体

 

「……ヴォル、ター?」


 何が起こったのかわからずに、アルメリアは乾いた声でヴォルターを見上げる。

 目に映ったのは、全身から轟々と炎を溢れさせるヴォルターの姿と、ヴォルターの胸から滴る、溶岩のように燃える血だ。


「どけ」


 ヴォルターは胸の溶岩のような血を手で払った。既に傷口には瘡蓋ができて、出血が収まっていた。

 それを確認してから、ヴォルターは子どもを閉じ込める瓦礫に手を伸ばし、何事もなかったかのように持ち上げる。


「……お母さあああああああああん‼」


 解放された男の子が、女性に向かって抱きついた。


「……逃げろ」

「ヴォルター……その体……」

「早く‼」


 ヴォルターに怒鳴られ、アルメリアは親子と共に、一目散にその場を離れた。

 体から炎を溢れさせながら、ヴォルターは雷を纏う大熊にじりじりと詰め寄っていく。

 そんなヴォルターを横目に避難をしていると、やってきたローレンスに頭を小突かれた。


「てめえ‼ なんて無茶しやがる‼」

「ねえ、あれどういうこと?!」

「ああ?!」


 言葉を被せられ苛立った声を上げるも、食い気味に尋ねるアルメリアに、煩わしそうに唸ってから、「ああもう!」と苛立ったように続けた。


「ハイイロイカヅチオオヒグマが血中に発電成分を宿しているように、ヴォルターも血中に特殊な発火成分を宿している!」

「……?!」

「【未開の中央(セントラルアンノウン)】の生物は大体そうなんだよ! 特殊な染色体の影響で、強靭な肉体と特殊な血中成分を体に宿す進化をした生物! ヴォルターも同じ染色体を持った特殊な人間ってことだ‼」

「奇跡の燃料って……まさか……!」


 雷に炎。奇跡の燃料とは、それらを発現する特殊な成分を宿す、生き物たちの血液のことだったのか。

 確かに、大熊もヴォルターも、流した血液の量に対し、爆発的な雷や炎を生み出した。人知を超えたエネルギーを体に宿しているのは間違いない。


 何が起こっていたのかを理解したアルメリアが、ローレンスと共に、大熊と対峙するヴォルターの様子を遠くから伺った。


「グオオオオオオオオオオオオオオ‼」


 大熊が雄叫びと共に、辺りに雷撃をまき散らすも、ヴォルターはそれを俊敏な動きで躱しながら、体から炎を吹き出し、森へと追い立てるように大熊を後退させていく。

 雷を見て躱すなんて、人間に出来る動きではない。


「グル……グルゥ……!」


 じりじりと追い立てられる大熊を見て、「ヴォルター‼」とローレンスが大声を上げた。


「使用許可だ‼ 速やかにそいつを討伐しろ‼」

「……簡単に言ってくれるなよ」


 ローレンスの命令にヴォルターは小さく舌打ちをした

 少しの葛藤の後、背負っていた布からはみ出ていた柄のような部分に手をかけ、布を剥く。


「何、あれ……?」


 現れたのは機械の柄と巨大な水晶の刃が特徴的な大剣だ。


 全長2mは超える大剣の刀身は美しくも不気味な輝きを放つ黒水晶でできており、所々、釣り針の返しのような部分が見受けられ、斬る、というよりは刺すために作ったような構造だ。

 刀身の根元には大きな鍔型の、謎の機械が取り付けられている。

 自然の神秘を体現したかのような透き通った刃と、人類の叡智を詰め込んだような、大きな精密機械を合体させた不思議な大剣に、アルメリアは思わず目を奪われた。


 ヴォルターが両手で大剣を構え、大熊を迎え撃つ体勢になる。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」


 炎を出すのを止めたのを見て、大熊が隙と捉えたのか、ヴォルターに向かって勢いよく襲い掛かった。

 車両をも粉々にする大熊の一撃を、ヴォルターは刀身の平たい部分を使って、力任せにはじき返す。

 繰り出される攻撃を時に躱し、時に跳ね返す。そんな応酬を続けているうちに、大熊の動きが少しずつ鈍くなってきた。どうやら疲れ始めているようだ。


「グオオオオオオオオオオオオオ‼」


 疲れがたまってきたのか、次の一撃で仕留めようと、大熊がいつもより大きく腕を振りかざし、その巨体の体重を乗せるように、体全体を使って攻撃を繰り出した。

 だが、その構えを見た瞬間、ヴォルターは剣の刃先を大熊に向け、カウンターで攻撃を繰り出そうと身構える。


「————待って‼ 傷つけちゃだめ‼」


 何かに気が付いたアルメリアが決死の表情で叫んだ。


 不思議だった。なんで麻酔銃を撃ってはいけないのか。なんで皆の命が危険にさらされているのに、ローレンスたちは悪臭弾程度の装備でしか応戦しないのか。


 わずか数滴で爆発的な雷を発生させる大熊の血。下手に傷つけると血液が飛び散り、周囲に甚大な被害をもたらすからだろう。おそらく、外気に触れたり、体外で衝撃が加わることがトリガーだ。だから、あれだけの危険に晒されながらも、大熊を傷つけるような対処はできない。


 だというのに、あんな巨大な剣を大熊に突き立てようものなら、いったいどれだけの強大な雷が周囲にまき散らされるというのか。

 当然、それを至近距離で食らうヴォルターも無事ではすまない。



「駄目――――――――――‼」


 気が付いたアルメリアが叫ぶも、ヴォルターは制止に耳を貸さず、大熊の一撃を躱し、交差する形でその喉元に大剣を一閃した。

 そして、その刺突の瞬間にヴォルターは鍔部分のスイッチを入れ、機械を起動させる。




「——え……?」


 そして、目の前で起こった異様な光景に、アルメリアは思わず乾いた声を上げた。


「ガッ……ガアッ……!」


 大剣が大きな駆動音を上げると、大熊の血液がみるみるうちにヴォルターの剣に吸い取られていく。

 透き通った黒い刀身が血で濁っていき、その色が濃くなる一方で、大熊の体から色が消える。


 10秒も経たないうちに大熊の体中の血液を吸いつくし、ヴォルターは機械のスイッチを切った。

 大地を抉るほどの力と体重を持っていたはずの大熊の体は萎み、優しい音を立てて草原の大地に倒れこんだ。


「……すまなかったな」


 体中の血液を吸収され、不気味な姿になった大熊の死骸に目を落とし、ヴォルターが悲しそうに、その頬を撫でた。


「吸血機」

「え?」


 ローレンスが呟いた言葉に、アルメリアが反応する。


「血中成分の発現を無効化した上で、外気に触れさせず吸いつくす。うかつに傷つけられねえ【未開の中央(セントラルアンノウン)】の生物に対抗するための最終兵器だ」

「吸血、機……」


 全てが片付いたのか、ヴォルターが刀身を布でくるみ、再び背負いなおし、アルメリアの方へと歩き出す。


「大丈夫か」

「うん……」


 ヴォルターの背後には、大熊に襲われ半壊した列車が煙を上げている。


 たった1匹で列車に壊滅的な被害をもたらす【未開の中央(セントラルアンノウン)】の生物。

 その生物たちが宿す特別な血。

 そんな危険生物を倒す、炎の血を持つ黒髪の男。


 傷ついた人たちの救護活動が辺りで行われる中、とんでもない場所に来てしまったのだと、アルメリアは生気のない声で返事をしながら感傷に耽るのだった。


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