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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第1章
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炎の血

 

「おい、しっかりしろヴォルター‼」


 自分ではなく、ヴォルターを呼ぶ声でアルメリアは目を覚ました。

 はっきりしない意識を覚醒させると、耳が痛み、視界がかすんでいる。


「邪魔だ! どけ!」


 自分に向けて飛ばされた怒声に反射的に飛びのくと、徐々にはっきりとしてきた視界に映ったのは、意識を失って倒れこむヴォルターの姿だ。


「ヴォル、ター……?」

「何ぼうっとしてんだ‼ テメエはさっさと逃げるんだよ‼」


 ローレンスに怒鳴られ、アルメリアは辺りを見渡した。


 広がっていたのは地獄絵図だ。

 燃える草原。逃げ遅れ倒れる人々。その身内と思われる人が倒れた人間に寄り添い、後続の避難者に踏まれたりぶつかったりで、二次被害を生んでいる。


「うああああああああああ‼」


 悲鳴の先では、全身に雷を纏わせた大熊が、逃げ遅れた人のいる車両を襲っている。



「ああ……、あああああああああ……!」


 人間たちが、成す術もなくたった一匹の生物に蹂躙され、殺されていく。

 恐怖で立つこともできず、アルメリアは声を震わせながら、後ろに這うような形で大熊から逃走を始めた。

 見上げるほどの巨体を持つ大熊は、鉄でできた車両を、いともたやすく爪で引き裂き、その巨体で踏み壊していく。

 なんとか車両の隙間から這い出た乗客に、大熊が大きな咆哮と共に雷を浴びせ、命中した人間は悲鳴を上げる間もなく絶命した。


 


「自分の命を守ることだけ考えて‼ 避難を‼ 避難を優先してください‼」




 ローレンスの部下が必死に叫びながら、逃げ遅れた人たちを誘導する。

 合間合間で大熊を車両から引きはがそうと、ヴォルターが使用していた悪臭弾のようなものを投げるが、同じ手は二度は通用しない。

 熊は顔を少し動かして弾を躱し、再び逃げ遅れた人々の襲撃を再開する。




 なんで、こんなことになっている。

 なんで、あんな大きな熊が人を襲っている。

 なんで、熊の体から人を殺せるほどの雷が落ちてくる。




 何もかもが分からず混乱する頭で、ただ一つはっきりと理解できるのは、この場にいれば死んでしまうということだけ。

 人を襲う熊の背を見ながら、震えて立てない足の代わりに、なんとか腕を使って後退を続けていた時だ。


「お願い‼ 誰か手を貸して‼」


 悲痛な叫び声に、反射で声の方へ振り返った。


「子どもが挟まって動けないの! 誰かぁ‼」


 高そうなダウンを着た貴婦人が、天井部分が焼け落ち崩れた車両の前で、逃げる人たちに向かって必死に助けを求めている。

 だが、誰もその声に振り返ろうとしない。逃げ惑う人々と車両の隙間から、横になった車両と、燃える家具に挟まれて動けない子どもの姿が見えた。


「……‼」


 怖い怖い怖い。私の代わりに誰か助けてあげてよ。

 だが、その代わりの誰かなんて存在しない。皆自分の身を守るので精いっぱいだ。私だってそう。


 ————だけど、


「……‼」

「?! おい、どこに行く?!」


 迷った末にローレンスの制止を振り切り、アルメリアは親子の方へと駆けだした。

 死にたいわけではないが、それ以上に、助けを必要としている人を見捨てる人間になりたくない。

 人の波に逆らって走り抜け、アルメリアは女性の下へ駆け寄った。


「手伝います! どうすれば⁈」

「こっち!」


 案内された場所は、天井が焼け落ち、壁が崩れおちて、崩れた天井や壁の破片が瓦礫のように積み重なっていた。

 崩れた二段ベッドに挟まれた男の子が、パニックを起こし大きな声で泣いている。


「く……‼」


 二人がかりでを持ち上げようとするが、ベッドはびくともしなかった。


「あれ、使えませんか⁈」


 ならばとアルメリアは辺りを見渡し、列車の骨組であった細い鉄柱を指差した。

 考えを理解した女性が、鉄柱の傍へ駆け寄った。

 アルメリアはその間に倒れた棚を引いて、梃の支点とするために、崩れたベッドの傍へ場所を移す。


「「……せーの!」」


 鉄柱を隙間へ差し込み、反対側の端に全体重を乗せるように、女性とアルメリアは力を籠める。


「っああああああああああ‼」


 だが、どれだけ力を籠めようとも、びくともしない。


「もっと長い鉄柱を……あ————」


 覆いかぶさった黒い影に、アルメリアは言葉を失った。

 声を聴きつけた大熊が、二人を怒りに満ちた目で見下ろしていた。

 ぐるぐると低く唸り声を上げる喉。正気を失って怒りで溢れる黒い眼。殺気を放つように逆立つ灰色の毛。体中にバチバチと帯電する白い雷。


 生きた絶望が確かな殺意をもって、二人の前に立ちはだかっていた。




 もう、だめだ。




 自分より格の高い存在にひれ伏すがごとく、自然と膝が折れた。

 もう体を震わせることもできない。

 真っ白になっていく頭。真っ黒になっていく視界。


「お父、さん……」


 走馬灯のように脳裏をよぎったのは父の姿だ。

 不意に口からこぼれたとき、死を受け入れたのだとアルメリアも理解した。


 鉄をも抉る大熊の一撃が、アルメリアへと振り下ろされようとした時、




「——っ‼」




 アルメリアの前に割って入ったヴォルターの胸が、大熊の爪で傷をつけられた。


「——‼ ヴォルター?!」


 吹き出す血潮。ガクンと揺らいだヴォルターの体。

 ヴォルターが自分の身代わりになったと、アルの悲鳴が辺りに響いたその瞬間。




「————?!」




 ヴォルターの体から溢れた血が、爆発するような炎を生み出し、大熊の体を大きく吹き飛ばした。


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