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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第1章
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強襲

「まさか密猟した獲物を運転席に隠しているとはな……」

「見つからないわけですね。車掌がグルだとは思いませんでした」


 列車の操縦席に当たる先頭車両。そこでは車掌と思われる男がローレンスの部下に取り押さえられていた。


「獲物は?」

「この箱かと」


 操縦席の下の、脚を置く部分の床板が外され、その中から1辺100cmほどの正方形型の木箱が取り出された。所々に隙間があるのは空気穴だろう。


「慎重にな」


 ローレンスの部下は頷いた後、恐る恐る木箱のふたを開け、箱の中身を確認した。

 そんな様子を後方から眺めていたヴォルターのコートの裾を、遠慮がちにアルメリアは引っ張った。


「……⁈ お前……‼」

「ごめん……! だけどどうしても伝えなきゃいけないことがあって……」


 驚きと怒りで声が上がりそうだったが、諦めたように額に手を当ててから、アルメリアを隠すように立ちながら、ヴォルターが箱の方を注視した。


 木箱の蓋が外され、中に入っていた動物がゆっくりと箱の外に取り出される。


「……ハイイロイカヅチオオヒグマ‼」

「……ヒグマ?」


 ヒグマ、というと、クマの仲間のあれか?

 木箱の蓋を開けると、獣臭い匂いが辺りにほんのりと漂ってきた。

 取り出された熊らしき動物は麻酔でも撃たれたのか、薄い吐息を漏らしながらぐったりとしている。


 ヴォルターが人をかき分けるようにヒグマに駆け寄り、しゃがみこんで容体を伺った。

 ヴォルターが離れたことで、ローレンスと目が合ってしまった。

 ローレンスも一瞬困惑したように目を剥いたが、今は熊の方が優先事項らしい。一つ咳払いをした後、改まった様子で熊を調べるヴォルターの様子をうかがう。


「生後5か月ほどだ。無理に詰め込んでいたから衰弱している。水も食事も与えられていない」

「血の方は?」

「背中に麻酔銃で撃たれた痕がある。処理はされているとは思うが……」


 ヴォルターの報告にローレンスが安堵の息をついた。

 安心するのはまだ早い、と言わんばかりの険しい表情で、ヴォルターが尋ねる。


「どうする」

「目が覚める前に処分だ。親熊呼ばれたら一巻の終わりだぞ」

「自然に返すじゃ駄目なのか」

「こんな甘い処置じゃあ、いつ血の特性が戻るか分からん。嫌なのは知ってるが、頼む」


 ローレンスの言葉に、ヴォルターが舌打ちをしながら、背負っていた大荷物からはみ出した、柄のようなものに手をかけたときだ。


「ヴォルター……ごめん、皆が何のこと話しているかさっぱりなんだけど……」

「部屋に戻ってろ。お前が見ていいものじゃない」

「ごめん、でも、伝えなきゃいけないことが――」

「じゃあさっさと言え! さっきからなんなんだ⁈」

「……さっき雷がなったとき、その子……助けを呼んだかも……」


 アルメリアの言葉に、その場にいた全員の表情が固まった。


 ヴォルターが【未開の中央】の方を警戒すると、大きな怒号が森の方から響き渡った。




 ————————ズン



 ——————ズン


 ————ズン

 ——ズン

 ズン

 ズンズンズンズンズン。


 大地を揺らす地鳴りの震源が、物凄い速さで列車の方へと近づいてくる。

 揺れがどんどん強くなるとともに、その震源の正体がアルメリアたちの目にも確認できる距離まで迫ってきていた。


「なに……あれ……」


 熊だ。灰色の熊。ちょうどそこで横たわっていた小熊をそのまま大人にしたような姿の大熊。

 問題なのはその大きさ。ヒグマの体長は大きいものでも180㎝程度であるはずだ。

 だが、目の前に迫りくるそれは、その常識からあまりにも逸脱しすぎている。

 6——いや、7ⅿはある。象と同じぐらいの大きさの灰色の熊が、鋭い牙や巨大な爪を剥き出しに、怒り狂ったように雄たけびを上げて迫ってくる。

 四つん這いで大地を蹴るたびに、草原の地面が大きく抉れ、足跡は小さなクレーターの如く、大地に深く刻まれていった。


「乗客避難させろ‼ 列車と反対方向‼」

「はい‼」


 ローレンスが車両に備わっている警報を叩いて鳴らし、鋭い警報音が車両中に響き渡った。

 部下の女性が後ろの車両に駆けていき、叫ぶように乗客に避難を呼びかけ始めた。


「————っぐあ?!」


 突如襲い来る大きな衝撃。その方向へ振り返ると、先ほどの熊が既に眼前まで迫っていた。


「いやああああああああああ‼」


 その大きな腕を振り下ろすと、鋭利な爪が列車の頭を真綿でも割くかの如く切り裂いた。その衝撃で先頭車両にいた全員が壁に叩きつけられる。

 巨大な熊がとどめの一撃を見舞おうと、再度腕を振りかざしたとき、


「ッグオオオオオ!」


 ヴォルターがカラーボールのようなものを取り出し、クマの鼻に向かって投げた。

 命中と同時にさく裂し、周囲に強烈な異臭がまき散らされる。悪臭弾のようなものだろうか。


「ローレンス、ここにいる全員連れて逃げろ!」

「分かってるよ! それとヴォルター、使用許可を——」


 ヴォルターが殿(しんがり)となり、その隙にローレンスがアルメリアたちを逃がそうと立ち上がったとき、思わず声を詰まらせた。




「あああああ‼ クソッ‼ 眠れ‼ 眠れええええええええ‼」




 先ほど捉えられていた車掌が猟銃を手に、その銃口を熊に向けている。

 足元の床板が外れている。どうやらそこに隠していたものらしい。


 おそらく密猟に利用した麻酔銃の類。その暴れる巨体を沈黙させようと引き金に手をかけるが——


「「馬鹿野郎撃つんじゃねえ‼」」


 ヴォルターとローレンスが制止するも、震える銃口から銃声が鳴り響く。

 銃弾とすれ違う様に、ヴォルターはローレンスとアルメリアに覆いかぶさり、身を低くした。

 放たれた銃弾は熊の胸に当たり、注射器のような銃弾が熊の体に突き刺さる。


 グラリ。


 よほど強力な麻酔薬なのか、命中と同時に巨体が傾く。

 だが、刺さり方が甘かった。斜めに刺さった弾丸は重力に引っ張られるかのように優しく抜け落ち、傷口からほんの数滴血液が滴り、地面に落ちる。




「————え」




 途端に、耳に走る激痛。目を破壊しかねない程の眩い光。

 アルメリアは何が起こったのかわからずに一瞬で気を失ってしまった。


 光や轟音の正体が、『雷』だと気が付いたのは、目を覚まして暫くしてのことだった。


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