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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第1章
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心が読める少女

 尋ねるのではなく、身を案じるような、心配をするような聞き方だった。

 その気持ちに心が温かくなりながらも、諦めや自虐を含んだ笑みを浮かべて、アルメリアは返す。


「たった一人の肉親だもん。無事を知りたいよ」

「命をかけてもか」

「うん。……こんなに早くバレるとは思わなかったけど。ハハハ……」


 話についていけないローレンスに、「この前来た調査隊の家族だ」と添えると、ローレンスの顔が曇った。


「……お父さん、無事なの?」

「何とも言えない。無事なのか、そうじゃないのか、俺もローレンスも知らん」

「お父さんたちに何があったの? どこにいるか知ってる?」

「それは【言えない】」


 なんで、と食い下がろうとするも、ヴォルターが視線で制した。

 圧は感じるが、嫌な感じはしない。ローレンスを気遣っての制止だ。


「……ごめん、聞こうとして」

「俺に謝るな」

「……ごめんなさい」


 嗜められて、アルメリアが素直に頭を下ろすと、ローレンスもバツが悪そうに「謝ったところでだなあ」と難しい表情になる。


「ていうか、なんでヴォルターにはベラベラしゃべんだよ。俺には頑なに何も話そうとしないくせに」

「だってあなた、私のこと心配してないもの。私を案じるふりして、自分の為に情報を引き出そうとしてたでしょ? ヴォルターは違うもん。私のこと、心配してくれてる」

「は」


 ヴォルターが眉をしかめて固まった。


「私のこと、密入国者だって分かったときからそうでしょ。事情があるんだなって考えてくれたから、一度見なかったふりしようとしてくれたんだよね」

「なわけ。面倒に巻き込まれたくなかっただけだ」

「3割はそう。だけど残り7割は心配から」

「何でそう言い切れる」

「心が読めるの。私」


 室内に、列車が走る音だけが響いた。

 困惑で切れた流れをつなぎ直すように、アルメリアが続ける。


「人間だけじゃない。いろんな生き物の感情。牛とか、……意識さえすれば虫とか、魚とか、なんでも。色んな生き物の感情の動きが分かるの」

「いやいやいや、そんなエスパーみたいな能力あるわけ」

「……牛とやけに仲が良かったのも、それが理由?」

「おい」


 信じるのかよ。と言わんばかりに視線を投げるが、ヴォルターの興味はアルメリアの方に完全に向いてしまっている。


「うん。そんなとこ」

「そいつの考えていることが言葉で分かる感じ? 空腹だったら『腹減った~』みたいな」

「あー、違う。もっと曖昧。喜怒哀楽や快不快、意識しているものや方向が感覚で分かる感じ。感じた感情のピースから、考えていることを当てる感じかな。牛さんのかゆそうなところ掻いてあげたり、撫でて欲しいところさすってあげたり。それで仲良くなって、私をかくまってくれるよう躾けたの」

「俺に威嚇してきたのはお前が原因かよ……」


 思い出したローレンスがげんなりすると、窓の外から空気を震わすような重低音が聞こえてきた。


「……雷?」


 ゴロゴロと喉を鳴らすような低い音。聞こえた音は雷のそれだが、外は快晴だ。

 音がした方向には、深い緑が広がる、地平を覆うほどの大きな森が広がっていた。


「ねえ、今、雷の音しなかった?」

「「……」」


 アルメリアが尋ねると、二人が神妙な面持ちで黙り込んだ。

 気のせいかとは思ったが、二人の反応を見るにそうではなさそうだ。

 発生源はあの大きな森。

 何を隠しているのだろう。気にはなるが、訪ねていいものだろうか。


 アルメリアが森の方を注視していると、個室のドアがノックされ、ローレンスの部下が現れた。


「隊長。密猟者が見つかりました」

「……! すぐ向かう。ヴォルターも念のため来てくれ。……お前はここでじっとしてろよ」


 ローレンスがアルメリアに釘を刺してからその場を後にすると、いなくなったのを見計らってから、ヴォルターがアルメリアの手錠を指で触れた。


「――え?」


 ヴォルターが手錠をつまむように触れ、少し力を入れると、力を入れた部分が砕け、手錠が壊れた。

 困惑するアルメリアに、ヴォルターが何かが書かれたメモと、何枚かの紙幣を渡した。


「もうしばらくすれば次の駅に着く。どこかに隠れておいて、駅に着いたらメモの通りに動け。そうすれば調査隊が拠点にしていた都市に着く」

「でも、勝手に逃げたらヴォルターに迷惑が……」

「今更何言ってんだ。それから、お前が気にしていたあの森についてだ」


 ヴォルターが荷物を背負いなおしてから、背中越しに続けた。


「名前を【未開の中央(セントラルアンノウン)】っていう。お前の父さんが調べていた森だ」

「セントラル・アンノウン……?」

「絶対に近づくな。死にたくなかったらな」


 じゃあな、と短く言い残してヴォルターもローレンスたちを追って消えていった。

 壊れた手錠とメモを見つめた後、アルメリアは再び窓の外に広がる巨大な森――【未開の中央(セントラルアンノウン)】へと顔を向ける。


「……」


 アルメリアの父が調べていた森。そんな情報を手にしては、何が何でも森について知りたくなるはずなのだが、そうならないのは、ヴォルターが本気で自分の身を案じて言い残してくれたからだ。

 後は言いつけ通り、ローレンスたちがいない隙にこの場を脱して目的地へ向かえばいいだけだ。


 しかし、


「伝えなきゃ……」


 先ほど鳴った雷に呼応するように、列車の先頭からわずかに感じた【助けを求める】感情と、それに呼応するように、森から大きな【怒り】を纏った何かが迫ってくることを知らせるために、アルメリアはヴォルターの向かった方向へ駆け出した。



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