なんで来た?
部屋に連れてこられてから取り調べが始まると思ったが、
「なあ、予備の着替えとか持ってる?」
「ありますよ」
男が部下の女性に尋ねてから、「ほれ」とアルメリアに貨幣を放った。
「いったん体洗ってこい。臭くて集中できねえ」
少しぐらい言葉を選びなさいよ。と、心の中で詰ったが、詰れる立場ではないので、ぐっと言葉を飲み込んだ。
部下の女性が着替えを持ってくると、そのまま隣の車両へ案内され、シャワー室へ通される。
「はい。これ、予備の着替えです」
「ありがと——」
——この人、鼻で息をしないようにしている……。
部下の女性の優しい語り掛けに、アルメリアも明るい声で返そうとしたが、鼻が詰まったように半音高くなった声と、妙に口の上を引きつらせた不自然な笑顔に思わず言葉を止めてしまった。
現在の体臭を改めて自覚させられて、何とも言えない惨めな気持ちが襲ってくる。
入り口の投入口に貨幣を入れると、15分のタイマー表示が現れた。
アルメリアは備えつけのシャンプーとボディーソープで、15分間狂ったように体を洗い続けた。
綺麗さっぱり身を清め、男の部下が用意した無地のシャツとジーンズに着替えてから、取り調べが再開する。
「綺麗になったところで改めまして。俺はローレンス・オネスト。この大陸のとある都市の衛兵隊隊長をやっている」
ローレンスと名乗る男が胸についている腕章を指さした。おそらくこの大陸の警察か何かだろう。あいまいな情報が多いのは、自分に情報を渡さないためか。
「とりあえず、密入国の手順と動機。詳しく聞かせてもらおうじゃない?」
「……政府の輸送船の貨物に紛れて侵入しました。船が大陸に到着した後は、貨物の検査が始まる前に外に出て、それを運ぶ列車の中に乗り込んで今に至ります」
ローレンスが聞きながらメモを取るも、途中でアルメリアが言葉を止めたので、「動機は?」と改めて問い直す。
「……黙秘します」
「なんで?」
「……」
下手に話せば、大陸にいる父に迷惑がかかるかもしれない。話した情報でどう動かれるか分からない以上、父が関わることに関しては話せない。
「……下手に黙秘すると、裁判になったときに心証が悪くなるだけだぞ?」
「……」
「嬢ちゃん、根っからの悪人じゃなさそうだし、後ろめたい動機じゃなければ話しておいた方が良いぜ。内容によっては、情状酌量の余地が生まれるかもしれないしな」
「嘘つかないで」
「え?」
優しく話しかけるローレンスに、冷や水を浴びせるようにアルメリアが告げる。
急に変わった態度に困惑し、ローレンスが上ずった声を上げる。
「そういう情報の引き出し方してくる人に話すことなんかない。私のことはどうにでもすればいい」
「いや、俺は嬢ちゃんのことを思ってだな……」
「それも嘘。あなたにはもう何も話さないから」
「……どうしたんだよ、急に」
アルメリアを宥めようと声色を整え直すも、アルメリアの態度は揺らぐことはない。
ローレンスが困惑しながらも、どうしたものか悩んでいたところ、何かの小包を持ったヴォルターが入ってきた。
「ヴォルター!」
「……なんで嬉しそうなんだよ」
自分の顔を見て顔を明るくするアルメリアに、ヴォルターが顔を引きつらせる。
ヴォルターは頭を掻いてから、「ほら」と小包をアルメリアに向けて放った。
縛られた手で何とかキャッチして、包装紙の隙間から見えたのは、ソースたっぷりのカツサンドだ。
「どうせまともに飯食ってねえんだろ」
「もしかしてコレ、わざわざ私の為に?」
「……お前のことは心底どうでもいいが、クロウリー先生の論文には世話になったしな」
なんて素っ気なく振舞うものの、完全な照れ隠しだ。
本人もそれを自覚しているのか、視線を窓の外へ投げて逃げている。
ここしばらくは携帯食料しか口にしておらず、まともな食事は久しぶりだ。
はやる気持ちのままに、アルメリアはカツサンドにかぶり着いた。
「——……っ! さいっこー‼」
目を輝かせ一心不乱に食べるアルメリアを見て、ヴォルターの横顔が一瞬だけ穏やかなものになった。
「ありがとうヴォルター! やっぱりあなた良い人ね!」
「……囚人に勝手に差し入れするのやめてくれない?」
「ほら囚人って言った! 何が情状酌量よ! 牢屋ぶち込む気満々じゃない!」
「ぐっ……!」
揚げ足をとられて怯むローレンスの肩に手を置き、入れ替わる形でヴォルターがアルメリアの正面に座り直した。
「あー美味しかった! 人生で最高のカツサンドだった!」
「最後の飯が満足のいくものでよかったな」
「縁起でもないこと言わないでよ⁈」
感動に浸るアルメリアに冷や水を浴びせるような声色でヴォルターが返す。
アルメリアが元気に突っ込むも、ヴォルターは感情を殺したように、目線を少し横にずらしながら、アルメリアの正面で頬杖を突いた。
個室に漂った重い空気に、アルメリアの表情が、少しの不安が滲んだ真剣なものに切り替わる。
「ねえ、私……この後どうなるの?」
弱弱しい問いかけに、少し間を開けてからヴォルターが答えた。
「……良くて終身刑。最悪死刑。この大陸への不法入国者の末路はそんなもんだ。動機が動機なだけに、同情の余地がないわけじゃないが、情状酌量は期待しないほうがいい」
厳しい現実を突きつけたつもりだったが、アルメリアもそれは理解していたのか、「そっか」と乾いた声で呟いた。
「ありがとう。ちゃんと話してくれて」
「……」
アルメリアが強がって笑うが、一方でヴォルターの顔は曇る。
「なんで来た?」
「え?」
不意に問いかけられ、アルメリアの声が上ずった。
「この大陸に許可なく来ればどうなるか。お前がどれほどの馬鹿であろうともわかってたろ。なんで家で大人しくしていなかった」




