密入国者 再確保
「……お取込みのところ悪いが、ヴォルター。ちょっといいか?」
暫くアルメリアに抱きしめられていると、乗客の避難を一段落させたローレンスがやってきて、ヴォルターに向かって手招きをする。
顔を赤くしたアルメリアを優しく引きはがしながら、「どうした」とローレンスの元へ歩み寄る。
「あの熊の討伐、感謝する。……してるんだけど、それとは別で、その嬢ちゃんの件なんだが」
ギクッとその場を立ち去ろうとするアルメリアの肩を、「逃げんな」とローレンスが取り押さえた。
「お前の話しぶりで事情も何となく分かってるよ。……それで、どうしたい?」
ヴォルターは小さく視線を動かして、アルメリアの表情を伺った。
不安そうに自分を見つめてくる表情に、小さくため息を吐いてからヴォルターが答える。
「調査隊の無事の究明と、その間の保護。今回の件はそれでチャラにしてやる」
一瞬だけアルメリアを横目で見てから、ローレンスが長く重い息を吐いた。
「……お前がちゃんと面倒見るんだぞ」
「それでいい」
「……見逃してくれるってこと?」
恐る恐るアルメリアが尋ねると、ローレンスが「少しの間だけだ」と指を刺した。
「幸い俺と部下以外にはバレてねえ。あいつは俺が説得しておく。何も問題さえ起こさなければ、家族を探すことくらい容認してやるさ」
「本当⁈」
「ああ。俺に二言は――」
「隊長。よろしいでしょうか」
顔を明るくしたアルメリアに、ローレンスが仕方なしに頷こうとしたところ、一礼してから部下の女性が話に割り込んできた。
アルメリアの顔を見て、気まずそうに目を伏せながら、部下の女性が告げる。
「本国から緊急通達があり、先日の貿易船に紛れてとある人物が密入国した可能性がある為、警戒態勢を敷くとのこと。その者の名はアルメリア・クロウリー。見つけ次第拘束してほしいと本部から連絡がありまして……」
次第にしぼんでいく部下の報告を聞き終えてから、ローレンスはアルメリアと顔を見合わせて、
「わりい」
「へっ⁈」
間髪入れずに、アルメリアの両手を手錠で拘束した。
「俺に二言は――ある」
「ちょっと⁈ 話が違うじゃない⁈ やっぱあんたじゃ話が通じない! ねえヴォルター、何か助かる策は無いの⁈」」
ダメ元でヴォルターの方に助けを振るも、要のヴォルターも諦めたように空を仰いでいる。
「……指名手配されてる状態で逃がしてもどうしようもない。大人しく捕まっておけ」
「最悪死刑なんでしょ⁈ このままじゃ私死んじゃうじゃん⁈」
「「「……」」」
「こんな形で終わりだなんてあんまりだよ⁈ 何でもするから何とかしてよおおお⁈」
アルメリアが嘆くも、この場にいる全員ができることなど残っていない。
結局大人しく拘束されるしかなく、暫くしてからやってきた迎えの列車で、身柄を搬送されることになった。
「じゃあ俺は遺体の搬送準備とかあるから、密入国者の搬送を頼む」
迎えの車両が来たのは日がほとんど沈みかけた頃だった。8両と車両数は少なくなったが、詰め込むように乗客たちを乗せて、生存者は何とか乗り切った。
ヴォルターは乗客全員が乗り込んだ後に、最後尾車両の外付けのデッキ部分に背中を預け、アルメリアもその横に座った。
中に入ればいいのに、と思ったが、先ほどのやり取りを見るに、人の中はヴォルターにとって心地の良い場所ではないのだろう。
列車が動き出す寸前、ブワッと強い風がアルメリアの体を薙いだ。
あの大きな森——【未開の中央】からの風だ。
遠くなっていく熊の死骸と、荒れ果てた草原、無残に破壊された貨物列車の残骸を見て、改めてとんでもない場所へ足を踏み入れてしまったと思い知る。
扉を挟んだ車両の中では、現地の人間が先ほどの襲撃の恐怖で身を縮めている。この大陸の生態系の頂点は少なくとも人間ではない。
そんな強大な存在を仕留めるほどの力を持っているというのに、自分の横で疲れたように、デッキの壁に身を預けて俯くヴォルターは、車両で恐怖に怯えている人たちよりも、弱弱しい存在に感じてしまった。
「今のうち寝とけ。目的地まで6時間はかかる」
この先自分はどうなるのか。父は無事でやっているのか。今の自分ではわからないことばかりだ。
生命力と畏怖を感じさせる強く冷たい風に吹かれながら、アルメリアはヴォルターの横に座り、ゆっくりと眠りにつくのだった。




