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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第2章
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密入国者の夜

「おい起きろ、もうすぐ着くぞ」


 体をゆすられてアルメリアが目を覚ますと、辺りはすっかりと暗くなっていた。

 気温が低く、くちゅん、とくしゃみをしてから身を起こすと、黒いコートが体から滑り落ちた。ヴォルターが着ていたものだ。


「あそこに城壁で遮られた都市があるだろ。【アニマグラム】。【未開の中央(セントラルアンノウン)】について研究をしている、生物学の街」

「生物学の街……」


 デッキから横に身を乗り出して前方を確認すると、大きな城壁に囲まれた石造りの建物が立ち並ぶ都市が見えてきた。

 地表が少し隆起してできた広い丘のような大地の上に、その淵をなぞるように築き上げた城壁の奥には、大きな背の高い城や、電波塔のような背の高い建造物が見え隠れしている。

 明かりは街の輪郭を示すように、点々と城壁や高い建造物に備えつけられた照明と、建物の窓らしき場所から漏れる明かりだけ。


「大きいけど、なんか暗い街」

「派手に明かりをつけると、【未開の中央(セントラルアンノウン)】の虫を呼び寄せるからな」


 ヴォルターが森の方をクイッと示すと、なるほどとアルメリアも頷いた。

 パッと見たときに、都市と【未開の中央(セントラルアンノウン)】は十分に距離が離れてはいるが、それでも肉眼でしっかりと確認できる程度には距離が近い。

 あの大熊のような強靭な生物が住まう場所ということを考えると、虫もきっと自分の想像もつかない特殊な個体が生息しているのだろう。


 暫く景色を眺めているうちに列車が都市の傍まで迫っていた。

 近くで見ると丘の高さは10mはある。遠目ではわかりにくかったが、天然の要塞と表現しても良いほど、斜面が急かつ高さがある。加え、その上に城壁まで立てているのだから、都市の防御力はかなりのものになる。これならば【未開の中央】の生物もやすやすとは攻め込んではこられまい。


 列車の停車駅は丘を横からくり抜いて作られていた。どうやらここが終点らしく、奥には車両が何台も格納されている。

 都市は丘の上に築かれているのだから、位置的には地下にあたるだろう。アーチ状の天井に取り付けられている蛍光灯が、中を明るく照らしている。


 乗車口の扉が開くと、そこから乗客が続々とおり始めた。皆疲れた表情をしながら地上行きのエスカレーターを昇って行った。その様子をアルメリアが眺める一方で、ヴォルターは人の視線に移らないようにデッキの奥で座ったままだ。


 全員が下り、辺りが静かになった頃合いを見て、ローレンスの部下の女性が、アルメリアに向かい直る。


「アルメリアさん。申し訳ありませんが、今からあなたの身柄を引き渡しに向かいます。よろしいですね」

「……よろしくないけど、どうしようもないんでしょ?」


 アルメリアが横目でヴォルターを伺うが、ヴォルターも渋い表情だ。


「クロウリー先生の娘であることと、今回、乗客を救助しようと動いたことがどう働くかだな。とりあえず、心証が悪くなるようなことはするなよ」

「例えば?」

「脱獄とか」

「しないよ!」

「どーだが」


 ムキになって反論するも、密入国という犯罪をしている以上、否定もしきれないだろう。

 不服そうに矛を収めるアルメリアに背を向けて、ヴォルターは列車のデッキからホームに飛び降りた。


「どこ行くの?」

「帰るんだよ。もう俺は必要ねえだろ」


 アルメリアの不安そうな声に一瞬だけ足を止めるも、ヴォルターはそのままエスカレーターの方へ歩き出してしまった。

 振り返ることもなくその場を立ち去ろうとする背中に、アルメリアが呼びかけた。


「ねえヴォルター!」


 ホームに響き渡る声に、ほんの少しだけアルメリアへ振り返る。


「いろいろありがとう! 私、あなたに会えてよかった!」


 その言葉に一瞬だけ目が開いたのち、ヴォルターは乱暴に頭を掻いてから、「自分の心配してろよ」と素っ気なく言い残して消えていった。

 大きく、弱弱しい背中を見送ってから、アルメリアは部下の女性に尋ねた。


「ねえ。なんでヴォルターは嫌われてるの? おかしいよ」


 アルメリアが女性に尋ねると、はれ物に触れたような顔になった女性が、手錠のかかったアルメリアの腕を引きながら、目をそらして答えた。


「……すいません。軽々と話せることでもないんです」


 嫌悪とは違う。逃避に近い背徳感。感じ取った感情にアルメリアが眉をしかめる。

 だが、それ以上尋ねても、女性は何も話そうとしなかった。

 駅の出口に待ち構えていた複数の公用車に迎え入れられ、逃げれないように左右を人を固められてから、アルメリアは街の中央部にある留置所まで搬送された。



「暫くの間、ここで過ごしてもらいます。後のことは上が判断したのちにお伝えしますので」


 格子越しに手錠を外した女性がそう言い残して去っていった。

 その姿を見送ってから、握った鉄格子が冷たいことに気が付いた。

 薄い照明が一つ着いただけの暗い天井に、空気の音が良く響く空間。

 騒々しい一日の終わりと共に、改めて自分が一人になったことを強く実感してしまう。


「……これからどうなるんだろう」


 父のこと、自分のこと。もう何一つ自分でどうにかできるものがなくなった。

 感じる暇のなかった不安が、今になって押し寄せてきて、後になって心が恐怖で冷たくなっていく。

 その日、太く冷たい鉄格子の中に閉じ込められながら、アルメリアは簡素なベッドの上で、内からくる冷たさをごまかすように布団をかぶって眠りにつくのであった。


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