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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第2章
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死刑回避

 

 アルメリアが拘束された翌日のことだ。

 大熊襲撃事件の事後処理を終えたローレンスは、息をつく暇もなく、すぐさま衛兵隊の本庁に呼び戻され、アルメリアの確保の経緯について報告をさせられた。


「……以上が、アルメリア・クロウリーの確保に至った経緯です」


 長く仰々しい机と椅子。そこに腰を据える重鎮たちに囲まれながら、ローレンスは事務的に報告を終えた。


「さて、彼女の処遇はいかがしますかな」

「いかがも何もないでしょう。想定外の形で大陸の情報を知られたからには、相応の対処が必要でしょうな」


 議論の余地もない、と言わんばかりにことを進めようとする者たちに、ローレンスが「……お言葉ですが」と食い下がる。


「親族であるハイマー博士を招いたのは自国ですし、その消息が不明になっている以上、彼女の行いに情状酌量の余地は必要なのでは?」

「わずかにでも、他国のスパイである可能性がある者を、情で見逃せとでも?」


 速攻で釘を刺され、ローレンスが言葉をひっこめた。

 質が落ちたなあ、わが国の衛兵隊も、などとあからさまな嫌味に談笑が広がったところで、この場の中心核と思われる男が、「では、彼女の処遇については私の方で――」と場を閉めようとしたときに、


「……彼女、ハイマー博士と同じ力を持ってますよ」


 そのやりとりを離れた位置で聞いていたヴォルターが口をはさんだ。彼もまた、大熊の襲撃事件と、アルメリアの密入国に関しての証人として呼ばれていた。

 一気に静まり返る空気。張り詰めた雰囲気の中、感情を殺したように、無機質な声でヴォルターが続ける。


「消息が不明なら代わりがいるのでは。彼女、使えますけど」


 ヴォルターの言葉に、役人たちがざわめき立つ。

 不服そうな視線がヴォルターを刺すが、当の本人は仕事を終えたように、壁にもたれかかり、腕を組んで顔を伏せた。


 その後、暫くの議論が続き、アルメリア・クロウリーの密入国に対する処遇が決定した。


 ♢ ♢ ♢


 その日の夜、ローレンスがアルメリアの元に食事を運びに向かった。


「あ、ご飯? 持ってきてくれたんだ、ありがと。ねえこのカレーみたいなのなんて料理?」

「……」

「……人の顔見て何でイライラしてるの?」

「出会ったときよりも、顔がツヤツヤしてるのがムカつく」

「良いでしょ別に⁈ 元気がないよりは!」


 さっきまで自分が緊張の最中にいたからか。飯を前に目を輝かすアルメリアの様子に、呆れ半分、苛立ち半分だ。

 ここ十日間は風呂に入れず、牛舎の藁で寝て、チョコバーで飢えを凌いだ女だ。三食寝床付き、時間指定とはいえ風呂に入れるとなれば、元気になるのも自然ではあるのだが。


「元気でいたって、しおれていたって、結果が変わらないなら同じ時間だもん。ちょっとでも楽しく過ごさなきゃ」


 差し出されたパンをルーに浸してから、アルメリアは開き直ったように食事をし始めた。

 肝が据わっているのか。ただ単に危機感がないのか。

 やつれた自分を前にモリモリ食べる姿を見て、ローレンスは瞼をぴくぴくと痙攣させる。


「自分が死刑になりそうなときに、のんきなもんだぜ……」

「……やっぱり私、死刑になりそう?」

「さあ、どうだと思う?」

「――あ、ならないんだ⁉ うわーいやったー! 何で?」

「感情読まれるの大分腹立つな……!」


 少し意地悪してやろうとカマをかけたのに、勝手に喜び始めるアルメリア。

 ローレンスは肩を震わせながらも、何とか苛立ちを落ち着かせ、改まった様子で続けた。


「動物心理学者として、この国のあらゆる雑務を手伝うことが条件だ」

「……? 動物心理学者? 何で?」

「お前の親父さんの代わりをしてほしいんだと」

「お父さんの代わり? ……何をすればいいの?」

「なんでもだよ」


 床に座りながらご飯を食べるアルメリアの目線に合わせるように、ローレンスがその場に腰を下ろした。


「生物絡みのトラブルの解決や、生態系調査。【未開の中央(セントラルアンノウン)】が絡むことなら何でもだ」

「お父さんが調べていたって言う森のことだよね」

「ああ。一先ず死刑を免れたからって、助かったなんて思うんじゃねえぞ。命の危険が伴う現場に、強制的に駆り出されることもあるかもしれないんだからな」


 あの森からやってきた一匹の熊が、大勢の死傷者を出した光景を思い出し、小さく身震いしてしまった。

 鋼の車体すらたやすく引き裂く強靭な肉体に加え、発電成分を血中に宿しているせいで、専用の装備以外では傷をつけることさえ許されない危険生物。

 そんな生物が跋扈しているというのが【未開の中央】という話だ。


「……父さんと連絡がつかなくなったのって、つまり――」

「可能性は否定できねえ。が、断定もできん」


 嫌な予感に先回りしようとしたアルメリアを、ローレンスが遮る。


「発信機や通信機だけ壊れて、何か月後かにひょこっと調査隊が帰ってきた事例もあった。心配なのは分かるが、まずはお前が無事でいることだ。やってきた経緯が経緯だから、来賓じゃなくて奴隷みたいなもんだ。上の意に背くことをしでかすようなら、今度こそ口封じに殺されるかもしれないんだからな」

「……うん」


 念を押すようにローレンスが指を突きつけると、アルメリアも素直に頷いた。

 アルメリアのことを迷惑がっているのは確かだが、心配をしてくれているのも事実だった。


「暫くの間お前のことは、俺の職場で預かることになった。労働環境だけで言えば、最高にブラックな職場だ。こき使ってやるから、今日のところは休んでおけよ」


 言いたいことを言い終えたのか、ローレンスは空になった食器を下げながら立ちあがった。


「……ありがとう! 私、あなたにも感謝してるから!」

「おう。死ぬほど感謝しろ。そして死ぬ気で働け」


 廊下に反響した声に、ローレンスが手を振ってから立ち去った。

 再び一人になって、静かになった部屋に寂しさを覚えた。

 父のことも、自分のことについても不安は完全にはぬぐえないものの、自分の立場ややるべきことが明確になったのもも事実だ。


 まずはローレンスの下で労働をこなし、父についての情報を集めていく。


 そのためにまずはしっかり食べないと。

 残った料理を平らげてから、アルメリアはベッドに潜り、明日のことを考えながら眠りについた。



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