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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
最終章
51/52

今は生きていることを喜ぼう


 駆動するエンジンの音。

 血の気が失せていく巨体と、刃を満たしていく血液。

 吸血機が恐竜の血液を吸いきり、軽くなった体が、優しい音を立てて石畳の床に倒れこんだ。


 静寂が、広間を支配した。


 全身の血を抜かれ、乾いた体で息絶えた恐竜を悲しそうな顔で見下ろしてから、吸血機のエンジンを切る。

 吸血機が大量の熱をため息のように大きく吐き出すと、ヴォルターも全身の力が抜けて、その場に倒れこんだ。




「ヴォルター‼」




 倒れたヴォルターへ、アルメリアが駆け寄った。

 目じりを赤くし、心配そうな表情で見下ろしてくるアルメリアに、


「ごめん」


 とヴォルターが申し訳なさそうに呟いた。


「……本当は、ありがとうとか言えたら良かったのかもしれないけど、そんな気分になれねえわ」


 アルメリアに両手で左手を握られながら、ヴォルターは仰向けに倒れたまま、恐竜の亡骸に視線を移した。


「理由を見つけて死ぬつもりだった。でも、お前の声を聴いて、父さんのことを思い出して……迷いながら、あの恐竜を殺した。街を守るためとはいえ、先に手を出したのは人間なのにな。……最後の最後で、俺は、俺を優先した」


 魂が抜けたような声色に、アルメリアが小さく息を飲みながら耳を傾ける。


「でも、自分の命を優先した癖に、俺は既に明日が怖いよ。……今までのことも、今日のことも、明日になれば全部なかったことになって、明日にはまた、死にたくなっているんじゃないかって」


 声に感情が乗らないのは、あふれ出る不安を抑え込もうとしているからか。

 アルメリアは優しく微笑んだ後、倒れこんで動かないヴォルターの体を、「……そうだね」と肩を貸して起こした。




「怖いよね。生きるってことは」


 


 アルメリアがヴォルターの体を起こしても、ヴォルターは顔を下に向けたままだった。

 初めて列車で会ったときと同じ。

 自分のことよりも、誰かの痛みに気を回してしまう、強くて優しい臆病者の姿だ。


「……でもさ。今は生きてることを喜ぼうよ」


 そんなヴォルターの体を支え、立つように促しながら、アルメリアはローレンスがいる、人だかりの方を視線で示す。




「少なくとも今は、それを邪魔する人はどこにもいないんだから」




 アルメリアの声に顔を起こすと、ヴォルターの耳に、住民たちの歓喜の声が響いてきた。

 皆が声を上げ、互いに抱き合い、今ここに生きていることを確かめ合って、喜び合っている。


 ローレンスが駆け寄ってくると、その後に続くように、住民たちがヴォルターの下へ駆け出した。


 ありがとう。ありがとう。


 親しくない人間から、罵声じゃない言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。


 破壊の後が残る広場の中心で、初めてヴォルターは人の中に囲まれて、自分が救った命に真正面から向き合ったのだった。


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