今は生きていることを喜ぼう
駆動するエンジンの音。
血の気が失せていく巨体と、刃を満たしていく血液。
吸血機が恐竜の血液を吸いきり、軽くなった体が、優しい音を立てて石畳の床に倒れこんだ。
静寂が、広間を支配した。
全身の血を抜かれ、乾いた体で息絶えた恐竜を悲しそうな顔で見下ろしてから、吸血機のエンジンを切る。
吸血機が大量の熱をため息のように大きく吐き出すと、ヴォルターも全身の力が抜けて、その場に倒れこんだ。
「ヴォルター‼」
倒れたヴォルターへ、アルメリアが駆け寄った。
目じりを赤くし、心配そうな表情で見下ろしてくるアルメリアに、
「ごめん」
とヴォルターが申し訳なさそうに呟いた。
「……本当は、ありがとうとか言えたら良かったのかもしれないけど、そんな気分になれねえわ」
アルメリアに両手で左手を握られながら、ヴォルターは仰向けに倒れたまま、恐竜の亡骸に視線を移した。
「理由を見つけて死ぬつもりだった。でも、お前の声を聴いて、父さんのことを思い出して……迷いながら、あの恐竜を殺した。街を守るためとはいえ、先に手を出したのは人間なのにな。……最後の最後で、俺は、俺を優先した」
魂が抜けたような声色に、アルメリアが小さく息を飲みながら耳を傾ける。
「でも、自分の命を優先した癖に、俺は既に明日が怖いよ。……今までのことも、今日のことも、明日になれば全部なかったことになって、明日にはまた、死にたくなっているんじゃないかって」
声に感情が乗らないのは、あふれ出る不安を抑え込もうとしているからか。
アルメリアは優しく微笑んだ後、倒れこんで動かないヴォルターの体を、「……そうだね」と肩を貸して起こした。
「怖いよね。生きるってことは」
アルメリアがヴォルターの体を起こしても、ヴォルターは顔を下に向けたままだった。
初めて列車で会ったときと同じ。
自分のことよりも、誰かの痛みに気を回してしまう、強くて優しい臆病者の姿だ。
「……でもさ。今は生きてることを喜ぼうよ」
そんなヴォルターの体を支え、立つように促しながら、アルメリアはローレンスがいる、人だかりの方を視線で示す。
「少なくとも今は、それを邪魔する人はどこにもいないんだから」
アルメリアの声に顔を起こすと、ヴォルターの耳に、住民たちの歓喜の声が響いてきた。
皆が声を上げ、互いに抱き合い、今ここに生きていることを確かめ合って、喜び合っている。
ローレンスが駆け寄ってくると、その後に続くように、住民たちがヴォルターの下へ駆け出した。
ありがとう。ありがとう。
親しくない人間から、罵声じゃない言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。
破壊の後が残る広場の中心で、初めてヴォルターは人の中に囲まれて、自分が救った命に真正面から向き合ったのだった。




