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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
最終章
52/52

エピローグ


 その後、ローレンスがスニードの密猟事業を明らかにしたことで、スニードは現在の立場を追われることになった。

 世界的な犯罪であったことや、密猟でもたらした街への損害、何よりも民意を無視できなかったらしく、減刑の余地なく独房へ閉じ込められることになった。


 全てを失って唇を噛むスニードの顔を拝みに、ローレンスが暇を見つけては面会に向かっているらしい。


 その時の様子を嬉々としてローレンスが報告してくるが、ヴォルターは興味なさそうに適当に聞いて流していた。

 ヴォルターからすれば、そんなことを気にしている余裕は無いのだろう。


 スニードの悪事が公にされたことで、モウカハネジネズミの研究が戻ってきて、ヴォルター主導で飼育実験が進むことになったこと。

 それに加えて、ハツデンシロコブウシの飼育施設の運営責任者を、スニードに変わってヴォルターが引き継ぐことになったからだ。


 無事だったハネジネズミたちの保護兼、飼育施設の設営に、飼育実験の計画書の作成や飼料の作成。

 その間に、今までスニードが怠っていた、施設職員の育成も行っていく。


 

 二つの重要な事業に挟まれたヴォルターは、文句をぶつくさ垂れながらも、懸命に働いた。ハツデンシロコブウシの飼育施設職員は今までの罪悪感からか、ヴォルターの指導をビクビクしながら受けていたという。アルメリアが間に立って、毒を抜きながら、ハツデンシロコブウシの飼育方法の指導をしたという。


 それでもスニードと違い、口は悪くても、請け負った仕事は手を抜かずやりきる。

 そんな姿に、いつのまにか恐怖よりも、信頼の気持ちが芽生えていったのは確かだった。


 


 ♢ ♢ ♢


「あ、ヴォルター! 今から役所でしょ? 私も一緒に行く!」


 恐竜の騒動から1か月経ったある日のこと、ヴォルターが書類を手にハツデンシロコブウシの飼育施設を発とうとしたところ、アルメリアに呼び止められた。


 一緒にヴォルターの車に乗り、アニマグラムの方へ向かう。


「施設長の引継ぎが今日でしょ。今までお疲れ様」

「まったくだ。これでようやくモウカハネジネズミの研究に専念できる」



 ヴォルターが持っていたのは、ハツデンシロコブウシの飼育施設の運営権を、他者へ移すための申請書だ。

 ヴォルターは施設長になった後、スタッフを指導し運営体制を整え、信頼できそうな人物に職責を譲る計画を立てていた。その目途がようやく立ったというわけだ。




「施設の人、不安そうだったよ。ヴォルター無しで無事にやっていけるのかって」

「知らねえよ。これ以上甘えんなって言っとけ」




 などと悪態で返すが、どこかまんざらでもない様子だった。

 なんだかんだで面倒見が良いヴォルターが離れるということは、「もう大丈夫」という言外のメッセージだというのは、皆気が付いている。

 それでも不安になるのは、研究者としての信頼を、それだけ勝ち得たということなのだろう。


 恐竜の騒動以降、ヴォルターの名前は一躍街中に知れ渡った。

 街を救った英雄として、様々なメディアに取り上げられたが、本人はその件に関しては、心底気持ち悪そうに感じていた。「今更掌返すな」と記事を破り捨てたヴォルターに、アルメリアも苦笑した。


 だけど一方で、ヴォルターは別の記事を切り抜いて、綺麗にファイリングしていつも持ち歩いている。


 それは、モウカハネジネズミの飼育実験論文について記載された記事。

 その研究者として、ヴォルター・ヴェルブライト、リンネ・ヴェルブライト、アルメリア・クロウリーの名が公表された内容の記事だ。


 


 ♢ ♢ ♢




 アニマグラムへたどり着くと、ヴォルターは役所までの道を、出来る限り人気のない道を選んで車で通った。

 

 騒動以降、世間一般からのヴォルターへの差別は収まったが、まだ本人は人ごみを恐れている。

 全員を恐れているというよりは、被害者遺族とはちあうのを怖がっているのだろう。

 

 街を救おうが、その人たちにとっては、ヴォルターは病院を焼き尽くした炎の悪魔。

 

 少なくともヴォルターの中ではそういう認識らしい。



 

 役所の側に車を停めて、入口までの道をヴォルターは俯きながら歩いた。

 街の中を歩くときは、無意識のうちに視線が下を向いてしまう。そんなヴォルターの少し前を、アルメリアが様子を気にしながら歩く。


 入り口に着き、ヴォルターがなんとなしに顔を上げたとき、とある親子連れと目が合った。


 列車でヒグマに襲われたとき、ヴォルターに助けられながらも、接触を拒んだ、あの親子だ。


「「…………」」


 一瞬だけ目が合うが、驚いたように目を丸めた後、母親は視線を逸らし、子どもの手を引いてその場を去ろうとした。

 ヴォルターも少し顔を伏せ、黙ってすれ違おうとしたとき、


「あの……」


 あの時助けた子どもが、ヴォルターのコートの裾を引いた。

 

「……! やめなさい!」


 母親が慌てて、子どもの手を引くも、今度はその男の子は、ヴォルターから離れようとはしなかった。


「あの時、助けてくれてありがとうございます。ずっと、お礼を言いたかった」

「この人がどういう人か教えたでしょ……! わかって言ってるの……?」

「うん。ちゃんとわかってるよ」


 怒りを抑えながらも、必死に引きはがそうとする女性に、男の子はニッと無邪気な笑みを見せて続けた。




「僕と、街を助けてくれた人だよね?」




 その言葉に、頬を打たれたように女性が目を丸くした。

 暫く沈黙した後、「……そうね」と優しい表情になって、母親は男の子の手を引いてその場を立ち去った。


 母親は去り際にヴォルターに向かって、複雑そうな表情を浮かべた後、最後は微笑んで会釈をして去っていった。


「……」


 まだあの女性にとってヴォルターは、病院を燃やした炎の悪魔だ。


 だけど、新しい命には――少なくともあの子にとっては英雄に映ったらしい。

 

 ふと、ヴォルターが顔を上げた。

 視界の先には、それぞれ違った面持ちで、路地を行き交う人々の様子が広がっており、ヴォルターに気が付いた人も、特に何も言い残すことなく、小さく会釈だけして去っていく。少なくとも、石や罵声は飛んでこない。


 口を少し開けて、街の空気を吸い込むと、心地の良い街の空気が肺を満たした。

 息を殺すように、街では振舞っていたからか、空気を一杯に吸う感覚が新鮮だった。




 自分が思っていたよりもずっと、人の中は悪くなかった。


「――アル」


 そう感じるのは、街が変わったからか、自分が変わったからか。あるいは両方か。

 いずれにしても、きっかけが無かったらこんな思いになることは無かったのは確かだ。


 顔を上げたその先に広がる、まばらに雲がかかった青い空。

 気持ちの良い空を細い目で見つめながら、ヴォルターが優しい笑みになった。


「ありがとう」


 穏やかな声色に、アルメリアは少し目を丸めてから、満面の笑みを返した。

 アルメリアはヴォルターの横に並ぶようにして立って、暫くの間同じ空を、優しい笑みを浮かべながら眺めていた。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

流行とは違った物語だとは思っていましたが、最終話まで付き合って頂けて、心より御礼申し上げます。


面白かったら、リアクションやブクマ、評価などを残していただけると、執筆活動のモチベーションになります!


機会があれば、別の作品でお会いしましょう。それでは!

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