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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
最終章
50/52

生きる理由に、手を伸ばせ

本日昼以降に最終話投稿予定。


あと少しだけ、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

 声援を受ける度に、あふれ出していく黒い感情。


 ヴォルター自身ではなく、応援する人たちへ向いたその感情は、今まで腹の中にため込んできた、ヴォルターの怨念だ。


 気が付いたアルメリアは、考えるよりも先に走り出した。




 ああ、まただ。


 傷ついたあなたを前に、また私は何も分からない。


 死を受け入れていくヴォルターを前にして、


 嫌だ、って気持ちだけで走り出している。


 頭を埋め尽くしていく焦燥感、大切な人の死が迫る恐怖。


 死にたいあなたに何を言えばいい?


 人生を支えてくれた大切な人に、私は何をしてあげられる?


 考えても考えても、募っていくのは何もできない無力感。



 ごめんね。ごめん。


 私は弱い人間だから、歩幅を合わせてもらわないと、あなたの隣は歩けないんだと思う。


 あなたが本当に死にたいって思ったときに、


 一生分以上に苦しみぬいたあなたに、




 生きてって願うのは、残酷な我儘だ。



 

 目の前に弾かれてきた、ヴォルターの吸血機。


 その奥で諦めたように、全身の力を抜くヴォルターの姿。




 あなたの全部は分からないけど、


 一部だけ分かっただけでも『生きて』だなんて残酷だ。


 簡単に口にするような、無責任なことはしたくない。


 生きるというのは、誰もが簡単に望めることじゃない。

 残酷で、我儘で、無責任なことなんだ。


 生きたいように生きられない苦しみは、誰にも重ねられないものなんだから









 だけど、










 今、あなたに何かを届けられるとするなら――











 足に力を入れて、まっすぐ大地に立ち、

 深く息を吸い込んで、命を籠めて、






「――生きるんじゃない‼‼‼」







 声で目を剥いたヴォルターに、アルメリアが決死の表情で叫んだ。









「――生き抜け‼‼‼ ヴォルター・ヴェルブライト‼‼‼」









 生き抜け。


 迫りくる顎から、ヴォルターは反射で身を引き、すぐさま恐竜の顔を蹴り飛ばした。

 少しずつ目に戻ってくる光、熱を取り戻してくる体。



 疎ましい声援は消え、張れた視界に飛び込んでくるのは、


 涙目でまっすぐ見つめてくる、アルメリアの姿。





 命の音を確かめるように、早くなっていく鼓動に手を当てる。


 足元に、吸血機が音を立てて滑り込んできた。


 どうやらアルメリアが拾って投げ込んでくれたらしい。


 再び迫りくる顎。

 今まで受け流すか、躱すかしかしてこなかった恐竜の攻撃を、


「――おおおおおおおおおおおおお‼」



 ヴォルターは拳を握り、真正面から殴り飛ばした。


 予想だにしていない反撃にあい怯む恐竜へ、吸血機を振りかざし、凄まじい気迫で刃を突き立てる。

 なんとか攻撃を躱した恐竜へ、意力を取り戻したヴォルターが、縦横無尽に広場を駆けながら襲い掛かる。


 体躯で敵わない恐竜の足元に張り付きながら、死角外からの刺突を狙う。


 機動力を生かして差し迫るヴォルターに気圧されたのか、恐竜の動きに焦りが見えた。

 体勢を崩した恐竜に、大きく飛んだヴォルターが、落下の勢いを利用して、刃を立てる。


 鈍い輝きを放ちながら、流星のように迫りくる一撃。




「――ああ⁈」




 観衆から、悲鳴に近い声が上がった。

 命中する直前に、首だけ捻って恐竜が躱し、外れた刃が石畳へ突き刺さる。


 ようやく巡ってきた反撃の隙に、恐竜が牙を突き立てようとするも、


「――っ⁈」


 火山が噴火するように、ヴォルターが背中から炎をまき散らした。

 上から迫る牙を、そのまま天へ突き返し、恐竜が広場の床に苦しそうに転がり込む。


 地面から剣を抜き、再び恐竜に迫る黒い影。


 今度こそ、とどめの一撃だ。


 だが、そのときに脳裏をよぎったのは、今まで生き物を殺してきた不快な感触に、謂れもない街の人たちからの罵声や蔑み。


 ほんの一瞬だけ、吸血機を持つ手が緩んで、


 その黒い思い出をかき消すようによぎった、父や、ローレンス、そして、アルメリアの姿に、




 ヴォルターは力強く、剣を持つ手に力を籠め直す。




 きっとこの先辛いことも、死にたくなることも何度だってあるのだろう。


 苦しみの無い人生なんてない。








 だけど、




「……すまねえな」




 今まで生きていて、苦しみだけを感じていたわけじゃない。


 優しい父との思い出や、アルメリアとの日々、死にそうな人生を踏みとどまらせてくれた温かい言葉は、今も命を支えている。


 きっと、死にたくなる理由なんて、探さなくても向こうからやって来る。


 だからこそ、






 生きる理由に、手を伸ばせ。






 苦悶に眉をしかめた後、ヴォルターは覚悟を決めた表情で、恐竜の喉元に吸血機の刃を突き立てた。


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