最後の痛みを受け入れれば
クソうぜえ。
声援を受けながら、ヴォルターは自分の中に黒い憎しみのような感情が膨れ上がってくるのを感じていた。
これは、今生まれたものじゃない。
恐竜の攻撃を必死にいなし、攻撃を堪えながらも、痛みを増してくるのは胸の傷。
最初に頑張れとかほざいたやつは、被害者と親しかったわけでもない癖に、俺に真っ先に石を投げてきやがった奴だ。
負けないでとか言った奴は、商品を何も買わせてくれなかった、差別主義者のクソ店主。
街を救ってとかほざいた女は、ありもしねえ、俺の悪い噂を笑ってばらまく陰湿婆。
故郷を守ってくれとか叫んだ奴は、俺の留守に必ず畑を荒らしに来る正真正銘の屑。
全部全部覚えている。
気にしないふりをしていただけで、全部全部忘れちゃいない。
てめえらなんかの為に戦っているわけじゃねえ。
てめえらなんかの為に、俺の命があるわけじゃねえ。
アルメリアに幸せだと言ってもらえて、少しだけ自分のことを許すことができて。
出来た余裕に、強すぎた感情が追い付いた。
ようやく心が追い付いた。
だが、そのせいで、今まで目を瞑り続けていた感情――自分の中に封じ込めていた負の感情が、胸の奥から食い破るように溢れ出した。
傷ついていたんだと自覚できた。
思い出すのは、傷ついたときに目にしてきた光景だ。
輝くオーシャンブルーが広がる、断崖絶壁の崖。
美しい街並みを一望できる、展望台の端。
目の前を勢いよく列車が通り過ぎていく駅のホーム。
そんな、煌びやかな光景の前に立ち、
あと一歩踏み出せたらって何度思ったことだろう。
視界をモザイクのように埋め尽くしていく、辛い記憶の走馬灯。
今までこいつらを守るために、未開の中央の生物たちを何度も手にかけてきた。
一度も感謝されたことはない。見る目やかける言葉を変えてくれたこともない。
だからきっと、今ここでこの恐竜を倒したとしても、
どんな生き方をしたとしても、
少し時が過ぎれば、いつも通りの日々に戻る。
吸血機を握る手が緩んだ。
攻撃の衝撃を殺しきれずに、ヴォルターの手から吸血機が放り出される。
自分を食い殺そうと迫る頭。
太い牙が生えそろった上あごが、ヴォルターの体に影を落とす。
未来を覆う苦しみに、抜け落ちていく心。
そっか。とヴォルターの口から、魂の抜けた声が零れた。
もう、『一歩』なんて必要ない。
このまま何もせず待てばいい。
傷ついてくたびれた心を閉ざして、
苦しいことばかりであろう未来に目を閉じて、
迫りくる、最後の痛みを受け入れる。
そうすれば、もう――
――もう、何も苦しまなくていい。
肩の力を抜いて、身を差し出すように、ゆっくりと瞼を閉じたヴォルターに、
アルメリアの涙にぬれた声が響いた。




