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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
最終章
47/52

クソうぜえ

 

『現在、中央駅前広場にて巨大生物と交戦中‼ 避難場所はどこでもいい‼ 広場から離れることを優先‼ くりか――貴重品なんか探してる暇なんかあるか⁉ 早く逃げろ‼』


 真夜中とはいえ駅周辺だ。一部の飲食店は稼働しているし、周辺に住む人たちもいる。

 無線で都市全域に避難を促しながら、もたつく人たちをローレンスが怒鳴り飛ばした。


 切羽詰まった声色に、避難の足は早まった。


 一方でヴォルターは、恐竜からの殺意を一身に受けながら、なんとか被害を広場で食い止めている。


「ぐ――っ⁉」


 死角に潜り込みながら注意を引こうと、足元へ駆け込むも、それを察した恐竜が身を引きながら尻尾を薙ぎ払った。

 鞭のようにしなった尻尾が、周囲の建物とヴォルターを吹き飛ばす。




「や……、いやああああああああああああ‼」




 半壊した家の中から、逃げ遅れた人が叫び声をあげた。

 その叫び声に恐竜が反応し、雄たけびを上げながら迫っていく。怒りの対象は、目についた人間なら誰でも良いらしい。


 大きな顎が顔にかぶさる寸前、すぐさま復帰したヴォルターが尻尾を掴み、恐竜を広場の中央へと投げ飛ばす。


「ビビってねえでさっさと逃げねえか‼」


 恐怖で動けない人たちの体を無理やり起こし、突き飛ばした勢いで走らせた。

 入れ替わるように迫ってきた恐竜の突進を、大剣型の吸血機の平たい刃で、真正面から受け止める。


 凄まじい威力の突進に、再びヴォルターが半壊した家屋の瓦礫に吹き飛ばされた。

 人を襲おうとするたび立ち上がり、ヘイトを稼ぎ、周囲の人たちが逃げる時間を作る。


「ねえ⁈ あのままじゃヴォルター死んじゃうよ⁈ 麻酔銃とか使えないの⁈」

「血の特性が分からねえ‼ どんな血液を持っているか分からない以上、迂闊に傷もつけられないんだよ‼」


 ビーバーやシマリスのように、他者を直接傷つけない血の特性ならばいいものの、ヒグマやハネジネズミのように、一滴でも莫大なエネルギーを周囲にまき散らす血の特性だった場合は最悪だ。銃などを使って出血させてしまえば、辺り一帯が消し飛ぶ可能性すらある。


 そして、それは炎の血を持つヴォルターも同じこと。


 ヴォルターも自分が怪我をしないよう立ち回りながら、住民を避難させ、恐竜に出血をさせないように動き、素早く動き回る巨体に、吸血機を突き立てなければならない。


「無茶だ……」


 アルメリアが絶望のあまり、小さく首を振った。


 ヴォルターが広場で恐竜の気を引いていると、恐竜が急に距離を取り、ヴォルターに向かって狙いを定める。


「⁈」


 反射的に首をそらしたヴォルターの頬を、凄まじい速さで粘液が掠めていった。

 発射された粘液は床で飛び散り、石畳の床を煙を上げながら溶かしていく。


 一瞬だけ鼻を立てたヴォルターが、すぐさま袖で口元を覆いながら、恐竜の口元を凝視した。よく見れば、一部の蛇が持つような毒腺が鼻の下にあり、黄褐色の液体をポタポタと地面にこぼしている。


 恐竜でありながら、未開の中央(セントラルアンノウン)の生物。

 未開の中央(セントラルアンノウン)で独自の進化を遂げた存在だ。


「ローレンス‼ 毒の特性だ‼ 気化するタイプ‼ 空気より軽い‼」

「最悪だ……‼」


 ヴォルターの報告に、ローレンスがわなわなと無線を握る手に力を込めた。 

 致死性がどれだけあるかは分からないが、高い建物が多いアニマグラムでは、路地の隙間を縫うような風が吹きやすい。

 恐竜の巨体から出血し、大量の毒が霧散されれば、街中の人間が毒に侵される危険がある。


 そもそも強靭な鱗に守られた皮膚に、麻酔銃が効くのかすら怪しい。大量出血の可能性がある兵器は、未開の中央(セントラルアンノウン)の生物には使えない。


 下手にヴォルターの炎で抵抗すれば、周辺の建物に飛び火して2次災害を起こしてしまう。


 残された手段は一つしかなかった。




「もう、吸血機しか……!」

「ヴォルター! 周辺の住民の避難は終わった! 吸血機で速やかに駆除しろ‼」

「……簡単に言ってくれるなよ」



 ローレンスが呼びかけるが、ヴォルターの反応が鈍い。

 吸血機を振るう手に、どこか迷いがあるかのように、ほんの一瞬、動きが鈍る。


 その姿に、初めて会ったときにヒグマ相手に吸血機を振るう、ヴォルターの姿が重なった。


「ためらってる……! 親を傷つけること……!」

「あの、バカ――っ⁉」


 吸血機で攻撃を受け止めるも、攻撃態勢に移行する気配がほとんどない。怒りをその身で受け止める度に、ヴォルターの覇気が抜け落ちていく。


「こんなときまで何考えてんだ⁉ てめえの命を優先しろよ‼」


 ローレンスが叫ぶも、ヴォルターの表情から迷いは取れない。命の危機よりも、命を奪う苦悶に表情を歪めるヴォルターが、じわじわと追い詰められていく。




 何か。何かできることは無いか。




 遠くからアルメリアたちが見守る中、住民の一人が、恐る恐るローレンスの側へ歩いてきた。


「おい⁈ 早く逃げろって言ってるだろうが‼」

「――逃げても一緒だ。あんな生物がいるんじゃ……。あいつを何とかしないと、俺たちの命も家も、何もかも失ってしまう」


 その男は大きく息を吸い込んで、恐竜と交戦を続けるヴォルターに向かって叫んだ。






「頑張れーーーーーー‼ 街を守ってくれーーーーーーーーー‼」






 響き渡る声援に、ヴォルターが、アルメリアが、ローレンスが大きく目を見開いた。

 その様子を見ていた住民たちが、顔を見合わせてから頷き合うと、避難をやめて、ヴォルターに向かって声援を飛ばし始めた。


「頑張れ‼ 負けないで‼」

「俺たちの街を救ってくれ‼」

「お願いだ‼ 家族を、故郷を守ってくれ‼」


 祈るような声援が重なって、戦いの騒音をかき消し始めた。

 心からヴォルターを応援する姿に、アルメリアが少しだけ安堵したときだ。




「……え?」




 異変に気が付いたアルメリアが、ヴォルターの方を見て立ち尽くす。


 街の人からの声援を受ける度、


 街の人からの思いを受け止める度、












 ヴォルターの闘志が、萎えていく。





「…………クソうぜえ」




 眼前の恐竜に剣を構えながら、ヴォルターは低い声で呟くと、石畳の上に大きな唾を吐き飛ばした。


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