クソうぜえ
『現在、中央駅前広場にて巨大生物と交戦中‼ 避難場所はどこでもいい‼ 広場から離れることを優先‼ くりか――貴重品なんか探してる暇なんかあるか⁉ 早く逃げろ‼』
真夜中とはいえ駅周辺だ。一部の飲食店は稼働しているし、周辺に住む人たちもいる。
無線で都市全域に避難を促しながら、もたつく人たちをローレンスが怒鳴り飛ばした。
切羽詰まった声色に、避難の足は早まった。
一方でヴォルターは、恐竜からの殺意を一身に受けながら、なんとか被害を広場で食い止めている。
「ぐ――っ⁉」
死角に潜り込みながら注意を引こうと、足元へ駆け込むも、それを察した恐竜が身を引きながら尻尾を薙ぎ払った。
鞭のようにしなった尻尾が、周囲の建物とヴォルターを吹き飛ばす。
「や……、いやああああああああああああ‼」
半壊した家の中から、逃げ遅れた人が叫び声をあげた。
その叫び声に恐竜が反応し、雄たけびを上げながら迫っていく。怒りの対象は、目についた人間なら誰でも良いらしい。
大きな顎が顔にかぶさる寸前、すぐさま復帰したヴォルターが尻尾を掴み、恐竜を広場の中央へと投げ飛ばす。
「ビビってねえでさっさと逃げねえか‼」
恐怖で動けない人たちの体を無理やり起こし、突き飛ばした勢いで走らせた。
入れ替わるように迫ってきた恐竜の突進を、大剣型の吸血機の平たい刃で、真正面から受け止める。
凄まじい威力の突進に、再びヴォルターが半壊した家屋の瓦礫に吹き飛ばされた。
人を襲おうとするたび立ち上がり、ヘイトを稼ぎ、周囲の人たちが逃げる時間を作る。
「ねえ⁈ あのままじゃヴォルター死んじゃうよ⁈ 麻酔銃とか使えないの⁈」
「血の特性が分からねえ‼ どんな血液を持っているか分からない以上、迂闊に傷もつけられないんだよ‼」
ビーバーやシマリスのように、他者を直接傷つけない血の特性ならばいいものの、ヒグマやハネジネズミのように、一滴でも莫大なエネルギーを周囲にまき散らす血の特性だった場合は最悪だ。銃などを使って出血させてしまえば、辺り一帯が消し飛ぶ可能性すらある。
そして、それは炎の血を持つヴォルターも同じこと。
ヴォルターも自分が怪我をしないよう立ち回りながら、住民を避難させ、恐竜に出血をさせないように動き、素早く動き回る巨体に、吸血機を突き立てなければならない。
「無茶だ……」
アルメリアが絶望のあまり、小さく首を振った。
ヴォルターが広場で恐竜の気を引いていると、恐竜が急に距離を取り、ヴォルターに向かって狙いを定める。
「⁈」
反射的に首をそらしたヴォルターの頬を、凄まじい速さで粘液が掠めていった。
発射された粘液は床で飛び散り、石畳の床を煙を上げながら溶かしていく。
一瞬だけ鼻を立てたヴォルターが、すぐさま袖で口元を覆いながら、恐竜の口元を凝視した。よく見れば、一部の蛇が持つような毒腺が鼻の下にあり、黄褐色の液体をポタポタと地面にこぼしている。
恐竜でありながら、未開の中央の生物。
未開の中央で独自の進化を遂げた存在だ。
「ローレンス‼ 毒の特性だ‼ 気化するタイプ‼ 空気より軽い‼」
「最悪だ……‼」
ヴォルターの報告に、ローレンスがわなわなと無線を握る手に力を込めた。
致死性がどれだけあるかは分からないが、高い建物が多いアニマグラムでは、路地の隙間を縫うような風が吹きやすい。
恐竜の巨体から出血し、大量の毒が霧散されれば、街中の人間が毒に侵される危険がある。
そもそも強靭な鱗に守られた皮膚に、麻酔銃が効くのかすら怪しい。大量出血の可能性がある兵器は、未開の中央の生物には使えない。
下手にヴォルターの炎で抵抗すれば、周辺の建物に飛び火して2次災害を起こしてしまう。
残された手段は一つしかなかった。
「もう、吸血機しか……!」
「ヴォルター! 周辺の住民の避難は終わった! 吸血機で速やかに駆除しろ‼」
「……簡単に言ってくれるなよ」
ローレンスが呼びかけるが、ヴォルターの反応が鈍い。
吸血機を振るう手に、どこか迷いがあるかのように、ほんの一瞬、動きが鈍る。
その姿に、初めて会ったときにヒグマ相手に吸血機を振るう、ヴォルターの姿が重なった。
「ためらってる……! 親を傷つけること……!」
「あの、バカ――っ⁉」
吸血機で攻撃を受け止めるも、攻撃態勢に移行する気配がほとんどない。怒りをその身で受け止める度に、ヴォルターの覇気が抜け落ちていく。
「こんなときまで何考えてんだ⁉ てめえの命を優先しろよ‼」
ローレンスが叫ぶも、ヴォルターの表情から迷いは取れない。命の危機よりも、命を奪う苦悶に表情を歪めるヴォルターが、じわじわと追い詰められていく。
何か。何かできることは無いか。
遠くからアルメリアたちが見守る中、住民の一人が、恐る恐るローレンスの側へ歩いてきた。
「おい⁈ 早く逃げろって言ってるだろうが‼」
「――逃げても一緒だ。あんな生物がいるんじゃ……。あいつを何とかしないと、俺たちの命も家も、何もかも失ってしまう」
その男は大きく息を吸い込んで、恐竜と交戦を続けるヴォルターに向かって叫んだ。
「頑張れーーーーーー‼ 街を守ってくれーーーーーーーーー‼」
響き渡る声援に、ヴォルターが、アルメリアが、ローレンスが大きく目を見開いた。
その様子を見ていた住民たちが、顔を見合わせてから頷き合うと、避難をやめて、ヴォルターに向かって声援を飛ばし始めた。
「頑張れ‼ 負けないで‼」
「俺たちの街を救ってくれ‼」
「お願いだ‼ 家族を、故郷を守ってくれ‼」
祈るような声援が重なって、戦いの騒音をかき消し始めた。
心からヴォルターを応援する姿に、アルメリアが少しだけ安堵したときだ。
「……え?」
異変に気が付いたアルメリアが、ヴォルターの方を見て立ち尽くす。
街の人からの声援を受ける度、
街の人からの思いを受け止める度、
ヴォルターの闘志が、萎えていく。
「…………クソうぜえ」
眼前の恐竜に剣を構えながら、ヴォルターは低い声で呟くと、石畳の上に大きな唾を吐き飛ばした。




