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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
最終章
46/52

怒りの矛先

 

 頑強な鱗に覆われた、薄く羽毛が生え残る強大な体。獲物との距離を正確にとらえる、黄色い瞳孔が開いた、正面に向いた二つの目。

 文献でしか存在が認識されなかった、太古の覇者が、怒り狂った様子でアニマグラムに迫ってくる。


 手信号でアルメリアたちを逃がしながら、ローレンスは無線のスイッチを切り替える。

 都市全体にけたたましい警報音が鳴り、ノイズの入ったローレンスの声が鳴り響いた。




『全住民に告ぐ‼ アニマグラム東方より。未開の中央(セントラルアンノウン)の生物が襲撃中‼ 直ちに西方の門から都市外部へと避難を‼ 一刻の猶予もない‼ 各衛兵隊は住民の避難誘導‼ 一刻の猶予もない‼ 急げ‼』


 ローレンスが指示を終える頃には、地響きで体が揺れる距離まで、恐竜は迫ってきていた。


 ダンッ――ダンッ――ダンッ――


 脚力が強すぎるのか、一つの踏み込みで低空を飛ぶように駆けてくる。踏み込んだ衝撃で散らばった大地の欠片が、散弾のように後方に飛び、間にあった居住区や農耕地帯に多大なる被害をまき散らす。


「あいつ、なんでこっちに――」

「子どもを取り返しに来てる‼」


 恐竜の感情を読んだアルメリアが逃げながら叫んだ。


「あの小さな恐竜、子どもだったんだ! 臭いに反応してここを突き止めたみたい!」

「はあ⁈ 未開の中央(セントラルアンノウン)からどれだけ離れてると思ってんだ⁈」

「ティラノは恐竜の中でも最強格の嗅覚の持ち主だ! 0番染色体で強化された肉体なら、ここを突き止めるくらい不可能じゃねえ!」


 アルメリアたちが避難している間に、ヴォルターが隠し部屋から、ティラノの子どもが閉じ込められた鉄格子を担いできた。


「部屋を開けたことで臭いが漏れたんだろ! 街の連中の避難を急げ!」

「ヴォルターは⁈」

「殿」


 鉄格子を砕いて、動かない子どもを外に置いてから、逃げるアルメリアたちの間に立ち、吸血機を抜き放つ。

 荒れ狂う恐竜が子どもの姿を捉え、歩幅を急速に緩めていく。


 線路の上に置かれた子どもに、恐竜はゆっくりと顔を近づけた。

 安堵や苛立ち、怒りを滲ませた低い鳴き声が、ホームの空気を静かに震わせる。


「……っ!」


 距離を置いて吸血機を構えるヴォルターが、身をこわばらせながらじりじりと後ろに後ずさる。

 見上げるほどの巨大な体。吐く息。鼓動。体から放たれる何もかも。

 離れていても感じる、肌を刺すほどの圧力が、生物として格の違いを無意識のうちに押し付けてくる。


 頼む。そのまま子どもを連れて、森へ帰ってくれ。


 荒くなる息を、深呼吸で整えながら、ヴォルターが恐竜の様子を伺った。


 子どもがゆっくりと瞼を開けた。


 ぼやける親の姿を見て、子どもの個体は「キュィ――」とこと切れそうな声を上げた。


 頭を摺り寄せてくる親の頭に、親へ甘えるように、小さく首を寄せる。

 親に触れあい、小さく嬉し気な息を大きく吐いて、




 子どもの恐竜はこときれた。





 親の恐竜は、何かが切れたように、暫くの間子どもの亡骸を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。

 目の前の現実を拒むように、何度も子どもに鼻先を当て、子どもに体で呼びかける。

 起きて。起きて。と


 だが、何の反応も示さない死体に、理解が追い付いたのか、ゆっくりと頭を起こし、


 ヴォルターの方へと、振り返る。




「「「――――っ⁈」」」




 駅前の大広間へ逃げてきたアルメリアたちの前に、黒い塊が地面を跳ねながら転がり込んできた。




「ヴォルター⁈」




 苦しそうに蹲るヴォルターに、アルメリアが駆け寄るも、「来るな!」とヴォルターが手で制す。


 その瞬間、背後から放たれる溢れんばかりの殺気が、アルメリアたちの体を刺した。




「ヴォオオオオオオオオオオ‼」




 世界を揺らすような咆哮と共に、恐竜が駅のエントランスを破壊しながら迫りくる。

 怒り、苦しみ。爆発し続ける黒い感情が。全てヴォルターに向けられていた。


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