怒りの矛先
頑強な鱗に覆われた、薄く羽毛が生え残る強大な体。獲物との距離を正確にとらえる、黄色い瞳孔が開いた、正面に向いた二つの目。
文献でしか存在が認識されなかった、太古の覇者が、怒り狂った様子でアニマグラムに迫ってくる。
手信号でアルメリアたちを逃がしながら、ローレンスは無線のスイッチを切り替える。
都市全体にけたたましい警報音が鳴り、ノイズの入ったローレンスの声が鳴り響いた。
『全住民に告ぐ‼ アニマグラム東方より。未開の中央の生物が襲撃中‼ 直ちに西方の門から都市外部へと避難を‼ 一刻の猶予もない‼ 各衛兵隊は住民の避難誘導‼ 一刻の猶予もない‼ 急げ‼』
ローレンスが指示を終える頃には、地響きで体が揺れる距離まで、恐竜は迫ってきていた。
ダンッ――ダンッ――ダンッ――
脚力が強すぎるのか、一つの踏み込みで低空を飛ぶように駆けてくる。踏み込んだ衝撃で散らばった大地の欠片が、散弾のように後方に飛び、間にあった居住区や農耕地帯に多大なる被害をまき散らす。
「あいつ、なんでこっちに――」
「子どもを取り返しに来てる‼」
恐竜の感情を読んだアルメリアが逃げながら叫んだ。
「あの小さな恐竜、子どもだったんだ! 臭いに反応してここを突き止めたみたい!」
「はあ⁈ 未開の中央からどれだけ離れてると思ってんだ⁈」
「ティラノは恐竜の中でも最強格の嗅覚の持ち主だ! 0番染色体で強化された肉体なら、ここを突き止めるくらい不可能じゃねえ!」
アルメリアたちが避難している間に、ヴォルターが隠し部屋から、ティラノの子どもが閉じ込められた鉄格子を担いできた。
「部屋を開けたことで臭いが漏れたんだろ! 街の連中の避難を急げ!」
「ヴォルターは⁈」
「殿」
鉄格子を砕いて、動かない子どもを外に置いてから、逃げるアルメリアたちの間に立ち、吸血機を抜き放つ。
荒れ狂う恐竜が子どもの姿を捉え、歩幅を急速に緩めていく。
線路の上に置かれた子どもに、恐竜はゆっくりと顔を近づけた。
安堵や苛立ち、怒りを滲ませた低い鳴き声が、ホームの空気を静かに震わせる。
「……っ!」
距離を置いて吸血機を構えるヴォルターが、身をこわばらせながらじりじりと後ろに後ずさる。
見上げるほどの巨大な体。吐く息。鼓動。体から放たれる何もかも。
離れていても感じる、肌を刺すほどの圧力が、生物として格の違いを無意識のうちに押し付けてくる。
頼む。そのまま子どもを連れて、森へ帰ってくれ。
荒くなる息を、深呼吸で整えながら、ヴォルターが恐竜の様子を伺った。
子どもがゆっくりと瞼を開けた。
ぼやける親の姿を見て、子どもの個体は「キュィ――」とこと切れそうな声を上げた。
頭を摺り寄せてくる親の頭に、親へ甘えるように、小さく首を寄せる。
親に触れあい、小さく嬉し気な息を大きく吐いて、
子どもの恐竜はこときれた。
親の恐竜は、何かが切れたように、暫くの間子どもの亡骸を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。
目の前の現実を拒むように、何度も子どもに鼻先を当て、子どもに体で呼びかける。
起きて。起きて。と
だが、何の反応も示さない死体に、理解が追い付いたのか、ゆっくりと頭を起こし、
ヴォルターの方へと、振り返る。
「「「――――っ⁈」」」
駅前の大広間へ逃げてきたアルメリアたちの前に、黒い塊が地面を跳ねながら転がり込んできた。
「ヴォルター⁈」
苦しそうに蹲るヴォルターに、アルメリアが駆け寄るも、「来るな!」とヴォルターが手で制す。
その瞬間、背後から放たれる溢れんばかりの殺気が、アルメリアたちの体を刺した。
「ヴォオオオオオオオオオオ‼」
世界を揺らすような咆哮と共に、恐竜が駅のエントランスを破壊しながら迫りくる。
怒り、苦しみ。爆発し続ける黒い感情が。全てヴォルターに向けられていた。




