既知の未知、強襲
「捜査犬借りて来たぜ。そっちは?」
「うん。こっちもばっちし。流石に服までは盗られなかったね」
部下の女性を連れて、ローレンスがアルメリアたちと再び合流した。
黒と栗色の毛並みのシェパード犬が2頭、ローレンスたちに手綱を握られ、威勢よく尻尾を振っている。意気込み十分といったところか。
アルメリアが「よろしくね」と笑って捜査犬たちの頭を撫でている横で、ヴォルターが「これが追跡する匂いだ」と服をしまっている箱を差し出した。
「どれどれ、早速嗅がせてみるか―――ヴォエッ?!」
箱を開け、漂う香りを認識した瞬間、叩きつけるように箱を閉じて、その場で悶えるローレンス。
背後に控えていた部下の女性は臭いで立ったまま失神し、捜査犬たちは手綱がピンと張るほど距離を取っている。
「ちょっと?! 悶えてないでちゃんと追跡させてよ?!」
「しまえしまえそんなもん‼ 生き物が嗅いでいい臭いじゃねえ‼ 臭いで人を殺す気か⁈」
「そ、そりゃあ、30日とちょっとで色々とパワーアップしてるけど……」
涙目になりながら抗議するローレンスから、アルメリアは気まずそうに目をそらす。
ローレンスや部下の女性、捜査犬たちが臭いで苦しむ中、顔をしかめるくらいで済んでいるのは、すでに耐性ができているからか。
臭いから距離を取るローレンスたちに、困ったようにため息をついてから、ヴォルターは服を手に歩み寄る。
「他に方法がねえ。四の五の言ってねえでさっさと嗅がせろ」
服を捜査犬に差し出すと、ローレンスたちは一瞬怯んでから、犬たちに申し訳なさそうに臭いを覚えさせた。
吐くようにむせ返りながら臭いを覚える犬たちを見て、「虐待だろこれ」とローレンスが零した。
あれだけ景気よく振っていた尻尾は、しんなりと地面に垂れていた。
♢ ♢ ♢
夜、人気のほとんどない静まり返った駅へ、捜査犬たちを先頭に歩き出す。
「ホームの付近から探そう。列車に近い方が運び込むのも楽そうだ」
ヴォルターの提案に全員が頷いた。
改札口へと向かっている途中、何かに反応した捜査犬たちが、スンスンと鼻を動かし、周囲の匂いを探る。
「捜査範囲はかなり広いけど、大丈夫かな」
「犬の嗅覚は人間の数千倍。8㎞先のメスの発情中の臭いすら嗅ぎ分ける。密猟した生き物を保管してるってことは、完全な密室じゃないはずだ。あの強烈な臭いのフェロモンなら、嗅ぎ分けるのも不可能じゃない」
ヴォルターの捕捉に、アルメリアが感心して頷いた。
しばらく歩くと、捜査犬たちの足取りが早くなった。
捜査犬たちに少しだけ引っ張られる形で辿り着いたのは、改札口をくぐり、ホームの奥にある車両の格納庫。
整備用の油のにおいが漂う暗い空間で、捜査犬たちが整備用の備品が保管されている、大きなコンテナの前で吠えた。
ヴォルターとローレンスを先頭に、顔を見合わせてから中に入る。
だが、中には多くの機材が詰まれているだけで、変わったところはない。
「ねえヴォルター。中じゃなくて、下じゃない? 意識が下に向いてるよこの子たち」
アルメリアの指摘に、ヴォルターが外に出て、耳を床に付けながらコンテナ付近の地面を叩いた。
「……空間があるな。反響の仕方が変だ」
すぐさま立ち上がり、ヴォルターがコンテナに手をかけると、そのまま力を込めて位置をずらす。
中の機材を含めて500㎏はあるだろう。
アルメリアが怪力に驚くも、その驚きはすぐに別な驚きへ塗り替えられた。
「隠し扉!」
一辺3mほどの、正方形の扉が床に現れた。捜査犬たちが吠えて、それだと示す。
恐る恐る扉を開けると、なだらかな階段が続いていた。
中から漏れ出てくる獣臭に、ここが隠し部屋だと確信する。
ヴォルターとアルメリアは頷きあってから、箱の中から服を取り出した。
「え、着るの? それ……」
「……ハネジネズミたちとのコミュニケーションツールみたいなものなんで」
臭いの付いたコートと、ジャケットをそれぞれ羽織り直す二人に、ローレンスが呆気にとられながら身を引いた。
この汚れを身にまとう感覚、何日ぶりだろうか。アルメリアが説明しながらも悲しくなる。
暗い階段の側には、照明のスイッチが付いていて、ローレンスに確認をしてからヴォルターが明かりを付ける。
「これは……⁉」
晴れた視界の先に広がっていたのは、おびただしい数の鉄格子と、そこに囚われた未開の中央の生き物たちだった。
全員、まともな食事を与えられていないのか、力を失ったようにぐったりとしている。檻の中には糞や尿が放置されていて、フェロモンとは別ベクトルの悪臭を放っていた。
「ヴォルター! あれ!」
アルメリアが指で示したのは、30日間一緒に過ごした、あのモウカハネジネズミの子どもたちだ。
辺りを警戒してから駆け寄り、「大丈夫だった⁈」と鉄格子越しに話しかける。
一瞬だけ、アルメリアの姿に警戒をするも、すぐさま鼻をひくひくと動かし、一瞬身を固めてから、興奮したようにアルメリアの方へ体を寄せてきた。
ヴォルターが鉄格子を強引にへし折って壊すと、解放されたハネジネズミたちが、
「あははは! これこれこれ!」
アルメリアとヴォルターの体に飛びつき、全力でお腹をこすりつけてきた。
どうやら、見知った臭いで思い出してくれたらしい。不安から解放されたハネジネズミたちが、安堵に身を寄せるように、フェロモンを付け直した後もヴォルターたちにすり寄った。
その光景を駆け寄りながら、ローレンスたちが微笑ましそうに眺めていたが、ある程度近づいた瞬間、一層強烈になった臭いに鼻をしかめる。
「……自分の臭いで安心する生き物なんだよ」
「……なるほどね。俺は仲良くならなくていいや」
ヴォルターの弁明に頷いてから、ローレンスと部下の女性が距離を取り直した。捜査犬たちも遠くで小回りし、忌避感を顕にしている。
ハネジネズミたちと触れ合いながらも、ヴォルターは睨むような視線で辺りを見渡し直した。
「ほとんど衰弱しているな。水や食事も最低限しか与えられていない」
「とりあえず本部に連携するよ。現場の写真納めといて」
「はい」
鉄格子の奥で薄い息で倒れている生物たちを見て、ヴォルターの中にふつふつと怒りの炎が湧き上がってくる。
ローレンスが無線で本部の方に報告を入れている間、部下の女性が周囲の生物や部屋の様子を写真で撮影し始めた。
部屋を調べまわっているところで、階段の方から、焦った足音が響いてくる。
「――っ⁈ お前たち、何でここにいる⁈」
「スニード!」
アルメリアが叫ぶと、スニードは一瞬戸惑ったのち、泡食ったように逃げ出した。
スニードを追おうと身を起こすヴォルターを、ローレンスが「待て」と肩を掴んで制す。
「すでに周辺は部下たちに固めさせている。捕まるのは時間の問題だ。それよりも――」
「……生物たちの保護が先か」
部屋には20匹以上の生物たちが閉じ込められており、全員が未開の中央の生物――特殊な血液を持っている個体だ。
万が一にでもここから脱走して、街の方へ逃げてしまえば、更なるパニックになる可能性がある。
スニードは別動隊で対応する以上、現場には専門家であるヴォルターが残る方が賢明か。
「……輸送車を手配してくれ。とりあえず街の外に出さないと。救命措置はそれからだ」
「了解。手配する」
「……隊長、ヴォルターさん。少しよろしいでしょうか」
ローレンスが外に連絡をつなごうとしたところ、部下の女性が顔を不安そうに眉をしかめながら、ヴォルターたちを手招きした。
すぐさま女性の下に駆け寄ると、
「……これは、何の生物でしょうか」
ヴォルターたちは言葉を失いながら、困惑と恐怖が混ざったような表情で、目の前の檻の中で倒れこむ生き物の姿を見下ろした。
「オオトカゲ、じゃないよな? ……ヴォルター、分かるか?」
「…………‼」
少し恐怖が滲んだ声で、ローレンスが尋ねるも、ヴォルターも深く眉間にしわを作りながら、瞳孔を開いたまま、黙り込んでしまった。
檻の奥で浅い呼吸を繰り返しているのは、全身がフサフサの羽毛と鱗に覆われた、大型の爬虫類。
全長は1m弱といったところか。爬虫類、といってもトカゲや蛇とは体のつくりが大きく異なる。
後ろ足の骨格が大きく発達した2足歩行の生物だ。太く長い後ろ足に、短い前足。その前足には獲物を引き裂くための、鍵づめのような鋭い爪が付いている。
前後に伸びた平たい頭骨に、ナイフのように鋭利な牙。顔つきはワニやトカゲを足して割った、走れる鳥類のような見た目をした生物だ。
この生物は、見たことない。
はずなのに、
この生物は、誰もが知っている。
脳裏によぎったとある生物に、ヴォルターが一瞬体を震わせた。
その時、ローレンスの無線が鳴り響き、悲鳴のような報告が響き渡る。
『隊長! 未開の中央の方から巨大な生物が向かってきます‼』
鬼気迫る様子に、ヴォルターたちは駅のホームから線路に降りて、そのまま未開の中央が見える、駅の外まで走り抜けた。
そして、向かってくる生物が何かを認識した瞬間、ヴォルターを含む全員が、絶望した様子でその場に立ち尽くすのだった。
「恐、竜……⁈ ティラノサウルス……⁈」
全長30ⅿに及ぶ、【未開の中央】育ちの、白亜紀の王。
人間の代わりに世界に君臨していた、生態系の頂点ともいえる存在が、怒りを顕にアニマグラムの方へ向かっていた。




