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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
最終章
38/52

奪われた研究

 

「どういうことすか、これは」


 論文の認可が発表されたその日のうちに、ローレンスはスニードがいる、ハツデンシロコブウシの飼育施設に向かった。

 ノックもせずに乗り込んだ局長室。その中央にある仰々しい大机で腕を組むスニードへ、ローレンスが詰め寄った。


 取り繕った言葉が、怒りで崩れかけている。

 そんなローレンスを前に、スニードは嘲るように笑みを浮かべてから、背もたれの高い椅子に、深く腰を下ろしなおした。


「? 裏で進めていた研究を、正式に発表しただけだが?」

「あんたが研究を提出した同日! 同じ研究をしていた者から、研究データ盗難の被害届が上がっている‼ 人の研究を掠め取ったんだろうが‼」

「そうだったのか、初耳だ。それに関しては気の毒だが、研究テーマが被ることなんてよくあることだろう」

「この椅子に座ってばっかのてめえが、未開の中央(セントラルアンノウン)の研究なんてしてるわけねえ‼ あれはヴォルターの研究だ‼ ヴォルターがアルちゃんと一緒に、未開の中央(セントラルアンノウン)で何日もかけて完成させたものだろうが‼」


 態度を取り繕うことも忘れ、ローレンスが机越しに身を乗り出して、スニードの胸倉をつかんだ。

 体を引き寄せられ、一瞬不快そうに眉を寄せたスニードが、可笑しそうに喉を鳴らす。




「……そもそもヴォルター君は、第7衛兵隊の命で、未開の中央(セントラルアンノウン)の生態調査で出向いたのではなかったのかね? その使命を放り出して、自分の研究をする暇なんてあったのかい?」




 怒りで力んでいたローレンスの拳が緩んだ。

 建前で用意した理由付けを、逆に利用された形だ。


「それに、態度は気を付けたまえ。私はこの都市のバイオエネルギー科学大臣。……都市の政治に関わる偉大な存在だ」


 ローレンスの緩んだ拳を握り返し、ゆっくりと突き返しながら、スニードは続けた。




「私の意向一つで、君の下で働くアルメリア・クロウリーが死刑囚に戻ることを、忘れてもらっては困るのだがね」




 建前と、人質。


 二つの盾に阻まれて、ローレンスは何も言い返せず、何も言わずにその場を後にしようとした。

 帰る間際、「謝れよ」と告げられ、体を震わせながらローレンスは深々と頭を下げて謝罪を行った。

 ローレンスが出ていった局長室に、心底楽しそうなスニードの笑い声が響いていた。




 ♢ ♢ ♢




 体中にひびが入ったような痛みを自覚しながら、アルメリアはゆっくりと目を覚ました。


「……っ」


 薄い明かりがついた、白い天井。

 自分の左手に取り付けられた点滴や、ベッドの側に付けられたナースコールのボタンで、自分が病室にいることに気が付いた。


 なんで、私はこんなところにいるんだろう。


 体が痛んで、腹の力だけで体を起こせない。ベッドの手すりに体重を乗せるようにして、体を起こしながら記憶をたどる。


「……――っ! ヴォルターの研究‼ ……つぅ――‼」


 ヴォルターの研究を漁った、謎のフードたち。

 思い出したアルメリアが反射で体を起こすも、体を走る激痛に、すぐさま手すりに寄りかかる。

 痛みに悶えていると、病室のドアが開き、暗い顔をしたローレンスが現れた。

 アルメリアが目覚めたとは思っていなかったのか、目を丸くして、アルメリアの下へ駆け寄ってきた。


「目が覚めたか! 体の方は大丈夫か⁈」

「ねえ、そんなことよりヴォルターの研究が盗まれたの‼ 盗んだやつを探しだして‼ ヴォルターの研究、取り返さなきゃ‼」 

「…………」

「ねえ⁈ ――っ……どうしたの?」


 痛々しそうに口をつぐんで目を伏せるローレンスに、アルメリアも冷たい予感と共に黙り込んだ。

 ローレンスは震える息を吐いてから、弱々しい声で、今までの出来事を説明した。




 ♢ ♢ ♢




「……何、それ」


 怒り、絶望。無力感に喪失感。

 様々な感情が一気に押し寄せてきて、魂が抜けたようにアルメリアが息を詰まらせた。


「……あの火事は人為的なものだった。アルちゃんが調べろって言った奴ら、事情を聴いたら白状した。連絡をしたタイミングで、指定の個所に箱を置けって、多額の金雇われたらしい。指示者は不明。火元の調査を行ったところ、計20か所に【ヒダネアナグマ】の死骸が見つかった。体の一部が欠けていた。小型の爆弾なんかを取り付けられていたみたいだ。遠隔で発火する仕組みだったらしい」

「なんで、そんなことを――」


 言いかけて、とある可能性が頭をよぎり、アルメリアの顔が見る見る内に青ざめていく。


「――ヴォルターを吊り出すためだ。……ヴォルターは、火事に、トラウマがあるから」

「……! 聞いたのか。過去のこと」


 生まれたときに起きてしまった、病院の大火災。

 そのことに強い罪悪感や自責の念を抱いているヴォルターなら、大規模な火災を目の前で起こせば、必ず人命救助に動き出す。


 人の――ヴォルターの傷や正義感、善意を利用した悪劣な罠。


 仕組んだ人物への怒りやおぞましさで、吐き気がする感覚を堪えながら、アルメリアが頷いた。


「……とにかく、あいつが進めていた研究を、スニードの名前で発表された。盗んだ奴は捜索中だ。……管轄外だから、第7衛兵隊は関わるなって指令がでた」

「……他に誰が調べてくれるの?」

「第2衛兵隊。……ただ、そこの隊長はスニードとの繋がりがある」

「――っ! ざけんな‼」


 アルメリアがローレンスの肩を掴んだが、ローレンスは脱力したように項垂れている。


「揉み消す気満々じゃん‼ このまま黙って見てろっていうの⁈」

「そんなわけねえだろ‼ ねえけど……‼」


 力強く肩を掴むアルメリアに、ローレンスも力強く肩を握り返すが、すぐさま何かが胸に突っかかったように、意気を失い、気まずそうに目をそらした。

 その様子に違和感を覚えたアルメリアが、「あ……」と乾いた声を漏らす。


「……もしかして、私のせい?」


 研究前にヴォルターが言っていた。

 自分は元死刑囚で、ヴォルターの味方をすれば反感を買うと。

 ローレンスが命令に従わざるを得ないのは、自分の身を案じてからか。

 足を引っ張ってる自責の念で、アルメリアが言葉を詰まらせるも、すぐさま改まった顔になって、ローレンスに向かい直る。


「……私のことはどうなってもいいよ! それよりもヴォルターの研究を――」

「簡単に言うんじゃねえ。人の迷惑を考えろ」


 アルメリアの言葉を、ドアの方からした低い声が遮った。

 アルメリアたちがバッとドアの方へ顔を向けると、そこには感情を失ったように佇む、ヴォルターの姿があった。


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