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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第3章
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火事場泥棒

 

 燃え盛る農業地区の近くに車を停めると、そこではローレンスを中心に、第7衛兵隊が中心となって、消火活動や、農業地区に住む人たちの避難誘導を行っていた。


「ローレンス! 何があった⁈」


 ローレンスはヴォルターの声に勢いよく振り返り、「わからねえ!」と叫んだ。炎の音や人々が逃げ惑う声で、叫ばなければほとんど聞こえない。


「住民の話を聞くに、突然畑の各所から炎が上がったそうだ! 火事の直前、【ヒダネアナグマ】を目撃したって話が上がってはいるが……」

「一匹二匹じゃここまでの火災にゃならねえぞ! ヒダネアナグマは群れを組む種でもねえ!」

「ああ! だから誰かが意図的に何匹も逃がしたんじゃねえかって考えてる!」


 炎の奥で、大きな爆発のような音が鳴り、火の勢いがさらに増していく。


「まだ取り残された住民もいる! 火災規模が大きすぎて防火服着て突入ってわけにもいかねえ! ……悪いけど――」

「俺に突っ込めってんだろ。どこに向かえばいい」

「トウモロコシ畑の方の居住区だ! それと、アナグマを見つけたら」

「……駆除しろってか」


 ヴォルターが舌打ちしながら車の鍵をアルメリアに放り、吸血機を手に取った。


「行ってくる」


 火の嵐から逃げてくる人の波に逆らいながら、ヴォルターは炎の中へと消えていった。

 受け取った鍵を服のポケットに入れてから、アルメリアも「手伝えることはある⁈」と叫ぶようにして尋ねる。


「逃げてくる人たちの誘導頼む! 向こうの救護テントの方へ誘導してくれ!」




 ♢ ♢ ♢




 ローレンスに言われた通り、アルメリアは火の手から逃げてくる人たちを、指定された場所へ誘導を続けた。

 中には煙の中を吸い込みながら逃げてきたり、服の一部を燃やしながら逃げてきたりする者もおり、アルメリアたちの下へたどり着いた瞬間、気を失ったように倒れこんだ。


 まともに歩けない者たちを、肩を貸しながら救護テントの方へ運んでいく。


 救護テントではローレンスの部下の女性や、救急隊と思われる人たちが、けが人や意識不明者の救護活動を行っていた。

 テントの下で、一酸化炭素中毒を起こしている者たちを寝かせて、心肺蘇生や酸素マスクでの救命処置で忙しなく動いている。




「意識がない人の救命を優先! 重傷者以外の治療は後に回して!」




 叫ぶような指示が飛び交う現場を、負傷者を運びながら何度も往復する。激しい往来と喉を焼くような炎の中を、息を切らしながら救助活動を続けていく。

 そんな中、早期に避難して十分に動ける者たちから、率先して救助活動を手伝う者もあらわれた。


「俺も手伝う! 何かできることは無いか⁈」

「……じゃあ、動けない人を運ぶのを手伝って!」


 そんな者たちの後に続けと言わんばかりに、次々と救助活動に手を貸す人たちが集まっていく。


 それ自体は良いことなのだが、




「……忙しいところすみません。さっきの人と、あの黒い服の人と、その隣の人。後で事情を聴いた方が良いかも」




 そんな者たちの中に、強い罪悪感や、自責の念から協力に申し出るものたちがいることに気づき、アルメリアがローレンスの部下に耳打ちする。

 部下の女性も、心肺蘇生をしながら小さく頷いた。


 ヴォルターたちの話を聞くに、この火事は誰かが意図的に起こした可能性があるという話だ。やってから後悔するあたり、先ほどの者たちは計画犯ではなく実行犯といったところだろうか。


 誰が、何のために?


 現場と救護テントを往復しながらアルメリアが思考を巡らせていたところ、ふと、未開の中央(セントラルアンノウン)の方へ、何台かの大型車が走り抜けていく様子が伺えた。


 この火災現場を放置して、わざわざ未開の中央(セントラルアンノウン)へ何の用か。


 嫌な予感に、人ごみの中で足を止めてしまった。

 ざわつく胸に手を当てながら、ふと周囲を見渡したところ、この騒動の騒ぎに紛れるようにして、ヴォルターの車に忍び寄る黒服の人影があった。


「……?」


 人影は周囲の様子を伺い、大きな鞄からドリルのようなものを取り出し、車の鍵の部分へ突き立てて、強引にドアを破壊し始めた。


「――っ⁈」


 周囲を見渡すも、誰もその様子に気が付いていない。ローレンスの部下たちも、目の前の命を救うことで精一杯だ。

 避難する人々を前に、一瞬立ち止まってから、車の方へ走り出す。


 壊れたドアから車内へ乗り込むと、荒れたキャビンの中で、パソコンやバックアップ用のハードディスク、そしてモウカハネジネズミの血液サンプルを物色する、深くフードを被った3人の男たちがいた。




「――何やってんのあんたたち‼」




 声に驚いて、ビクッと振り返る男たち。

 アルメリアは、半ば反射でパソコンを持っていた男に飛び掛かる。

 だが体格で劣り、多勢に無勢だ。後頭部に強い衝撃が走ったかと思えば、壁に頭が叩きつけられて、視界の半分が赤く濁った。



「――馬鹿野郎! 雑にそいつを扱うんじゃねえ!」



 どうやら血液サンプルが入ったケースで、後ろから殴られたらしい。

 こいつらは、中身が何かを知っている。




「それ、返せ…………っがぁ⁈」




 視界や意識がぼやける中、ヴォルターの研究が全部入ったパソコンに手を伸ばすも、3人の内の1人に何度も腹を蹴られ、動かなくなるまで体を痛めつけられた。




「――……っ」




 返せ。


 必死の思いは、声にできず、代わりに切れた口から血の混じった唾が零れて床を汚した。


 辺りを物色しきった男たちが去っていく姿を最後に、アルメリアの意識は途絶えた。






 ♢ ♢ ♢






「……おい」


 火の勢いが収まり、煤まみれになった体で、ヴォルターは車の中を見て立ち尽くした。

 救助活動の手伝いをしていたアルメリアの姿が見えないことに気が付き、辺りを探したところ、壊された車のドアを見て急いで来てみればこの有様だ。


 壊れた家具。散らばる研究機材。

 中身をすべて吐き出された鞄に、ケースが置いてあった場所にできた、不自然に空いたスペース。 


 そして、




「おい……しっかりしろ。おい――」




 美しい顔や髪を真っ赤に染めながら、ぐったりと床に放り出されている、アルメリアの姿。




「――アル‼」




 その後、アルメリアはアニマグラムの病院に緊急搬送され、目を覚ましたのは三日後の夜だった。


 それと同時、火災の余波が収まらないアニマグラムに、とあるニュースが流れることになる。




 バイオエネルギー科学大臣、スニード・ヴァインス氏による、【モウカハネジネズミの生態とエネルギー利用への可能性】という掲題の論文の認可。そして、エネルギー利用に向けた飼育実験の始動を知らせる吉報が。


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