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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第3章
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不穏

 

 目元が乾いて、擦り切れたように熱い。

 さっきまで自分が寝ていたのかも定かではない。頭に靄がかかったような気分でアルメリアは起きて、ロフトから降りた。


「……おはよ」


 起きたアルメリアを見て、ヴォルターが気まずそうに挨拶してから、粉コーヒーの入ったマグカップにお湯を注いで、机の上に置いた。パンと目玉焼きが載ったプレートもある。


「ごはん、ありがと」


 昨日の今日で何と声をかければいいのか分からない。

 礼を言ったものの、その後が続かない。逃げるようにパンをかじった。

 ヴォルターも昨日突き放したことを引け目に感じているのか、逃げるようにコーヒーを口にする。




「……俺と、お前の関係性にこれ以上は無いって言ったけどさ」




 だが、重い空気に耐えかねたのか、ヴォルターが不意に語り掛けた。

 アルメリアも食事の手を止め、視線を逸らすヴォルターに真っすぐ向かい直る。


「昨日までにだったら戻れる。……父さんの名誉を取り戻すためには、お前の力が必要だ。……だから、話を聞く前には、戻ろう」

「……わかった」


 本当は何か気の利いた言葉とか、人生観を変えるような何かを与えられればいいのかもしれない。だけど、下手な気をきかせて、今の関係すらもなくなってしまうのは嫌だった。

 心配や無力感を、最後のパン一欠けらと一緒に飲み込んだ。

 活力を入れるために、アルメリアは頬を両手で叩くと、「今日も頑張ろう」と無理やり笑った。ぎこちなく笑うアルメリアを見て、ヴォルターも自分を傷つけるように微笑んだ。


 朝食を食べ終え、調査服に着替えた二人は、未開の中央(セントラルアンノウン)の森の中に繰り出した。

 いつもより少しだけ間を開けて歩くヴォルターの側へ、アルメリアはその間を詰めるように並び直した。




 ♢ ♢ ♢




 午前中にハネジネズミの生態調査や、血液採取の為の餌付け訓練を終えた後、ヴォルターたちは縄張りから離れ、周辺の森の環境調査に出向いた。


「ねえ、ハネジネズミの研究はよかったの?」

「よくはねえけど、そもそもお前、最近頻発する、未開の中央(セントラルアンノウン)絡みの事件の調査の為に、俺を借りた建前だったろ。何日も森を調査しておきながら、手ぶらで帰すわけにはいかねえだろうが」


 そういえばそうだった、とアルメリアが苦い表情になる。

 ヴォルターの研究に同行する建前とは言え、第7衛兵隊の仕事という建前を使った以上は、仕事はこなさなくてはならない。


 ヴォルターが太い幹をえぐり取るように、袈裟懸けに傷つけられた木の肌を撫でた。


「写真撮って。ハイイロイカヅチオオヒグマの縄張りを示すフィールドサイン」

「それって、あの列車を襲った大きなクマだよね? 雷飛ばすやつ」


 アルメリアがカメラで傷跡を撮影すると、ヴォルターが「ああ」と頷いた。


「本来はこんな浅い場所に出てくる生物じゃないんだけどな。餌を探しに来たわけじゃねえだろうし……」

「そういえば、ビーバーたちも何かから逃げてきたような感じだったんだよね。熊さんたちも、何かから追われて逃げて来たとか?」

「ハイイロイカヅチオオヒグマは未開の中央(セントラルアンノウン)でも最強格の生物だ。あいつを追っ払える生物なんてそうそういねえよ。……密猟者に縄張りを荒らされて引っ越してきたか?」

「そういえば、最初にあったときも密猟者がどうこう言ってたよね。密猟者って何?」

未開の中央(セントラルアンノウン)の生物を捕まえて、海外に売り飛ばす奴らのことだよ」


 ヴォルターが何を危惧しているのか、いまいちピンとこない様子のアルメリアに、ヴォルターが逆に質問する。


「そもそも何で、この大陸や未開の中央(セントラルアンノウン)、そこに住む生物から採れる血液――『奇跡の燃料』について、世界的な情報規制がかかっているか分かるか?」

「それは……」


 アルメリアは顎に手を当てて深く唸るも、表情がどんどん険しくなっていく。


「……なんで?」


 言い方は悪くなるが、生物なんて飼育法さえ確立されているならいくらでも増やせる。

 その情報を世界中で共有しまくってしまえば、エネルギー問題なんてすぐにでも解決しそうなものなのに。


「外の連中が躍起になってエネルギー資源として、未開の中央(セントラルアンノウン)の生物を研究したがっているのは知っている。でも、その生態はどうやって作られていったのか、この大陸の人間ですらほとんど解明できていない」

「でも、そんなの後から解明すればよくない?」

「どうやって特殊な進化を引き起こす『0番染色体』が、各種生物に広がっていったのかもわからないんだよ」


 その言葉に、アルメリアがはっと息をのんだ。


「同じ染色体が、どうやって種を超えた生物間に広がっていったのかも分からねえのに、未開の中央(セントラルアンノウン)の生物を外に出してみろ。あんな生物たちが何の準備もないままに世界中に広がっていったら、世界は人間のものじゃなくなるかもしれねえ」


 感染か、寄生か。すくなくとも突然変異的な何かで意図せず広がるのはヴォルターという前例がある。

 自分が住んでいた街に、突然あの大熊のような生物が現れたのを想像するだけでぞっとする。


「かといって、ハツデンシロコブウシだけじゃ、海外のエネルギー資源を賄うには到底不十分。こっちで燃料を生産して、海外に輸出する手段も取れねえ。これが、『奇跡の燃料』や、それを生み出す生物たちの情報が外に出回らない理由。……なんだが」

「……なんだが?」

「それでも秘密裏に生物たちを研究したい輩は多くいるんだよ。そいつら相手に、密猟した生物たちを売りさばいているのが密猟者。ローレンスが追っている奴ら」

「列車で探していたのは、その人たちのことだったのね」

「最近、人里に未開の中央(セントラルアンノウン)の生物たちが現れるのは、そいつ等が森を荒らしたのが原因なんじゃないかとは思っている。ほら、麻酔銃の破片」


 ヴォルターが足元に転がっていた鉄の破片を広い、鞄の中にしまった。よく見れば、携帯食料の包装紙など、自然には無いはずのものが所々に落ちている。

 ヴォルターはそれらを手袋をしてから拾い、小さなジッパーに分けてからアルメリアに渡した。


「指紋でもついてりゃ何らかの証拠にはなるだろ。仕事の報告に使いな」


 アルメリアが受け取ると、ヴォルターはすぐに辺りの調査に戻った。

 その背中を追いながら、やっぱり人のことにはちゃんと気を配るんだな、と、嬉しいような、寂しいような気持ちになってしまう。


 生態系の異変を調べるために、フィールドサインの撮影や、落ちている糞の採取をして回っていたところ、ヴォルターがふと足を止めた。


「どうしたの?」

「……」


 ヴォルターが黙って見つめる先には、クレーターのような足跡が、森の奥の外に向かって伸びている光景があった。

 大きさが2m近くにもなる、鳥の足跡に似た三又の足跡。鳥類のものでないと直感的に思うのは、太い筋肉質な指の跡と、その先で地面を抉ったような爪の跡が残っているからか。


「……何の足跡?」

「……わからねえ」


 ヴォルターは深刻そうに足跡を眺めた後、写真を何枚か撮ってから、アルメリアを連れてすぐさまその場を後にした。

 その日は足跡から距離が離れた位置に車を移動し直した。

 心なしか、未開の中央(セントラルアンノウン)の空気が、不穏にざわついているような気配がした。


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