研究1日目、終了
ひとしきりモフモフされたところで、ヴォルターは小型のビデオカメラを取り出した。
「ハネジネズミとのコミュニケーションは任せた。俺は生態のデータを取る。気になる仕草や行動をとったら、感情を読んでくれ」
「了解!」
アルメリアを挟んで、カメラを片手にハネジネズミたちと少し距離を開ける。
さて、どうやって心の距離を縮めようか。
少し考えてから、アルメリアは鞄の中からくしを取り出した。毛のある動物といえば、とりあえずは毛づくろいを試してみるのは良いかもしれない。密入国時に牛たち相手にも使った手だ。
アルメリアの意図を察したヴォルターが、「背中を掻いてやれ」と呼びかける。
「後脚や長い舌で毛づくろいを行う生物だ。花粉とかダニとかついてたら落としてやれ」
どうやら毛づくろいは効果てきめんだったらしく、ハネジネズミたちはご機嫌そうに鼻をピクピクと動かしながら、静かにグルーミングされるのを待った。
グルーミングが終わった後、ハネジネズミたちは道のメンテナンスをしながら縄張り内を歩き始め、時折アルメリアたちを気にするように、度々振り返る。
「縄張りを紹介してくれるみたいだね」
縄張りの清掃を行いながら、時折茂みに入っては、虫や木の実を持ってきて、子どもの個体に分け与えていた。渡す前には餌を抱き込むように体で包んでから、全身に炎を巡らせて適度に焼いてから分け与えている。
「ちゃんと焼いてから食べるんだね」
「焼けば寄生虫もある程度殺せるし、栄養価も上がるからな。炎を扱う進化を遂げた生物は、知能の高い個体が多い」
「確かに。人間ほどじゃないけど、言語でコミュニケーションをとってるもんね」
「言語?」
首を傾げたヴォルターに、アルメリアが一定のリズムで、つま先で地面を叩く。
「『タッタタタ』が警戒。『タタタン』はついてこい。『タンッタンッ』は友好。毛づくろいとかコミュニケーションの前にするね」
「そこまでわかるのか?」
「感情からルールを探す感じ。お父さんもこういう感じで研究してたんだ」
「……わざわざ外からハイマー博士を呼んだのも頷けるな」
その後もハネジネズミたちの後ろを歩き、生態の記録を続けていく。
餌の好みや排せつの場所。快適に過ごせる気温や湿度、就寝や休憩のタイミング、グルーミングの回数や、足音を使った言語コミュニケーションなど、生態に関する情報ならば、何でも記録をする。
アルメリアの能力を活用し、心理の面からハネジネズミたちの暮らしぶりを解き明かしていく。
そんな風に過ごしているうちに、夜になった。
暗くなって、視界が悪くなってきたところで今日の調査はいったん終了だ。今日の記録を、車の中でまとめるらしい。
お別れのグルーミングついでに、ヴォルターがさりげなく発信機を体に取り付けてから縄張りを去った。
「意外と素直に見送ってくれたね。あんなに仲良くなったのに」
去っていく自分たちを一瞥した後、子どもを連れて颯爽とその場を立ち去った様子に、アルメリアが少し寂しそうに呟いた。
「ハネジネズミは割とあんなもんだよ。自分の面倒は自分で見るっていう気質なんだ。子育てが終わったら子どもたちも、縄張りから追い出されて自立を促される」
「あんなに献身的に子育てしてるのに?」
「ああ。海外のハネジネズミなんかは、子育てすらもあっさりしたもんだ。茂みの中に隠しておいて、授乳時以外は基本放置。天敵が多い未開の中央だからこそ、子育てをしっかりするよう変化していったのかもしれないな」
「あれでも子煩悩な方なんだね」
母が早期に亡くなったこともあり、父に尽くされるように育った身としては、なんだかドライに感じてしまう。
野生の動物たちに比べて、人間って余裕のある生活を送っているんだなあ、なんて考えているうちに、キャンピングカーに辿り着いた。
キャビン部分がかなり広く、研究用の機材の他に、机やソファ、小型の洗濯機や、窮屈ではあるがシャワースペースさえも存在する。ロフト部分には天井が狭いが、就寝スペースがあり、見た目以上に生活スペースは広い。
「体洗って飯にするぞ。寝間着はそこの棚に入ってるやつを使って」
「やっとお風呂だ! フェロモンたっぷりこすりつけられたから、匂いが気になっていたんだよね~」
愛らしさたっぷりに体をこすりつけられたのは嬉しいが、それはそれとして、獣臭とアンモニア臭漂うフェロモンの臭いは中々耐え難いものがあった。
「洗濯物そこ置いといて」
「……今から脱ぐけど、あっち向いておいてね」
「見ねえよ。早くしろ」
恥じらうアルメリアに目をくれることもなく、ヴォルターは机の上にパソコンを置いて、カタカタとデータを纏め始めた。アルメリアの方に意識など微塵も割いていない。
それはそれでどうなの。と、言外に呟き、脱いだ服や下着を、少し葛藤してから籠の中に放って仕切り布を閉める
外付けの水タンクから供給されたお湯が、優しくアルメリアに降り注いだ。水勢は弱いが体を洗うには十分だ。水がなくなる前に、しっかり素早く体を洗う。
シャワーを終え寝間着に着替えると、ヴォルターが入れ替わるようにしてシャワーを使った。「先食っとけ」と言われて示された机には、インスタントのスープとパスタが置いてある。
一緒に食べたいなあ、なんて思って、スープを少しずつ啜ってヴォルターを待っていると、5分も経たないうちにインナー姿で出てきた。
「? 食べるの遅くね?」
「一緒に食べようと思って……、ヴォルターの分は?」
ヴォルターは荷物の中からゼリー飲料を取り出して、ジュッと一息で飲み込んだ。
「ごちそうさま」
「ええっ⁈ いくら何でも少なすぎない⁈ 食べた内に入らないでしょそれ⁈」
「こう見えて100g3000㎉。俺開発の機能性食品。お前は食うなよ。秒で太るぞ」
「食べないよ! それにしたって、なんていうか、こう……もっと食事っぽいものをさあ……」
「別に良い。食ったら寝ろよ。明日も働いてもらうからな」
アルメリアの抗議も適当に流し、ヴォルターは今日集めたデータの編集に入ってしまった。
本人はそれでいいのかもしれないが、自分だけいいものを食べるというのも中々後味が悪い。温かいミートソースパスタが美味しいだけに、噛みしめる度に罪悪感が増す。
画面に集中して、素早くキーボードをたたく横顔が、研究者みたいでかっこよく見えるが、画面以外のどこか遠くを見つめるような眼差しに、言葉にできない不安を感じてしまう。
パスタを食べ終えたタイミングで、小型洗濯機から音が鳴った。洗濯終了の合図だ。
ヴォルターが立ち上がったのを見て、アルメリアが慌ててヴォルターの前に立った。
「わ、わたしが干すよ。……パンツとかあるし」
「そうか。じゃあ頼む」
下着を触られる羞恥と、自分も何かしなければという責任感半分だ。
ヴォルターが作業に戻ったのを見てから、アルメリアが洗濯物を取り出すも、
「……少なくない?」
中に入っていたのは、靴下やインナーのみで、フェロモンをたっぷりつけられたアルメリアの服や、ヴォルターのコートが見当たらない。
眉をひそめながら、辺りを見渡すと、先ほどまで見当たらなかった、機密性の高そうな箱が、洗濯機の横に置かれていた。
……おい。まさか。
嫌な予感を抱きながら箱を開けると、強烈な臭いが鼻を刺した。
中にあったのは洗濯を終えていないアルメリアの調査服と、ヴォルターのコート。
「……」
ああ、なるほど。洗濯機が小さいから2回に分けたのね。
そうでなければ、こんな箱に洗濯前の服をしまっておくわけもないもんね。
呼吸を止めながら、無言で洗濯機に服を入れようとするアルメリアを、ヴォルターが手でつかんで制す。
「洗うな。明日も使う」




