モウカハネジネズミとの接触。
「縄張りに入ってきたのはカエンセフィロトオオカミ。モウカハネジネズミと同じ、燃える血の持ち主だ」
現場に向かいながら、ヴォルターがパソコンのフォルダを開き、狼についての情報をアルメリアに見せる。
「8~10匹の群れを組んで、狩りを行う習性がある。牙と牙の間に火炎腺を持っていて、獲物を燃やしながら食いちぎる。ハネジネズミと違って攻撃性も非常に強い。会ったら間違いなく襲われるから、離れるんじゃねえぞ」
ヴォルターの説明に身を震わせながら、気になったことを尋ねる。
「モウカハネジネズミって、燃える血を持っているんだよね? 襲って大丈夫なの? 噛んだ瞬間、炎で逆に燃やされない?」
ヴォルターが熊と戦ったとき、ヴォルターの体を傷つけた熊が、血が生み出した炎で返り討ちにあった光景を思い出す。
「普通の生物ならそうなんだが、被食者側と近い血の特性を持ってる場合は大丈夫な場合がほとんどだ。今回で言うと、炎に耐性を持っているから、カエンセフィロトオオカミが気にせず狩りができるわけ」
「じゃあピンチじゃん! 助けに行かないと!」
慌てるアルメリアを、「そう慌てるな」とヴォルターが制す。
「いくら群れを組んできたとしても、ハネジネズミを狩るのは至難の業だ。……お、早速接敵したな」
ヴォルターが分割されたモニターの一つを示すと、既に狼の群れと対面しているモウカハネジネズミの姿があった。子どもたちの姿はない。
「子どもたちは?」
「近くの茂みに隠したんだろう。自分が囮になって狼たちを撒こうってわけだな。見てろ」
オオカミの一匹が、炎を牙に纏わせながら飛び掛かるも、モウカハネジネズミは素早く踵を返し、大きく距離を取る。
それを皮切りに続々とオオカミの群れがモウカハネジネズミを追いかけるも、着かず離れずといった距離を保ちながら、整備された道を風のように駆け抜けて躱す。
オオカミの群れが二手に分かれ、先回りを試みるが、非常に入り組んだ構造の縄張りだ。角を曲がる度に、獲物の姿を見失い、また見つけても何度も煙に巻かれてしまう。
ならばとオオカミが周囲の匂いを探るが、縄張り中にモウカハネジネズミのフェロモンの匂いが漂っている為、位置の特定は難しい。特徴的な香りをあらかじめ縄張り全体に付けているのはこのためだ。
「凄い! このまま逃げ続ければ、オオカミさんたちも諦めて帰るんじゃない?」
見事な逃走劇に、アルメリアが興奮気味に尋ねるが、画面を見るヴォルターの表情は険しい。
「逃げるだけならな。……でも、別れた群れの一部が、子どもを隠した茂みの方へ向かっている。足跡の痕跡を消しきれてないから、ワンチャン見つかるな」
ヴォルターは小さく息を吐いてから、パソコンをアルメリアに預け、代わりに背負っていた大剣――吸血機を取り出した。
♢ ♢ ♢
カメラの映像を頼りに、ヴォルターを先頭にして進んでいると、カエンセフィロトオオカミの群れの一部が、何かを取り囲むように陣を作って動いていた。
その視線の先には、2匹のモウカハネジネズミの子どもがいて、互いに身を寄せ合いながら、狼たちの牙に身を固めてしまっている。
オオカミたちは俊足を警戒して、陣の隙間を潰しながら、じわじわと距離を縮めていく。
ハネジネズミたちが一瞬だけゴウッと炎を放出し、オオカミたちを威嚇するも、効果は一瞬だった。少しだけ怯んだ後、すぐに態勢を立て直し、距離を詰める。
そして、陣形の隙間が完全に消え、今にもオオカミが飛び掛かろうとしたときだ。
「――キャウッ⁈」
遠くからヴォルターが腕を振るい、巨大な炎を薙ぐように放出して、オオカミたちを牽制した。
炎を浴びた草木が轟々と燃え盛り、息もできないような灼熱の中をヴォルターが涼し気な顔で進む。
大剣を片手に見下ろす姿に、オオカミたちの表情が強張った。完全な格上だと。
それでも、自分たちの食い扶持をみすみす渡すわけにはいかない。
群れのトップと思われる、一回り体の大きいオオカミがヴォルターに向かってとびかかり、それを合図に他のオオカミも間隔をずらして襲い掛かる。
だが、ヴォルターは最低限の動作でかわすと同時に、カウンター気味に拳をオオカミたちの頬に叩き込んだ。
出血し、火炎をまき散らしながら、次々とオオカミたちが地に転がり込む。
すぐに起き上がるオオカミにヴォルターが視線で圧をかける。
リーダーと思われるオオカミが牙を見せながら低くなるも、睨みあいの末、一目散に逃げだしてしまった。
「ヴォルター! 大丈夫⁈」
ハンカチで口元を押さえ、姿勢を低くしながら、アルメリアが駆け寄った。
黒い煙が立ち上る茂みで、ヴォルターが無言で親指を立てる。
「……さて、問題はここからだな」
ヴォルターが困ったように視線を流すと、流した先から親のモウカハネジネズミが颯爽と現れ、子どもたちを守るように、ヴォルターたちの間に割って入る。
ヴォルターもオオカミと同じく部外者だ。出会えば警戒されるのは自然な流れ。
警戒のあまり、攻撃されるのが最悪のシナリオだ。ひとまずはこちら側から身を引くか、向こうが隙を計らって撤退するか、どちらかに事を運びたい。
そう考えたヴォルターが、ゆっくりとモウカハネジネズミたちに体を向けたまま、後ずさろうとしたところ、
「……ヴォルター、武器を置いて、頭を下げて」
アルメリアが静かに呼びかけ、目線で自分に従うように促す。
ヴォルターは少し目を丸めた後、アルメリアと、その視線の先にある2匹の子どもを交互に眺めた。
一瞬だけ考え込むように目を細めた後、ヴォルターは武器を置いて、アルメリアと同じ頭の高さまで腰を落とす。
すると、身を固めていた子どもたちが、少しだけ緊張を解いたように体を伸ばして、親の背後からヴォルターたちの様子をうかがってくる。
「オッケー。次は体をゆっくりと斜めに向けて。体の力をできるだけ抜く。視線は向けても大丈夫だけど、じっと見つめちゃだめだよ。ちらちらと横目で見る感じで様子をうかがって」
アルメリアの指示に従うと、ハネジネズミの様子が少しずつ変わってきた。
親の警戒は続いたままだが、変化があったのは子どもの方。
高さがそろって、散らばる視線。武器を下ろしたこともあって、見た目の圧は少なくなった。子どもたちの警戒心が薄れて、敵意が興味へと変わっていく。
後からやってきた親と違って、子どもたちはヴォルターがオオカミを追い払うのを見ている。ヴォルターが別の捕食者でないなら、助けてくれた恩人に映るだろう。
興味を顕に、親の後ろから鼻をぴくぴく動かす子どもたちの姿を見てから、アルメリアはバッグに入っていた携帯食料を取り出した。
「……おい」
「はい、ヴォルターも食べる」
ボリボリとナッツの入った穀物バーの小気味良い音が響く。
あまりの緊張感の無さにヴォルターが顔を引きつらせるも、差し出された穀物バーを渋々食べた。
目の前で別なものを食べることで、捕食ではないことを示すと同時に、食事の方へ興味をずらす。
ナッツの香りに興味が引っ張られたのか、子どものハネジネズミが親の背中からひょっこりと体を出した。
明らかに穀物バーにつられて出てきた子どもの前に、親が割って入るも、距離が近づいても襲う気配すらない。それどころか視線をずらして別なものを食べる様子に、親の警戒は相変わらずだが、敵意が少しずつ解けてきた。
ここが好機、と察したアルメリアが、一瞬だけハネジネズミたちを横目で見てから、チョコバーを一欠けらずつちぎって放った。
それを拾って、犬のように生えた歯で瞬く間にハネジネズミたちが平らげた。
そして、アルメリアたちの様子を、少しの間じっと見つめた後――
「うひゃあああああああ⁈ なになになに⁈」
アルメリアにすり寄って、覆いかぶさるように腹をこすりつけてきた。
もふもふの体にもみくちゃにされるアルメリアを見て、「凄いな」とヴォルターが感心して唸る。
「体を擦りつけるのが友好の印だ。どうやら気に入られたみたいだな」
かくいうヴォルターも、全力で体をこすりつけられ、もみくちゃにされている状態だ。
「人間に懐くなら話が早い。飼育用の研究が一気に進むぞ」




