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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第3章
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モウカハネジネズミ

 

「不思議な場所。ここは獣道?」

「獣道、というよりはここ一帯がそいつの住処って感じかな」


 住処、というと巣のようなものを真っ先に想像してしまうが、今回は縄張りという解釈の方が近いのだろう。

 平らに整地され、森の地表が露になった道には、草木が一本も生えていない。地表に隆起していた巨木の根は、道の幅に合わせて大胆に切断された跡がある。

 石ころ一つ落ちていない整然とした道にもかかわらず、視界が悪く感じるのは、無数に道が入り組んでいるからだ。

 背の高い木々や植物が、塀のように生えており、巨大迷路を歩いているような気分になる。



「なんか焦げ臭くない? それに、変な匂いも混じってる」

「焦げ臭いのは邪魔な草木を燃やしたからだろうな。変な臭いはそいつのフェロモン。縄張りを示すマーキングだ」


 煤のような香りに交じって、獣臭とアンモニア臭を足して割ったような、独特の香りが辺り一帯から漂ってくる。耐えられないわけではないが、慣れるのには時間がかかりそうだ。


「ねえ、私たち今から何を調べるの?」

「それは見てのお楽しみ」


 ヴォルターが草原に避けてあった石ころを、いくつか道にばらまいた。

 そしてアルメリアを連れて、草木の中に身をひそめる。




 そして、息を殺して待っていると、その生物は突如として目の前に現れた。




「……? 不思議な見た目。なんて生き物?」

「モウカハネジネズミ。この一帯の主さ」


 音もなく颯爽と現れたのは、短い茶色の体毛に覆われた、丸っこいネズミのような生物だ。


 体長は1m程度。ネズミ、というからには、あのネズミと同じ仲間なのだろうが、普通のネズミと比べて特徴的なのは、カンガルーのように長く細い後脚と、アリクイのように長く伸びた鼻だ。

 丸っこい体の後ろ側から生えた後脚は、深く曲がった「く」の字のような形をしていて、地面を蹴って走るのに最適化された形をしている。

 くりくりとした目玉がかわいらしい顔から生えた、先が細い長い鼻が、周囲の異変を探るように、忙しなくクンカクンカと動いている。


 ネズミとハムスターとカンガルーとアリクイの特徴的なパーツを、足して合わせたような見た目のそれは、ヴォルターが捨てた石ころを前足で取ると、道の外側へひとつ残らず片付けてしまった。


 全ての石を除けたところで、一回り小さい2匹の個体が、後を追ってくるように現れた。おそらく子どもの個体なのだろう。

 見本を示すように大人が鼻を立てながら、辺りを見渡し、周囲を警戒して見せると、それをまねするように、子どものハネジネズミも忙しなく鼻を動かしながら、くりくりと目を動かして辺りを見渡した。


「わああ可愛い! 見て見て! あの子たち親の真似をしてるよ! こんなかわいらしい生き物がいたなんて――って、はっや⁈」


 かわいらしい仕草に感動しているのもつかの間だった。ハネジネズミたちは、瞬きの間すら与えないほどの驚異的な加速でその場を立ち去り、1秒も経たないうちに、視界から消えてしまった。

 あんぐりと口を開けるアルメリアに、楽しそうにヴォルターが解説する。


「あの俊足が特徴的な生き物でな。天敵から逃げる時の為に、走りやすいように縄張りを整備する習性があるんだ。ここ一帯は、あいつらの住処兼、サーキットってところかな。一度車に戻るぞ。調査の準備をする」




 車に戻ると、ヴォルターはアルメリアにボディクリームのようなものを渡した。


「念のためつけておけ。防火クリームだ。炎から体を守ってくれる」

「【モウカ】ハネジネズミだもんね。炎の血を持ってるってこと?」

「ああ。物凄い高密度の発炎成分を含んでいる。切断された木の根の端が燃えてたろ」


 軟膏というよりはジェルのような流動性のあるクリームだった。少量で薄く、広く広がる。

 体にひとしきりクリームを塗った後、「髪にも塗る」と、くしを取り出して、前に座るように促してくる。


「い、いいよ。髪も自分で塗るから」

「モウカハネジネズミの炎は強力だ。漏れがあったらそこから全身が焼けるぞ。それに、万が一獰猛な捕食者に出くわしたら、俺も炎をぶっ放す」


 ヴォルターの眼差しは真剣そのものだった。

 既にここは未開の中央(セントラルアンノウン)。死と隣り合わせの場所で、ドギマギするのは緊張感がないということなのだろうか。


 腹を括ったアルメリアの髪の毛に、ヴォルターがくしを使って丁寧にクリームをなじませていく。

 優しい手つきにドキドキするのをごまかそうと、アルメリアが強引に話題を作った。


「そんなに凄いの? あのハネジネズミの炎」

「雷だの高温ガスだの生み出す生物が多い場所だ。未開の中央(セントラルアンノウン)の植物は普通の温度の火じゃ燃えない、最高の防火性を有している。だけどモウカハネジネズミは、その植物を燃やすことができる。ボロボロになった炭化個所を、爪でそぎ落とすようにして根を切るわけ」

「なるほどね。だから新しいエネルギー源の候補になるわけか」

「ああ。雑食で肉も木の実も食べるから、餌の幅も広いし、攻撃性も低い生き物だしな。飼育環境も整えやすいと踏んで、父さんはハツデンシロコブウシに並ぶ、燃料の候補に選んだんだ」


 できたぞ。とアルメリアの肩を叩いてから、ヴォルターは調査に使う機材の準備を始めた。

 ヴォルターが整えてくれた髪を触ってから、アルメリアもカメラを運ぶのを手伝った。


 まずは各所へのハイスピードカメラの設置。目で追えない俊足の持ち主だ。成体の観察は設置カメラ頼みになる。辺りの構造は事前に調査を終えていたらしく、手書きのマップを頼りに、できるだけまばらになるように設置していく。

 草木に溶け込むようにカラーリングされたカメラを、道の外側の茂みに備えつけていく。以前、道の隅に置いたカメラは速攻で破壊されたらしい。


 サーキットのような住処は全長はおよそ5㎞にも及んだ。設置したカメラも50台以上。準備だけでも2時間近くかかった。

 ヴォルターがノートパソコンを開き、カメラの映像を確認する。




「わあー! ばっちり映ってる!」




 カメラは無事に作動しており、数十に分割されたモニターの映像が画面に映し出された。その中の一つからハネジネズミたちが地面に腹をこすりつけているのを見て、楽しそうにアルメリアが指さした。


「フェロモンをこすりつけてるな。さっき話したマーキング行動だよ」


 親が地面や草木に腹を擦りつけるのをみて、2匹の子どももその行動を真似して体を擦りつける。

 そんな様子をほほえましく見ながら、アルメリアが質問する。


「最終的にどうなれば、ヴォルターの研究は完成するの?」

「とりあえずは、血液の採取と、飼育できそうな個体の選定」


 画面を注視しながらヴォルターが続ける。


「血液のサンプルを提出して、燃料として利用可能か検証してもらう。それが通ったら、養殖に向けての個体の捕獲だな。今回は同時に進める」

「勝手に心を読んで悪いけど、ヴォルター何だか急いでいるよね。別々で順番に、じゃ駄目なの?」

「段階的に発表すれば、成果を横取りされる可能性があるからな」

「……横取りって、あのスニードって人に?」


「ああ」とヴォルターが不快そうに眉をしかめた。


「父さんの研究を自分の名前で発表したは良いものの、あいつはそれ以降研究者としてまともな成果を上げられていない。施設も外部の人間の手を借りないと回せないぐらい腕もねえ。メッキが剥がれる前に、次の実績が欲しいのさ」

「ヴォルターの研究の続きを、『自分がやりました』って勝手に発表するってこと? いいの? そんなことして」

「誰かが発表した研究のフォロー研究として、続きを完成させることは、生物学界隈じゃよくあることだ。父さんの名誉は一欠けらだって奴にはやらん」


 執念に近い圧を語気に滲ませながら、ヴォルターはキーボードを叩いて、ハネジネズミの行動を記録し始めた。

 そんなヴォルターの背を前に、ハネジネズミたちの様子を眺めていると、視界の端に映ったものに、「あ」とアルメリアが反応する。




「ヴォルター、これって……」

「……」




 ヴォルターも同時に気が付いたらしい。画面を見ながら難しい顔で唸った後、「仕方ねえ」と吸血機を背負って、パソコン片手に外へ出る準備をする。




「あんまり自然に介入するのは良くねえんだけどな」




 モニターの一部に映し出されていたのは、ハネジネズミたちよりも二回りも体の大きい、狼の群れだった。縄張りに入り込んだ狼たちが、獲物を探るように縄張り内を駆けている。

 どうにも気乗りしない様子で、ヴォルターはアルメリアを連れて、狼が映ったカメラの方向へ歩き出すのだった。


作中でネズミではないかと言っていますが、


ハネジネズミは象の近縁です。作中で補足する機会がないので、念のため記しておきます。



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