未開の中央
キャンピングカーで揺られて走ること小1時間。
整備された道がなくなり、草木が生い茂るデコボコな草原を、時折大きく車体を跳ね上げながら進む。
「……」
背丈を競うように伸びる巨木。葉は濃い緑へと色を変え、頭上の空を少しずつ覆っていく。
進むにつれて命の大きさを増していく景色に、次第にアルメリアの鼓動が大きく脈を打ち始めた。
「ここが……未開の中央」
直径10mはある幹の木。苔で緑に浸食された大岩。
空間そのものが大きな命と感じてしまうような、無数の強大な生命の鼓動を感じさせる森――【未開の中央】。
木の根が地表に浮き出て、凹凸の激しい道が続くも、不思議と大型車が通れるだけの幅はある。
「森の中まで車で入れるんだね。最低限は道の整備がされているの?」
「違う。今通っているのは獣道だ」
ヴォルターの訂正に、アルメリアが身を強張らせた。
獣道というのは、そこに住む生物の往来によって自然にできた通り道のこと。
つまり、大型車が通れてしまうほどの道を作ってしまう生物が、辺りに生息しているという意味だ。
「命が惜しいなら、引き返そうか?」
棘のある聞き方だが、口調は穏やかだった。
嫌味でも何でもなく、改めて覚悟を確認している。
「命は惜しい。……だけど、引く気はないよ」
アルメリアが無理やり強気に笑うと、それを見たヴォルターが「そうか」と短く笑った。
うっそうとした森の中をゆっくりと進む。
木々の間から車を注視する、鋭く大きな牙を持つ猪。人が歩けそうなほど太い枝の上から、警戒するような目つきで見下ろしてくる猛禽類。いずれもアルメリアが知る個体よりも、2~3倍の巨体を誇る、規格外の生物だ。
感じるのは、興味、警戒心。少しでも気に触れれば敵意に傾く繊細な感情。
強がったものの、そんな感情の圧に晒され、アルメリアの表情はどこか険しい。
視線を合わせないように、とずらした視線の先で、木の幹に絡まるようにして張り付く、頭の大きい蛇と目が合った。
蛇からは、強張ったアルメリアを獲物として値踏みするような感情が伝わってくる。
「――なあ、左奥の、木の上見てみろよ」
息を薄くするアルメリアに、優しい声でヴォルターが方向を示した。
「ケムリシマリスの親子だ。可愛いよな」
突然話を振られ、きょとんとしながら示された方向を眺めると、木の上を軽快に渡り歩きながら木の実を貪る、縞模様のリスたちの姿があった。
このリスもアルメリアの知る個体よりも体が大きいが、全長は40㎝弱と、周囲の捕食者に比べると常識的なサイズだ。
大きくなってもつぶらな瞳にフワフワの体毛、先の丸まった丸っこい尻尾などは相変わらずで、木の実をほお張る愛らしい姿に、思わず頬が緩んだ。
「ケムリシマリス、ってことは、煙を起こす血を持ってるの?」
「ああ。ああいう蛇みたいな捕食者に襲われたときに、尻尾を噛んで自傷して、高温の煙幕を発生させる。草食動物は逃げるのに特化した血の特性を持つ個体が多いんだ」
「確かに、他の動物を襲おう! なんて気持ちは感じないね」
未開の中央とはいえ、そこに住む生物全てが人間に危害を加えるわけではない。その事実を確認出来て、張り詰めていた心が休まった。
「生き物は好きか」
「え? うん」
「じゃあ緊張はほどほどにしてろ。もったいねえぞ」
だんだんと素っ気ない声色に戻りながら、ヴォルターが呟くように告げた。
顔は前を向いているも、意識はアルメリアに向いている。
アルメリアがフフッと喉の奥で笑ってから、自分の頬を両手で叩いた。
そうだ。こんな機会次いつあるか分からない。
仕事とはいえ、父さんと同じ世界を見れるチャンス。適度に楽しまなきゃ損だ。
落ち着きを取り戻したアルメリアが、行く先で見つけた生き物について質問をし、ヴォルターがそれに答えていく。
そんな風にしてしばらく進んだところで、ヴォルターが車を停めて、外に出た。
「ねえ、ここが目的地?」
「ああ」
辿り着いたアルメリアが目の前の光景に思わず息をのんだ。その反応を見てヴォルターの口元が僅かに緩む。
今回の調査対象はまだ聞かされていない。だが、何か特別な習性を持つ生物なのだろうということは、これを見るだけで分かる。
二人の目の前に広がっていたのは、巨木の根で大地が凹凸に隆起する森の中で、人が工事して整えたように平らな道が無数に伸びている、自然の迷宮のような場所だった。




