出発。未開の中央へ
ヴォルターの家は、アニマグラムの城壁から外に出て、大規模な畑が続く農業地区からも、発電施設などが連なる工業地区からも外れた郊外にある。
早朝、日も登らない内にアルメリアとローレンスは車を走らせ、そこへ向かった。
「あそこがヴォルターの家だ」
緑が深い木々の中に大きく開けた場所があり、その奥に2階建ての石造りの大きな屋敷が建てられている。
日が昇っていないため、雰囲気は暗いが、呼吸をすれば透き通った空気が肺を満たす、心地の良い空間だ。
ヴォルターはその屋敷の前にある畑で、鍬で土を整えていた。
近づいてくる車を見たヴォルターが、やれやれと言わんばかりに首を振る。
「俺はもうすぐ出る。時間がねえんだ。手短に用を済ませろ」
「はいはい。それにしても畑、荒れてんなあ、手伝おうか?」
「いい、一人でやる」
「時間がねえんだろ? 効率よく行こうぜ」
自分の言葉を上手く使われ、ヴォルターが降参したように舌打ちをした。
そのやりとりをみていたアルメリアが、心の中で感心する。ヴォルター専用のコミュニケーションの参考になったらしい。
畑の端の方に置いてあった道具を勝手に拝借し、アルメリアも軍手をはめて、準備に取り掛かる。
「……ねえ、あれって」
何かを察したアルメリアの肩に、わかってると言わんばかりにローレンスが手を置いた。
屋敷の前の畑は荒れに荒れており、誰かがわざと掘り起こしたような大きな穴ぼこや、肥料とは違う、悪臭を放つ生ごみなどがまき散らされている。誰かが意図的に荒らしたものだ。
よく見ると屋敷の壁は、様々な色の塗料を落としたような薄い染み跡が残っており、窓ガラスも不自然にガラスが新しい箇所がある。
「暇人がいるんだよ」
ローレンスは小さく囁いて、一瞬だけ目を細めた後、表情を整えて手伝いに向かった。
黙々と作業を続けるヴォルターの視線を、口をつぐんで眺めてから、アルメリアも周辺に散らばったゴミの回収を始める。
3人で作業を始めてから1時間。地平から顔を出した朝日が、綺麗になった畑を照らした。
「で、何の用?」
「いや、未開の中央に向かうらしいが、許可はちゃんと下りたのか気になってな」
とぼけた口調のローレンスに、ヴォルターは不快そうに瞼を細めたから、「下りるわけねえだろ」と吐き捨てた。
「スニードが許可するわけねえ。今回も勝手に向かう。いつものことだ」
「でも、許可を貰って向かうに越したことはないんじゃない?」
怪訝な顔で振り向くヴォルターに、アルメリアが一枚の書類を突きつけた。
「私たち第7衛兵隊は、あなたに未開の中央の生態調査を依頼します!」
「は?」
ヴォルターの声が少し上ずった。驚いて目を丸めたヴォルターに、アルメリアが続ける。
「第7衛兵隊は未開の中央関係のトラブルに対応するのが役目。最近増えてるでしょ? そういうトラブル。私が原因の調査に向かうのを、ボディーガードとして補助してほしい。仕事の合間で、ヴォルターの研究を進めてもいいよ?」
アルメリアが片目を瞑ると、ヴォルターがローレンスをじとりと睨んだ。
明らかにアルメリアは、自分が何のために未開の中央へ向かうのかを知っている。
情報の出元はこいつしかいない。
「生物の研究だったら、私の力が役に立つでしょ? 合理的に考えるなら、一緒に行かなきゃ損だよ?」
「……自分の置かれている状況、分かってんのか?」
呆れる、というよりは忠告するような表情になってヴォルターが続けた。
「大分ここに馴染んだとはいっても、お前は元死刑囚。あのスニードとかいうクソ野郎はあれでも都市の権力者だ。俺の味方をすれば、反感を買う可能性がある」
「それはローレンスさんからも言われたよ。だからこうやって建前用意してきたんでしょ」
一旦は黙るも、それでも追い返す言葉を探すヴォルターに、アルメリアが向かい直った。
「……出会ったときから何から何まで、世話になりっぱなしだもん。手伝い位させてほしい」
「……」
「使えるんでしょ? 使ってよ。私のこと、どうでもいいって思ってるならさ」
その言葉にヴォルターがギクッと表情を強張らせてから、ローレンスに恨めしそうな視線を送る。
こいつ、あの場でのやり取りまで教えやがったのかと。
そんな視線を意にも解せず、二人はヴォルターを得意げな笑みを浮かべながら見つめてくる。
断ればどういういじられ方をされるのかは想像がついている為、ヴォルターは大きなため息を吐いた後、やけくそ気味に書類を奪い取った。
「……使ってやる。邪魔だと思ったら突き返すからな」
拗ねたように、入口に停めてあるキャンピングカーに向かうヴォルターを見て、アルメリアたちは景気よくハイタッチを交わした。
二人乗ることになったため、ヴォルターがキャンピングカーの中を整理しているうちに、アルメリアたちも車の荷台に乗せて置いた物資を用意し、ヴォルターの車に移していく。
食料よし、機材よし、装備よし。
準備に不足がないことを確認してから、アルメリアを乗せたキャンピングカーが、エンジン音を鳴らす。
「行こう! 未開の中央!」
「お前が仕切るな」
アルメリアの号令に毒づいてから、ヴォルターが車を走らせた。
朝日を奥に遠くなっていく車の影を、安心したような、寂しそうな表情でローレンスが見送った。




