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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第3章
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未開の中央へ行く理由

 

未開の中央(セントラルアンノウン)……」




 0番染色体の影響で、独自の進化を遂げた生物が跋扈する危険地帯。

 生態系や環境の調査は、森の表層しか行われておらず、大部分が謎に包まれたままの謎多き森。


「なんで、そんな場所に長期間も――」


 危険だということは身をもって知っている。父が、それこそヴォルターの父も死んだ場所だ。


「やらなきゃいけないことがある」

「……一人で行くの?」

「ああ」

「……やらなきゃいけないことって何? 他の人は? ヴォルターだけじゃないとできない仕事?」

「お前には関係ない。……ローレンス」


 制止するような声色のアルメリアをあしらいながら、ヴォルターがカギを放った。


「念のため預けとく。定期的に、父さんの部屋の掃除だけしてくれ」

「ねえヴォルター!」


 一方的に言い残してから、アルメリアの呼びかけを無視して車に乗り込み、すぐさまエンジンをかけてその場を去ってしまった。

 遠くなっていくヴォルターの車を指さしながら、「ねえ、いいの? あれ……」と不安そうにアルメリアが尋ねる。


「なんか様子変だった。焦燥感に近い義務感とか、何かに対して贖罪するような感情を感じたの。……一人にしていいの?」

「……車に乗りながら話そうか」


 飼育施設の付近でしたくない話なのか、ローレンスが車のカギを開け、乗るように促した。

 ある程度施設から離れて、人気の少ない田舎道を走りながら、「他の奴には絶対に話すなよ」と前置きをしてから、ローレンスが語り出した。




 ♢ ♢ ♢




「さっきも言った通り、ハツデンシロコブウシの飼育方法を確立させたのはヴォルターの父さん」

「うん……スニードって人が研究してたなら、牛さんたちはああはなってないと思う」


 放置された角に鼻輪。餌と寝床以外まるで管理されておらず、危険を伴う作業全てが後回しにされている状態だった。

 施設の職員から感じた不安や後ろめたさといった感情の正体はそれなのだろう。

 自分たちは命を懸けて牛の世話をしなければならないのに、その飼育法を確立させた、現場を動かせる人材の不在。


 その代わりに立っているのは、高みの見物をしているだけの、自ら動くことのない責任者だ。

 あの力強い牛たちと定期的に戯れていれば、あんなヒョロヒョロの体で腹だけ出ることもない。


「気性の大人しい個体を厳選して飼育用に繁殖したり、普通の牛と交配させて、発電成分を持ちながらも、発電機能の無い個体の繁殖を成功させたり。とにかく、リンネ博士がほとんど一人で完成させた研究なんだ。でも、リンネ博士は研究を譲った後、技術を継承しきる前に、未開の中央(セントラルアンノウン)の研究に向かった」

「継承する前に、って……なにか焦ってたの?」

「ああ。ハツデンシロコブウシと、もう一つの養殖候補だった生物の研究に向かったんだと。でも、それが完成する前に、リンネ博士は死んでしまった」

「ヴォルターのお父さんは、ヴォルターみたいに強くなかったの?」

「普通の人間だった。皆の制止を振り切って向かったそうだ」


 同じく、未開の中央(セントラルアンノウン)の調査隊として向かい、そこで命を落とした父を思い出し、アルメリアは胸が詰まって手に力を込めた。


「もしかして、ヴォルターはお父さんの研究を完成させようとしている?」

「話してくれねえけど、それで間違いないと思う。暇を見つけては森に潜ってるしな」

「だから一人で……でも……」


 詳細は伏せられてしまったが、本来受け取るべきだった名誉が、他人に渡ってしまったのは違いない。

 他人に介入されたくないのだろう。優しい男だが、他人に心を開いてはいない。

 ある意味で父の形見でもある研究だ。自分の手だけで完成させたい気持ちは分かるが、




「……一人で行かせて、いいの?」




 アルメリアが不安そうに呟くと、ローレンスもハンドルを握る手に力が籠った。


 互いに黙ったまま、過ぎていく景色を眺めている。二人とも答えは分かっていた。だが、分かっているからといって何かできるわけでもない。

 未開の中央(セントラルアンノウン)にただの人間が、生身一つで着いていったところで、良くて足手まといだ。


「一人で、行かせたくない」

「そりゃあ、俺だって……でも仕方ねえだろ。あいつ、大体のことは一人でできちまうから手伝いなんて必要ねえし」


 アルメリアの言葉にローレンスも困った表情で宥めた。半分は自分に言い聞かせるような口調だった。

 それでも何かできないかアルメリアが考えていると、「そういえば」と何かを思い出したように顔を上げた。


「お父さんの調査隊も、未開の中央(セントラルアンノウン)で調べものしてたんだよね。私のお父さん、具体的に何をしていたの?」

「表層から中層付近の生態調査だ。海外でも飼育できそうな生物の選定も兼ねていた。未開の中央(セントラルアンノウン)はまだ大部分の究明が進んでいない、世界最高機密の一つ。外からの調査隊はあんまり歓迎しないんだけど、ハイマー博士はこっちから招いた」

「お父さんの力、それだけ必要だったの?」

「来た当初は半信半疑だった。だけど、着いて間もなく生物の生態や習性を、物凄いペースで紐解いていって、博士が来た3か月間で、誇張抜きに10年は解明が進んだね。心理学ってそんなに役立つもんかと不思議だったけど、アルちゃんと同じ能力を持ってるなら納得だ」


 少しだけ遠くを見るような、感傷深い眼差しになって、ローレンスが続ける。


「自分より強い生物が、何考えてるか分からないって、怖えのよ。だから必要と分かってても未開の中央(セントラルアンノウン)について誰も踏み込みたがらねえし、恐れている。分かっててビビんのと、分かんねえままビビんのとじゃ全然違う。ハイマー博士はその溝を埋めてくれた。……だからこそ、今回の件は悔やまれるな」


 言葉をヴォルターに重ねたのか、紡ぐ言葉はどこか寂し気で、最後は追悼の意も混じって、消えるように呟いた。

 車内に少しだけ静寂が訪れた。重い気はしないが、柔く喉を絞めるような、感傷に浸らせる空気。

 アルメリアが父のことを思い出しながら胸に手を当てた後、「ありがと」と小さく笑ってから、わざと声を明るくする。


「ところで、ヴォルターがお父さんの研究を完成させるの、スニードって人は良く思わないんじゃないの?」


 空気を変えようと、アルメリアが話題を変える。

 アルメリアの質問に、「あー」と唸り、ローレンスは難しい顔になった。


「まあそうだな。実はハツデンシロコブウシの研究以降、スニードは生物学の研究において、何の実績もあげられていない」

「元々はヴォルターのお父さんの研究だしね」

「その研究で、あいつはエネルギー科学大臣にまで上り詰めたから、実力を疑う声が大きくなるのは面倒だろうな。金の力で黙らせてはいるみたいだが、ヴォルターの研究が完成すれば、声が大きくなるのは確かだ。実際、ヴォルターが未開の中央に入るための申請をすれば、適当な理由を付けて蹴ってるし」

「入るのに許可が必要なんだ?」

「最近は密猟者も多いしな。逆に理由が無きゃ、基本は入れない場所さ」


 まあ、あいつ、最後は無視して勝手に行くんだけど。と、呆れたようにローレンスが付け足した。


「許可、か――」


 だが、アルメリアの方は何かいい考えが思い浮かんだらしく、暫く考えこんだ後、ニッとローレンスに向かって笑みを浮かべた。


「付いて行くための建前、良いのが思いついた。第7衛兵隊の出番だよ」


 得意げに鼻を鳴らすアルメリア。

 一瞬だけローレンスが首を傾げた後、「あー」と難しそうに考え込んだ。


 二人は翌日、アニマグラムの都市のはずれにある、ヴォルターの家に、とある書類を持って向かった。


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