リンネ・ヴェルブライトの研究
「何しに来た、と言われても。進捗の確認だよ。ここの責任者として当然のことだろう?」
「牛たちの管理も、部下の育成もできねえなら責任者を名乗るな。失せろ」
「そういわないでくれよ。人間よりも遥かに強い牛たちの除角なんて作業、普通の人間ならしり込みして当然じゃないか、君のような特別な人間じゃないんだから」
横から話を聞いていて、アルメリアの眉間に皺が寄った。
なんだろう。この人、凄く嫌な感じがする。
表面上は低姿勢だが、言葉の端々にヴォルターに対する侮蔑や、自分やローレンスに対して見下すような態度がにじみ出ている。あからさまに作った笑みも気味が悪く不快だ。
そんな気持ちが表に出ていたのか、ローレンスがさりげなくアルメリアの体を小突いた。
慌てて表情を改めるも、この不快感は完全に隠せそうもない。
「普通の人間ができねえことをするために、防護服や電ノコみてえな道具があるんだろうが。それすら使えねえなら、いる意味ねえから辞めろ。てめえも含めてな」
ヴォルターの物言いが効いたのか、スニードの笑みが若干ぐらつく。
だが、すぐに表情を整え、意地の悪い笑みを浮かべ、嬲るようにヴォルターの目を見つめ返す。
「酷い物言いだなあ。君と、君のお父さんを助けてやったのは僕だというのに……」
その発言にヴォルターが反射的に立ち上がり、殴りかかろうと拳を上げる。
それを察したローレンスがすかさず間に入り、わざとらしく口調を明るくしながら、話題を強引に切り替えた。
「あー、すんません。頼まれた業務は終わったんで、後のヘルスチェックとかはお願いしたいっす。俺たちは別な仕事があるんで、これで」
な? とヴォルターの肩を巻き込むように組みながら、「失礼します」とローレンスはその場を後にした。
ローレンスに引きずられながらも、ヴォルターは最後までスニードのことを睨み続け、胸を刺すような鋭い殺意を傍で感じながら、アルメリアは施設の外に出た。
♢ ♢ ♢
「ねえ、あの人何? ヴォルターと昔何かあったの?」
施設の外で、周囲に人がいないことを確認してからアルメリアが尋ねた。
一瞬の静寂。ローレンスが少し悩む素振りをするも、話を切り出したのはヴォルターだった。
「……盗人さ。俺の父さんの研究の成果を横取りした」
「どういうこと?」
「ハツデンシロコブウシの飼育方法を確立したのは俺の父さんだ。その研究の成果を、あいつは横から掠め取った」
ハイエナ。無能。
怒っているとはいえ、らしくない言動が続くとは思っていたが。
その原因を理解したアルメリアが思わず黙り込む。
詳細は気になるが、それ以上口にするのも嫌なのか、ヴォルターも怒りを無理やり抑え込むように口をつぐんでしまった。怒りの原因は分かったかが、情報が足りないせいで何となくでしか理解できない。
それを察したローレンスが、落ち着いた声で切り出した。
「ハツデンシロコブウシの飼育方法が確立されるまではさ、【アカリオオネズミ】って言う、30㎝くらいのネズミから、発電成分を採取してたんだよ」
「そうなんだ。……30㎝? 小さくない?」
ネズミとしては大きいが、ハツデンシロコブウシの15分の1くらいの体長だ。
「ああ、小さい。足は速いけど力は強くない。発電能力もハツデンシロコブウシよりかなり低い。未開の中央の生物の中では、飼育しやすいっていう利点はあるけどな」
「でも、人が生活するための電力を賄うには、相当な数のネズミから血液を採らないといけないんじゃない?」
「そう。効率も燃料としてのパワーも悪かったから、最低限の電力しか賄えなかったんだ。もっと効率の良いエネルギー源があれば……なんてみんなが悩んでいた時、ハツデンシロコブウシの飼育研究を完成させたのが、リンネ・ヴェルブライト。未開の中央の生物を研究していた、ヴォルターの親父さん」
「凄い人だったんだ」
「凄いなんてもんじゃない。大型の生物から血液を採れるようになって、都市のエネルギー問題が一気に解決したんだ。英雄さ。……ただ、出世には一切興味がなかったみたいでさ。金と研究の自由を担保に、研究成果を他の奴に譲ってた。研究者でリンネ博士の功績を知らない人はいなかったけど、普通の人でその功績を知る人はほとんどいない」
状況がつかめてきたアルメリアが、合点がいったように小さく頷いた。
「……都市を救うほどの研究を、あの人にあげちゃったんだ。ヴォルターのお父さん」
「……ああ、条件付きでな」
「条件? それって――」
「おい、もういいだろ」
ヴォルターが荒い声で断ち切った。本気で嫌そうにしていることに気付いたローレンスが「わりい」と小さく謝る。
肝心な部分が聞けなくて、眉をしかめるアルメリアを一瞥してから、ヴォルターは「そんなことよりも」と話題を変えた。
「今度こういうことがあっても来ないし、来れねえからな。暫くこっちには戻らねえ」
「え、何で。何かお仕事?」
せっかく久しぶりに会えたのに。
会えた嬉しさの反動からくる寂しさで、条件反射で尋ねてしまう。
「列車の時のお礼とか、この前のお礼とかできてないし。遠くじゃないなら、時間合わせてまた会わない? 今度お給料もらうんだ。ご飯とか奢りたい」
「そんな時間ねえよ。何か月か、下手したら1年は戻らねえからな」
「……そんなに長くどこへ行くの?」
引き留めるようにアルメリアがヴォルターのコートの裾を掴む。
一瞬言葉を探す素振りをしたが、アルメリアの目を見て観念したように小さく息を吐く。
嘘はつけない相手だとは分かっている。
ヴォルターは裾を掴む手を優しく剥がしてから告げた。
「――未開の中央」




