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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第3章
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地獄の作業

「「ブモオオオオオオオオオオオオッ⁈」」


 広大な飼育部屋の奥に存在する、2つの隔離部屋。その2つの部屋から牛たちの悲痛な叫び声が響き渡る。

 アルメリアの仕事は、悲鳴が響き渡るそれぞれ部屋の中へ、子牛を案内することだった。


 まず案内するのは、右手側にある部屋だ。


(牛さん、連れて来たよ)


 手信号で合図すると、ローレンスが了承の意で、指で丸を作って頷いた。

 ローレンスには防護服外の音は全く聞こえていない。

 これから行う作業の為に、防音機能をONにしている。




 アルメリアが部屋の外に出てドアを閉めると、部屋の中から激しい光と、稲妻が空気を切り裂く音が鳴り響いた。




(次の部屋に連れていけ)




 出てきたローレンスが手信号で合図をして、鼻輪を付けられた牛を預けた。

 鼻輪に結びつけられた縄を引っ張ると、牛が嫌そうに苦しみながらも、アルメリアの後を付いてくる。


 ローレンスの仕事は、子牛の鼻に鼻輪を付けることだ。

 アルメリアは、人間が耳にピアスを付ける感覚に近いのかと思っていたが、全然そんなことはないらしい。


「ごめんね……牛さん……」


 人間の耳たぶと違い、牛の鼻には多くの神経や血管が通っており、装着時には出血がある場合もある。

 人間よりも力が強い牛たちが、鼻輪を引っ張られていうことを聞くのは、それだけ鼻先が敏感だからだ。


 そして先ほどの稲光は、鼻輪装着時の出血のせいによるものだ。

 ハツデンシロコブウシの血液には発電成分が含まれており、最初に出会った大熊よろしく、外気に接触したり、体外で強い衝撃を与えられることによって放電が起きる。


 一瞬とはいえ、鼻輪の装着は牛たちにとって痛みを伴う作業だということだ。


 そして、そんな作業があと一つ待ち受けている。


(……牛さん、連れて来たよ)


 次の部屋に案内すると、ヴォルターが牛の体を固定する、大掛かりな装置の前で待ち構えていた。

 抵抗する牛の鼻輪を引き、体格に沿って金型を挟み込むような装置に設置し、頭から足まで身動きが取れないように固定する。




「ブモオオオオオオオオオオオオっ‼」




 アルメリアが外に出た後、激しい稲光と悲痛な叫びが立て続けに2度空気を揺らし、部屋の中を真っ白にした。

 そして、部屋の中から消耗した様子で、角を根元から切断された牛たちがよろよろと歩いてきた。

 痛みで頭がもうろうとしている牛たちを飼育スペースに戻して、一連の流れが終了となる。これを残っている牛の数分繰り返す。それが今回の仕事の内容だ。




「感電死云々言っていたのはこれかあ……」




 作業の度に、小さな雷の爆弾を間近で爆発させているようなものだ。

 スーツに絶縁機能や防音機能が無かったら無事では済まないだろう。鼻輪の装着も除角も命がけの大変な作業だ。

 そして、そんな場所へ子牛を誘導するのも一筋縄ではいかないわけで。




「よしよし、いい子いい子。さあ、こっちでご飯を食べましょうね~」




 部屋の方から響く悲鳴に、疑念を覚える牛たちを、なんとか餌で釣り出したり、スキンシップをして気をそらしたりして部屋の中まで誘導する。

 鼻輪さえつけてしまえば誘導はたやすいが、付ける前は何とかアルメリアの力で、体格で勝る牛たちを、あの手この手で部屋の中へ招き入れなければならない。




「ほんとにごめんね……牛さん……」




 必要なこととはいえ、痛みを伴う現場に騙し騙しで誘導する罪悪感。

 除角後の牛たちからの、裏切られたと言いたげな感情に苛まれながら、アルメリアは日が暮れるまで牛たちを誘導し続けたのだった。




 ♢ ♢ ♢




「二人とも今日はありがとな。手際よく進んだから、数日かかるはずだったのが1日で終わった」


 数百匹にわたる作業を完了し、施設の休憩室で、ローレンスが飲料缶をアルメリアとヴォルターに放った。

 受け取ったジュースを、半分くらい一気に飲んで、大きく息を吐いてからアルメリアが愚痴を吐く。


「ほんっと疲れた! ねえこれ本当に私たちでしなきゃいけない仕事なの?! ここの施設職員沢山いるじゃんね?! なんで外部の人間が命張らなきゃいけないのよ?!」

「ここのスタッフが根性無し且つ無能だからだろ」


 ヴォルターがコーヒー缶のプルタブを乱暴に引いた。


「除角ももっと早い段階でやってりゃ、牛たちがあそこまで苦しまずに済んだんだ。あの大きさになるまで何をやってたんだって話だ」

「やっぱあの角って切り落とさなきゃいけないの?」

「ハツデンシロコブウシの角は、幼少期に適切な処置をしないと伸び続けるからな。伸び続けた角が、自分の顔に突き刺さることもあるし、牛たちが喧嘩をするときに、他の牛を傷つける可能性も出てくる」


 確かにあの牛の角は内側に向いた巻き角で、際限なく伸び続ければ、自分の頬か目を貫くだろう。痛みを伴うが、牛を思うならば必要な作業だ。

 必要な作業を先延ばしにしていたことにご立腹の様子だが、


「……ねえ。何かここで嫌なことでもあったの?」


 怒りの原因はそれだけではなさそうだ。矛先は散漫としていて、アルメリアにも核心はつかめない。施設全体か、それともここには無い何かか。


 アルメリアが間をもたすように残りのジュースを口に付けていると、休憩室のドアが外から開いた。


「やあ、諸君。今日はわざわざご苦労だったね」

「……お疲れ様です。スニード所長」


 入ってきたのは背が高く、肉付きの薄い40代半ばくらいの白髪の男性だった。

 長方形型の眼鏡の奥に、細い切れ長の瞳が特徴的で、人のよさそうな笑みを浮かべているものの、不思議と温かさを感じさせない、冷たい雰囲気を纏っている。

 細身ながらも中年太りなのか、腹は少し膨らんでいて、ガタイも良くて身もひきしまったヴォルターとは悪い意味で対照的だ。


 ローレンスが立ち上がって、無理やり笑みを整えて挨拶をした。立つ直前に一瞬だけ浮かんだ不快そうな顔をアルメリアは見逃さなかった。

 人付き合いが上手いローレンスが、愛想を整え切れていない。必死に嫌悪や苛立ちを抑え込んでいる感情が、アルメリアにひしひしと流れてくる。


 そして、そんなローレンス以上に、




「今更何しにきやがった。ハイエナ野郎が」




 怒りと敵意を顕に、ヴォルターは飲み終わったコーヒー缶を握りつぶしながら、スニードを睨むように向かい直った。


 刺すような怒りを受けながらも、スニードは「おお怖い怖い」と嘲笑しながら、ヴォルターを見下ろしながら笑みを浮かべるのだった。


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