発電生物の飼育施設
「おい。二度とこういう用件で俺を頼るなって言ったはずだが」
アルメリアたちが車から降りて、施設のエントランスに入ると、受付にいる職員に、ヴォルターが怒気を顕に詰め寄っているところに遭遇した。
「俺はここの職員じゃねえんだ。高い給金を貰っておきながら、自分の仕事も自分でできねえのか?」
「おーい。そこまでにしておけー。受付に絡んでもしょーがねえだろー」
宥めるように呼び掛けると、振り返ったヴォルターが大きく舌打ちをしながら、受付のスタッフから入館証を奪い取った。
ゲストと表記された入館証を首に提げながら、「お前も来たのか」とアルメリアを見下ろした。
「うん。手伝いが必要だって聞いて」
「手伝いじゃねえよ。肩代わりだ。ここのポンコツ共のな」
声量を落とさず、敢えて聞こえるように声を荒げるヴォルターに、アルメリアが意外そうに目を見開いた。
好意に対する拒否反応で口が悪くなることは多々あったが、自分から相手を威圧するように暴言を吐くところは初めて見た。
気が引けながらも、受付スタッフの感情も探ってみると、どうやら心当たりはあるらしい。
受付の二人はヴォルターに怯えながらも、強い引け目や申し訳なさといった、後ろめたい感情が感じ取れる。
ローレンスがアルメリアの分まで受付を済ませてから、足取りの荒いヴォルターを先頭に、3人は施設の廊下を歩いた。
白く広い、清潔感の漂う廊下に、怒りを滲ませたヴォルターの足音が目立って響く。
すれ違う職員たちもヴォルターを刺激しないように、息を殺しながらすれ違う。
……きまずいなあ。
ローレンスと顔を見合わせて、言外に共有してしまう。自分たちを含め、施設中の人間がヴォルターの機嫌を窺っているように見えた。
耐え切れなくなったアルメリアが強引に話題を振った。
「ハツデンシロコブウシの飼育施設だったっけ。飼育して何をする施設なの?」
「採血して発電成分を取るんだよ。飼育施設兼、発電所みたいなもんさ」
「ふーん。建物の雰囲気は、病院や研究施設って言葉の方が合いそうだけど」
発電所、というと、大きな煙突が何本も立ち上がり、黙々と煙を立てて稼働しているイメージだったが、この施設の見てくれは、何かの実験を行っていそうな、白い研究棟のようだった。
3~5階建ての、縦にも横にも長い複数の長方形が組み合わさった形状の建物が、広大な土地に整然と配置されている。窓ガラスはマジックミラーになっているのか、外から中の様子をうかがうことはできない。
中を歩いて感じるのは、まるで病院のような、人の手によって管理された清潔な空気だ。密入国時に乗ってきた牛舎のような生き物臭さは全く感じない。
そんな会話をしながら歩いているうちに、『更衣室』と札が書かれた部屋に辿り着いた。
「ほら、お前の防護服だ。インナーの上から着れる。上から着こんだら胸のボタンを押せ」
ヴォルターが入り口に並んでいた白いスーツのような服を一つ手に取り、アルメリアに差し出した。
更衣室は男女で分かれているので、一旦解散。
アルメリアは女性用更衣室で、インナー姿になってから、受け取った防護服を広げてみた。
「防護服っていうより……宇宙服みたい」
見てくれはヘルメット部分まで一体化した、白い全身スーツのような風貌だ。
重量は軽いが、普通の服と比べるとずっしりと重い。服の外部やヘルメット部分の内側に、いくつかの精密機器が取り付けられていて、服というよりは科学の粋を詰め込んだ宇宙服のような装備である。
胸元部分が開くようになっており、そこから体を入れて全身に着込むらしい。
着込んだところで胸元についているボタンを押すと、ゆっくりと体のラインに合わせるように、スーツが縮みだして体にフィットした。
「おおー」と知らない技術に感動したところで『着たなら早く出てこい』とヴォルターがドア越しに呼んだ。感嘆の声が漏れていたらしい。
「凄いね防護服。視界が悪いのだけが気になるけど」
ヘルメット部分には広めの視界窓が設けられているが、その素材がサングラスのように黒くなっていて、視界がかなり暗くなっている。
視界の悪さに苦労していると、アルメリアの胸元から腰の部分にかけて、何かを押し付けるような感覚が襲ってきて、反射的に飛び上がる。
「ひゃあ?! 何するのよ?!」
「絶縁テープだ。最後にチャックの部分を閉じるんだよ」
飛びのくアルメリアを気にも留めず、ヴォルターは手に持っていた幅の広いテープで、スーツのジップ部分を押し付けるように塞いだ。
念入りに塞いだ個所をなぞって、漏れが無いか確認してから「じゃあ行くぞ」とヴォルターが先導する。
一声位かければいいのに。これでもこっちは女なんだけど。
なんて言っても動じないことは想像がつくので、浮かび上がった言葉を渋々と飲み込んだ。
3人は更衣室を出て、対面にある広いドアの装置に入館証をかざした。
消毒室のように閉鎖された空間に出て、『電波を照射します』とのアナウンスが流れると、静かな駆動音が響き、暫くしてから奥のドアが開いた。
「今の場所、何をしていたの?」
「漏電個所が無いか確認していたんだよ。万が一漏れがあったら感電死するからな」
ローレンスのおっかない補足に身震いするが、ここでビビっても今更だ。
顔をスーツ越しに叩いて気合を入れなおすアルメリアを見て、ヴォルターが少し感心したのか、怒気がほんのりと和らいだ。
長い連絡通路を歩き、辿り着いた先に広がっていたのは、
「うわ、すっごい!」
明るい照明に照らされた、広大な牛舎のような空間が広がっていた。
高い天井には複数の白色LED照明が均等に配置され、人工太陽のように柔らかな光を放っている。
一定の間隔で設けられた飼育スペースには、それぞれ個体識別のタグをつけた乳牛たちがゆったりと身を横たえたり、他の牛とじゃれあったりなどして過ごしていた。
白い景色が続くばかりだった無機質な廊下から一変し、急に現れた牧歌的な空間にアルメリアが頬を緩め、近くにいた牛たちの側に寄って頬をなでる。
「子牛とはいえ、よくもそう警戒心なく触れ合えるな」
「え? この子たち子どもなの?!」
「生後2か月くらいだ。成体はその3倍は大きいぞ」
牛と戯れるアルメリアを見て、ローレンスが関心と驚きが混ざったような声を上げるが、アルメリアも別な驚きの声を上げた。
目の前の牛たちは1.5mくらいの大きさはある。アルメリアの知っている牛は成体でこのくらいの大きさだ。
成体はこの3倍は大きいというのだから、やはりこの大陸の生物は侮れない。4~5mなら少し小さい象くらいの全長ということになる。
「おい、仕事が詰まってんだ。触れ合うのもほどほどに、作業の準備に移ってくれ」
「はーい、分かった! ……ヴォルター?」
「なに」
元気よく振り返りながら手を上げるも、ヴォルターがどこからか持ってきた物騒なブツに、アルメリアは思わず身を固めてしまった。
「……今から、この子たちに何するの?」
「地獄を見せる」
そういってヴォルターが見せつけてきたのは、人の首を丸ごと切断できそうなほど、巨大な刃を持つ電動丸鋸だった。




