激務の日々
ハイマー・クロウリーを含めた調査隊30名の葬儀から一か月が経ち、アルメリアはローレンスと共に、第7衛兵隊の雑務に勤しんでいた。
今回頼まれたのは害獣駆除。アニマグラム城壁外東区にある、農業地区からの依頼だ。
たわわと実った野菜畑の中から、スナイパーライフルのような猟銃が、その銃口を畑の穀物を食い荒らす動物――【ヒダネアナグマ】に向けている。
「ゆっくり息を止めて、肘で地面を支えにしながら銃口を安定させる。後はあいつが一番警戒を解いたタイミングでぶっ放せ」
「……わかった」
ローレンスのアドバイス通り息を止め、ライフルのスコープ越しに、畑の野菜を貪る体長1ⅿほどの灰色の生物を覗き込む。開けた土地で周囲や空を警戒していたアナグマは、安全を確認した後に、辺りの野菜をバイキング感覚で食べ始めた。
野菜の美味しい部分以外を食べ残すと、次の野菜へ口を付けて、食べては残す。
アナグマが移動する方向の先にライフルを構えなおして、野菜に手をかけた瞬間に、
「――っ?!」
引き金を引くと、強力な麻酔薬が塗布された注射器型の麻酔弾が発射され、命中した個所からボウッと炎が燃え上がったのち、アナグマがその場に眠るように倒れこんだ。
「お! 綺麗に当たったな!」
「けっこー筋いいかも、私」
二人はアナグマが動かなくなったのを確認してから、ゆっくりと傍へ向かい、防火素材のシートで上から押さえながら、麻酔弾を抜く。
一瞬だけ炎が立ち上がったが、すぐに瘡蓋となって傷口は再生し、アナグマもちいさな寝息を立てている。
「すいません、助かりました。二人ともありがとうございます」
「いえいえ、【未開の中央】関係のトラブルは、我が第7衛兵隊にぜひお任せを! 何かあったらまた呼んでくださいね」
アナグマを檻に閉じ込めたのを見て、田畑の持ち主たちが深々とお辞儀をすると、ローレンスも愛想よく敬礼して返した。
ひとしきり感謝され、作業に戻る人々を見届けてから、二人は「ふう」と一段落したように疲れの混じった息を吐く。
「よし、未開の中央に返せば、この件は終了だな。後は部下に任せて次の現場に行くぞー」
「次の仕事ってなんだっけ? 牛がどうのこうの言っていたけど」
「ああ。都市の北側に位置している、ハツデンシロコブウシの飼育施設での作業だ。一部業務が滞っていてな。それの手伝い」
「……ねえ、私たち働きすぎじゃない? 半月前の休日以降、まともに休んでないんだけど」
「しゃーねえだろ。この前の断水といい、最近【未開の中央】関係のトラブルが多いんだ。俺の部署はそれに対応する部署だからな。忙しくなるのはとーぜん」
「もっと人はいないの? あなたがって話じゃないけど、余所者の私に頼りすぎじゃない?」
ビーバーの捕獲が上手くいって以降、アルメリアの働きを評価されたのか、生物関係の依頼が山のように舞い込んでくる。
頼りにされるのは嬉しいが、如何せん数が多くて、最近は疲労感の方が強くなってきている。
トラブルの数は多いのに、それに対応するローレンスの部署は人数が10数名とかなり小規模な運営だ。
「……うちの部署、不人気なんだよ」
「まあ、そうなんだろうとは思ってたけど。未開の中央の生物のこと、皆怖がっているもんね」
暫くの間【アニマグラム】で過ごしていて分かったことがある。それは奇跡の燃料を主なエネルギー源としているにも拘らず、ここで暮らす人々のほとんどが、その採取元である未開の中央の生物を恐れているということだ。
「こういう小さな生き物だけじゃなくて、おっきくて凶暴な熊とかもいるから、気持ちは分からなくはないんだけど、小さなトラブルにも対応できないのは問題じゃない?」
「まあな……。でも、こんなアナグマ一匹でも対応を間違えれば大惨事になるんだ。技術も心構えもない人間に任せていい仕事でもないしな。心が読めるとはいえ、未開の中央の生物相手に物怖じしない、アルちゃんの方が凄えのよ」
「別に私も、まったく怖くないわけじゃないんだけど……」
そんな会話をしていると、ローレンスの部下の女性がやってきて、アナグマの入った檻を回収した。毅然と対応できるあたり、彼女も少数精鋭の中の一人だ。
引き渡しを終えたところで、ローレンスの車に乗って、次の現場である飼育施設へと向かう。
その道中で次の依頼についてローレンスが確認を行った。
「さっきも言った通り、次はハツデンシロコブウシの飼育施設の業務補助な。具体的には、子牛に鼻輪を付けたり、角を削ったりする業務の手伝い」
「……それって私たち以外でもできないの?」
「……できる、はずなんだけどなあ」
アルメリアが疲れたように尋ねると、ローレンスもげんなりと重い息を吐いた。
仕事だからと割り切ってはいても、思うところがないわけではないらしい。
「まあいいや。さっさと終わらせて今日は休もう。どれくらいかかりそう?」
「そうだなあ……ざっと数百匹分の作業があるから……」
「何それ?! 絶対今日中に終わらないじゃん?!」
「ああ。だから今回も助っ人を呼んどいた」
助っ人と聞いて、ぶつくさ文句を言っていたアルメリアの顔が明るくなった。
「もしかして、ヴォルター?」
「ああ」
ローレンスが頷くと、「やった!」とアルメリアが手を叩いた。
父の葬儀が終わって以降、ヴォルターと一度も顔を合わせていない。
ローレンスが言うには、彼は彼なりに忙しいらしい。
確かに、彼の生物に対する知識の深さや、腕っぷしを考えれば、いろんなことに引っ張りだこになるのは想像できるが、会う事が叶わくて寂しく思っていたころだった。
「……気を付けろよ、多分、相当機嫌が悪いと思うから」
「? どうして?」
会う前からローレンスの緊張が伝わり、アルメリアは不思議に思って首をかしげる。
ローレンスが「飼育施設で過去に色々あってだな……」と言葉を濁していると、施設の入り口に辿り着いた。
そして、その入り口付近に停められている、見覚えのあるキャンピングカー。
「! ヴォル――」
運転席から降りてきたヴォルターに、アルメリアが親し気に呼びかけようとするも、あまりに強い怒りや苛立ちの感情を察知し、反射的に言葉をひっこめてしまう。
殺意に近いオーラを纏うヴォルターに、体を強張らせるアルメリアを横目に見てから、「やっぱりなあ……」とローレンスも気まずそうに頭を掻いて、ヴォルターに視線を送るのだった。




