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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第2章
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死の確定

 

 父のネームホルダーが見つかってから10日経った日の夕方だ。

 アルメリアは見つかった人骨の調査結果が出るまで、ローレンスの自宅で過ごしていた。


「……いるか?」


 カーテンを閉め切って薄暗い部屋に、ローレンスが帰ってきた。

 返事はない。

 靴はある。

 明かりが灯っていない部屋に上がると、ソファに膝を抱えてアルメリアが座っている。


「聞きたくないかもしれないけど、聞いてくれ」


 いつもの賑やかな様子は見る影もない。うつろな眼差しで抜け殻のように動かないアルメリアに、少しの間旬陣してから、ローレンスは告げた。


「見つかった骨のDNA鑑定が終わった。……それで、その骨と、事前に採取しておいた調査隊のDNAが一致した。以上のことから、行方不明だった調査隊に死亡認定が下りた」


 ダムを壊したことで、ダムに引っかかっていた【未開の中央】からの漂流物が下流の方へ流されたらしい。残骸を回収しようと待機していたローレンスがそのまま見つけた形となった。

 流されてきたのは、細々とした調査道具に、調査隊が身に着けていた衣類、そして、人骨の一部。


 全員分とはいかなかったが、数名分の骨が見つかった。その中に【ハイマー・クロウリー】、アルメリアの父のものが含まれていたらしい。


 見つかったのは首の骨。万が一にも生きてはいない。


 ローレンスの報告をすべて聞き終えたアルメリアが、「そんな気はしてた」と、無機質に笑った。


「今から調査隊の遺族に対しての説明と、葬儀の準備がある。式は今日の密葬と、明日の本葬。……来るだろ?」

「……」


 表情を動かすことなく押し黙るアルメリアの様子が、ローレンスの表情を歪ませた。

 一瞬だけ掛ける言葉を迷う様に喉を詰まらせたが、悩んだところでかける言葉はない。


「式は2回ある。飯、買ってきたから、食って、………………今は、休め」


 そういって机の上にずっしりと重量感のある袋を置いて、ローレンスは仕事に戻っていった。


 誰もいない、暗い部屋の中、アルメリアは静かに膝を抱えて天井を見上げた。


「……」


 不思議だ。

 自分でも意外なくらい落ち着いている。

 もし父さんが死んでいたとしたら、自分は想像できないくらい取り乱して、大声で泣くものだと思っていた。


 母さんは物心つく前に病気で亡くなった。父さんは自分に残された唯一の肉親であり、最大の理解者だった。

 そんなかけがえのない存在を失ったんだ。悲しくないわけがない。


 だけど、どこかで思っていた。

 あの日、【未開の中央】の生物と、父さんの調査隊が調べていた【奇跡の燃料】の正体について知ったあの時から。列車で大熊に襲われ、死に目を見たあの時から。

 そんな危険なものを調べに向かった父さんは、もしかしたら死んでしまっているんじゃないかって。


 ふと、口をつぐむと、乾ききった唇の感触に気が付き、そういえば水を飲んでなかったと、蛇口から水をひねり、のどを潤した。

 ご飯を買ってくれていたんだっけ、とローレンスが残していった鞄の中身を見ると、クラブサンドやホットドッグといった軽食類や、シフォンケーキやプリンといったデザートが入っていた。

 こっちの食事については詳しくないが、いつも食べていた食事よりも物が良いのは何となく感じる。ローレンスなりの気遣いだろう。


 クラブサンドをかじると、薄く感じるが、味はしっかりと感じられた。


 父が死んで、悲しいはずの状況で、思ったよりも自分は普通だ。

 腹は減らないが、飯は喉を通る。足取りはしっかりしていて、意識も鮮明だ。

 悲しい感情も、苦しい感情も湧いてこない。

 覚悟をしていた、というのはこういうことなのだろうか。

 それとも、




 自分にとって、父親の死というのものは、その程度のものだったということなのだろうか。


 あれだけ無茶をして会いに来た父が死んでいたというのに、「これからどうしようか」とか、「何で泣けないだろうとか」自分のことばかり考えている。

 死の知らせを聞いて、今この時までに、もっといろいろな感情が挟まるはずだったのに。


「薄情だ……、私」


 泣けない。涙が出てこない。悲しいって気持ちがわいてこない。

 父が何を追っていたのか、どんなところで仕事をしていたのか。

 全てを知ったうえで、自分にできることなんてなかったと思った。無茶をしてここに来て、訃報を聞くのが早まっただけの話だ。

 頭を渦巻く諦めと、朧げに感じている納得感に似た何か。涙を邪魔するのはこの感情か。


 父が死んで泣かない子がいるのか。

 泣けないことが、今は悲しい。

 私は今、私の体裁の為に泣きたいと思ってしまっている。

 自分のことばかりの私はやっぱり薄情じゃないか。


 悲しさより先に自己嫌悪が来て、そのことに嫌気がさしてソファの上で膝を抱えたとき、ドアを優しくノックする音がした。

 ローレンスが戻ってきたのか。だとしても、わざわざノックなんかするだろうか。

 気にはなるが、それ以上考える余裕はなかった。

 ドアを開けた先にいたのは、体の大きな、黒ずくめのあの男。


「——ヴォルター……?」


 ヴォルターはアルメリアの様子をうかがう様に目を細めた後、「何をしている」と呟いた。


「葬儀はどうした。どっちも出ろよ」

「……行けないよ」

「何で」

「遺族が悲しむ場でしょ。じゃあダメだ。……私、元気だからさ」


 そういって無理やり笑うアルメリアを見て、ヴォルターが悲痛そうに眉をしかめた。


「……泣けないの。あんなに大切だと思ってた人が死んだって聞いたのに、泣けない。正直さ。奇跡の燃料や未開の中央のことを知ったときに、もしかしたらって思ってた。覚悟してた。でも、覚悟したら受け止められるようなことだったみたい。こんな状況なのにさ。浮かんでくるのは、私って薄情とか、酷い娘だとか、自分のことばっかり。……水も飲める、ご飯も喉を通る。明日のことも考えられる。……元気だよ、私。だから、皆が悲しむための場所に、行っちゃだめだ」


 そう語るアルメリアの目じりは乾いていて、突けば壊れてしまいそうな声で、目も合わせないまま独り言のように続ける。

 アルメリアが言葉を吐き終えるのをヴォルターは待った。そして、「そういうことだから、さ」とドアを閉めようとするアルメリアの腕を、ヴォルターが強引につかんだ。


「ダメって何?」

「え?」

「お前はどうしたいんだ。行きたいのか。行きたくないのか」

「私は……」


 どうしたいのか聞かれて、答えることができなかった。

 嫌われまいと人に気を回しすぎて、自分がどんな人間か分からなくなった時みたいに、自分がどうしたいのか、言葉にすることができなかった。

 喉の奥に黒い霧が詰まったように、言葉を失うアルメリアの手を引いて、ヴォルターはそのまま外に連れ出した。


「行くぞ」


 アルメリアを外に出すと、ヴォルターはついて来いと言わんばかりに、アルメリアを置いて先を歩きだした。

 一見すると、愛想が無くて、冷たく突き放すような男の態度。

 ただ、その中に確かに自分を空っぽの自分の手を引くような、温かい熱を感じて、その熱に引き寄せられるように、アルメリアもゆっくりと歩き出した。


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