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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第2章
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ありのままを生きる

 アルメリアがビーバーたちとご飯を食べている中、ヴォルターは水陸両用の小型ロボットを取り出し、ビーバーが根城としていた巣の中へと向かわせた。

 水上ではスクリュー、陸上では収納可能な四本の足で進む、大きさ10㎝弱の超小型の機体。先端にはカメラが取り付けられており、その映像がノートパソコンの画面に映し出されている。


 コントローラーを動かしながら、画面を注視するヴォルターにアルメリアが話しかけた。


「ねえ、それ何しているの?」

「中に残っている個体がいねえか確認してるんだよ。念のためな」


 アルメリアの能力を信じてはいるものの、万全を期すタイプらしい。

 残っている個体がいるかどうかの最終判定は自分の判断で下すようだ。


「よし、他の個体はいなさそうだ」


 そして今度はアームの付いた空中ドローンを取り出し、別で用意していた小さな小包を、ドローンを使って、ダムや巣の方へ運んでいく。

 何やら真剣に作業をしているので、アルメリアは質問先を、横で並んで昼食をとっているローレンスに切り替えた。


「ねえ、この子たち元いた場所へ返すの?」

「ああ。【未開の中央(セントラルアンノウン)】の生物だからな。そこの水辺に返すよ」

「大丈夫? この子たち、未開の中央の方を怖がってる。そこから逃げてきたから、ここに巣を構えたんじゃないの?」

「かもな。平均サイズが小さいし、縄張り争いに負けて下流の方に流れてきた個体なんだろ。かわいそうだが、人間の生活を邪魔してしまう以上は、元の場所に返すほかない」


 少しだけ暗い表情になったアルメリアに、「心配するな」とローレンスが続けた。


「転居先の候補は既に調べてある。引っ越してすぐにくたばるようなことはないよ」


 そうだろ? とヴォルターに振ると、無言で親指を立ててきた。

 それを見てアルメリアも少し安心したのか、「よかったねー」とビーバーたちに餌をやる。


「あんま仲良くなりすぎるなよ。別れが辛くなるぞ?」

「分かれるのは残念だけど、仲いいに越したことはないんじゃない?」

「下手に人間に慣れすぎるのも困るしなあ。それに……、まあいいや。それより、仲が良いと言えば、他の家族とか、友達とか、嬢ちゃんのこと心配してねえの?」


 のどに小骨が刺さったように身を固めてから、伏し目がちに「うん」と答えた。


「お母さんは小さい頃病気で亡くなった。友達って呼べるような人はいない」

「……どういうこと?」


 一瞬だけ迷う素振りをして、ローレンスが尋ねる。


「そんな羨ましいものでもないよ。心が読めるって」


 少し暗い声色になったアルメリアに、ヴォルターが横目で視線を移した。


「……心の中で吐いた毒。嫉妬や嫌悪。性的な感情や下心。表に出さないけど確かに内に抱えている嫌な心たち。そういう心にも気がついちゃう」

「……」

「私、嘘ついたり取り繕ったりするの苦手だからさ、そういうのに気がついちゃうと、態度や顔に出る。……そんな私の様子を見て、向こうも嫌な顔したり、距離を置いたりする。他の人と同じように自然体でコミュニケーションできない。動物たちとくらいしか仲良くできないんだ。私。本当に親しいって言えるの、お父さんくらい」


 なるほどな、とローレンスが心の中で相打ちを打った。

 いくら大切な家族とはいえ、あまりにも無鉄砲に密入国をしたもんだとは思っていたが、そこにしか拠り所がないからか。


「別に、俺らに対してをそういう気苦労をしてるようには見えなかったけどな」


 ヴォルターが背を向けながら、会話の中に割って入った。

 そのことに驚いているのか、目を丸めているローレンスの横で、アルメリアが「あはは」と乾いた笑い声をあげる。


「こっちに来てからそんな余裕なくて、思えば本音でばかり会話をしていたかも。でも、そのおかげで変に気を使うこともなかったし、使わせることもなかったかもね」


 無理やり笑ってみたが、完全な空元気だ。

 それを察されたことがかえって気まずくなってしまって、アルメリアの声が更にしぼむ。


「明るい性格なんて言われるけどさ、昔は全然そんなこと無くて、嫌に思われたくないから、無理やり明るく振舞うことに慣れた、ってのが正しいのかも。自分がどんな人間か考えたときに、正直、どんな人間だったんだろうって思う。……他の動物たちみたいに、ありのままの気持ちで触れ合えたらいいのに、なんて、考えすぎかなあ……」


 嬉しい時に喜んで、悲しい時は悲しんで。

 目に見える表情の裏に、腹黒い感情や嘘がない。

 笑顔の裏にため込んだ毒も。気遣うふりして仕舞い込んだ悪口も。

 動物たちに比べて、人間ってなんて面倒な生き物なんだろう。


 苦い経験を思い出し、少しふさぎ込んだアルメリアを見て、ヴォルターが独り言を言う様に切り出した。


「考えすぎだろ」

「え?」


 不意に話しかけられ、アルメリアが少し目を丸くしながら顔を上げた。


「ありのままの気持ちってなに。口にしたら気まずくなるような言葉や思いをしまっておけるのって、場合によってはいいことだと思うけど。そういう気を使わないってことが、ありのままってことなの?」

「いや、それは……」

「ありのままってのは、人に気を使わないことじゃなくて、自分が大切にしたい思いを自覚することなんじゃねえの。この大陸に来てそういう気苦労が無いと感じているとしたら、本心と行動が一致しているからだと思うけど。父さんの無事を確かめたいって思いがさ」


 諭すような、いたわるような。芯がありつつも優しい声色でヴォルターは続けた。


「嘘をついていようが、気を遣おうが、それさえ分かってりゃ『らしさ』なんてもんは無くなることはないんじゃねえの」


 かけられた言葉に、頬を打たれた感覚になった。

 自分の中に掛っていた靄を、一気に晴らすような、心地の良い衝撃だった。


「『らしさ』、か……」


 言いたいことを言い終えたのか、ヴォルターは黙って背を向け作業に戻った。

 思わず世話焼きなことを言ってしまい、可能な限り表情や感情を隠したいのだろう。

 背中越しでも照れ隠しだと伝わって、じんとした温かさと、可笑しさが襲ってきて、アルメリアはくすぐったそうな表情で笑いをこらえた。


「お父さんにも似たようなこと言われたなあ……」

「誰だっていうさ。そんな馬鹿みてえなことで悩んでりゃ」


 心が読めることをあまり良くは思っていなかったが、目の前の愛想のない男の、内に秘めた温かい気持ちに気が付けるのは、非常に心地の良いものだった。

 今までの苦い経験が消えるわけではないが、新しい角度から、心地の良い風が吹き込んだのも確かだった。


「口が悪いね。あれってツンデレ?」

「ツンデレ、だな」


 ローレンスとアルメリアがニヤニヤ笑いあっていると、ヴォルターが大きな舌打ちで牽制してきた。逆効果なのには気づいていないらしい。

 保護者面でニタニタ笑うローレンスに、ヴォルターが忌々し気に、持っていたコントローラーを投げつけた。


「いつまでダラダラしてんだ。最後の仕上げが残っているだろうが」



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