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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第2章
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【吸血機】、そして【0番染色体】

 

「え、ちょ?! 何これ?! くっついちゃったんだけど?!」

「あー、やっちまったな」


 よく見ると、ビーバーの手に触れたての部分に、ぬめっとした体液のようなものが付着している。それが格子に触れた途端、瞬間接着剤のように急速に固まった。

 くっついた腕を何とかしようともがくアルメリアを見て、ローレンスが困ったように頭を掻いた。


「セフィロトビーバー。別名ボンドビーバー、つってな。血中に粘着成分を蓄えてるんだよ。汗腺から粘着成分を分泌して、巣の組み立てに使ったり、自己防衛に使うんだ」

「ええ?! 早く言ってよそういうの⁉」

「言う前にお前が触ったんだろうが」

「おい、一体何があっ――あー……」


 騒ぎを聞きつけたヴォルターが目の前の光景を見て、瞬時に呆れた表情になる。


「体表に粘着を阻害する成分を分泌しているから、ビーバー自身は引っ付かないが、その成分はすぐに気化するから、ビーバーの体を離れると固まるんだよ。うかつに触った天敵はそうなる」

「天敵って何よ⁈ 私なでなでしただけなんだけど⁈」

「しゃーねえな。ちょっと待ってろ」


 腕が完全に引っ付いてパニックになるアルメリアを見て、ヴォルターはため息を吐いてから、背負っていた大剣に手をかけた。


 あの大熊の血液を吸いつくした、対【未開の中央】の生物の最終兵器——【吸血機】。


「いいか、じっとしてろよ」


 その鈍く光る巨大な刃を抜き放つと、ヴォルターは動けないアルメリアの元にゆっくりと歩み寄って行った。


「まさか、その剣で私の腕を切り落とす気……?!」

「んなわけねえだろ?! 吸うんだよ‼ 血を‼」


 あまりに物騒な発想だったため、流石のヴォルターも取り乱して突っ込んだ。


「絶対動くなよ」


 アルメリアの下で屈み、吸血機の刀身を体液の凝結部分に優しく当てる。

 ヴォルターが柄の部分にあるスイッチをオンにすると、柄部分の機会が空気を大きく吐き出しながら起動し、手と檻を固定していた固まった体液を、一瞬のうちに刀身が吸い取ってしまった。


「おお~~~~」

「……関心すんな。これに懲りて、二度と不用意に触るなよ」

「気を付けろよ、向こうに敵意がないからと言って、危ない目に合わないとは限らないからな」

「ごめんなさい……


 ヴォルターに続けて、ローレンスも追い打ちのように釘を刺す。繰り返して注意するほど大事なことなのだろう。

 仮にこれが粘着成分じゃなくて、雷や炎を発生させる成分だったら、もっと大惨事になっていたところだ。アルメリアも素直に反省してしょんぼりと頭を下げた。


「それにしてもすごいねその剣。【吸血機】、だっけ? 一体どういう仕組みなの?」


 ヴォルターが布にくるんで剣を背負いなおそうとしていたのを中断して、アルメリアに見せるように、吸血鬼の刀身を目の前に差し出した。


「未開の中央の生物についてはどれぐらい知っている?」

「確か……物凄く強い体と、特殊な血液を持つ不思議な生き物たちってことくらい」

「その特殊な進化を引き起こすのが、『0番染色体』と呼ばれる、特殊な染色体だ」

「0番染色体……?」

「ああ。未開の中央の生物の生物はほとんど、その染色体を遺伝子に宿している。まだ多くが謎に包まれている染色体だが、特殊な血液の発現には、その染色体の力が関わっていることだけは解明されている」

「血液が発電したり、くっついたりするのは、その染色体の影響ってこと?」

「その認識で大丈夫だ。そして、0番染色体の力を抑制し、それを遺伝子中に含んだ血液を吸い尽くす不思議な鉱石がある」


 ヴォルターは持っていた仕事鞄から、1㎝ほどの小さな黒い鉱石が入った小瓶と、1lほどの容量の血液パックを取り出した。


「それが【血水晶】。別名ヴァンパイアストーン。吸血鬼の刃部分に使われているのはこいつだ。見てな――」

 ヴォルターが小瓶の中に、血液パックの中身を注ぎ始めた。


「これは俺の血液だ。発炎成分は抜いてある」

「ちょっと待って! そんなに注いだら溢れ――……え?」


 容量50mlほどの小瓶の中に、1lの血液パックの中身を同じ勢いのまま注ぎ続ける。

 溢れて手が血だらけになっちゃう。

 反射的に止めようとしたアルメリアは、目の前の光景に思わず身を固めてしまった。


 注がれた血が、消えていく。

 いや、消えているのではなく、この黒く透き通った鉱石に吸われている?

 僅か1㎝大の鉱石が、1lの血液を完全に飲み干した。

 ヴォルターが瓶をアルメリアの手の上にそっと乗せると、見た目にそぐわない重量感に、瓶を落としそうになってしまった。驚いたことに、消えた血液は一滴残らず、この鉱石の中に存在している。


「ど、どういうこと? こんなの物理的におかしいじゃん。どういう仕組みで、こんな現象が……」

「それはまだわかっていない。分かっているのは、その血水晶が、何倍の体積を持つ血液を吸い尽くすことができるってことと、0番染色体の血液の発現成分を完全に抑制する力があることだ。それを刃に加工した武器が【吸血機】」


 釣り針のような返しが段階的につけられた刀身は、切るのではなく、突き刺し、固定するためのような構造だ。

 これを突き刺された大熊が、見上げるような巨体から一滴残らず血液を吸い上げられた光景を思い出す。


「剣の見た目をした、採血機って感じ? これがあれば、未開の中央の生物にも対応できるってこと?」


 アルメリアの疑問には、ローレンスが苦い顔になった。


「……誰にでも使える武器じゃない。一度血液を吸えば、その分重量がかさんで普通の人間には持つことすらできなくなる。それに、対抗できる武器があったとして、こいつを人間よりも身体能力の高い生き物相手にぶっささなきゃいけねえ。使えるのはそんな生き物たちに負けない、強靭な体を持った人間だけだ」

「つまり、ほぼヴォルター専用武器ってことだよね」


 そのことに引け目を感じているのか、ローレンスが「ああ」と低い声で頷いた。


「……あんなに怖い生き物と戦わなきゃいけないって、怖くないの?」

「んなこと言ってられるかよ。こういう体に生まれたんだ。他に誰がやる?」


 心配そうに尋ねるアルメリアに、ヴォルターは声の抑揚を落としながら続けた。


「やらなきゃいけないやつが、やるんだよ」


 何か言いたげに、少し悲しそうな顔で見つめるアルメリアを見て、「仕事、再開するぞ」とヴォルターは背を向けて歩き出した


「ほら、心を読み取ってくれ」


 深堀されたくないのか、ヴォルターは罠にかかった個体を、今まで捕まえた個体の前に持ってきた。

 ローレンスと目を合わせるが、それ以上聞くな、と言いたげに、ローレンスも静かに首を振る。

 聞かれて嫌なことを聞き続けるのも無神経だろう。アルメリアも気持ちを切り替え、捕まえたビーバーたちに意識を向ける。


「……うん、大丈夫。これで全員みたい」

「計17匹。結構な大所帯だったな」


 全員から安堵の感情を読み取れたので、アルメリアも優しい笑みを浮かべた。

 ほっと肩をなでおろしていると、「ほら」とヴォルターが紙に包まれたバケットを放ってきた。アルメリアが慌ててキャッチしたのを見て、続けざまに水筒を放る。


「俺は最後の作業の準備をする。その間飯でも食ってろ」


 飯、という言葉に反応し、アルメリアの腹が情けない音を立てる。

 そういえば朝食から大分間が開いている。

 両手で抱え込むような大きさのバケットサンドは、おそらく本来はヴォルターの間食用だったのだろう。それを譲ってくれたようだ。


 川辺付近で車の中から大きな荷物を取り出して、作業を始めるヴォルターを見ながら、アルメリアたちはビーバーたちの中でご飯にありつくのであった。


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