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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第2章
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セフィロトビーバー

「役に立つとはいっても、もう犯人のビーバーは捕まえちゃったけど」

「一匹だけな。ビーバーは群れを作る。ただ、その群れの規模が分からねえ」

「なるほど、私に何匹仲間がいるか判断してほしいってことね」


 納得して頷いたアルメリアに「できそう?」とローレンスが尋ねた。


「『お前の仲間はあと何匹?』とか聞いたら、数字が浮かんでくる感じ?」

「前にも言ったけど、詳細な感情や、イメージしているものが分かるわけじゃないんだよね。数字って人間が作ったものだから、動物には分からないし、私の力で感情を言葉に直せるわけじゃないの」

「わかるのは喜怒哀楽みたいな大まかな感情と、意識を向けてるものや方向だったか」

「そんな曖昧な情報でどうやって数を調べるんだ?」


 ローレンスの疑問には、ヴォルターが予測で答えた。


「ビーバーは仲間意識が強い生物だ。見つかっていない仲間がいたら、心配とか不安の感情が見えるんじゃないか? それが消えたら全員揃ったっていう判定」

「うん、私もそのアプローチで正しいと思う。現にこの子、自分のことじゃなくて、他の何かに対して心配の感情を抱いているもん」

「感情が読めるからこそできるアプローチか。便利だな。嬢ちゃんの能力」

「んー……そうだね」


 褒められたのに、何かが引っかかったようなアルメリアの作り笑いに、ローレンスが不思議そうに眼を開いた。

 それに気づいたアルメリアが、話題を切り替えるように「早速捜査開始しよう!」と適当な方向を指で示すと、ヴォルターも何かを察したように「そうだな」と先陣を切って歩き出す。


 操作の手順はいたって単純だった。

 川沿いに設置した罠を順番に見て回り、他の個体がかかっているか確認するだけだ。

 どうやらこの辺りを活動の拠点にしていたらしく、ヴォルターお手製の罠にかかっている個体が1匹、2匹と次々に見つかっていく。


「安心……、そして心配」


 そして捕まえた個体をビーバーたちに見せ、アルメリアが能力を使って心の動きを探る。

 仲間が見つかった安堵。そして、まだ見つかっていない仲間への心配。

 アルメリアの言葉を信じ、ヴォルターは仕掛けた罠の位置を地図で確認しながら、罠から罠へと順番に巡っていった。




「それにしても良く引っかかっているよね、ヴォルターの罠」




 また1体、また1体と見つけていくうちに、アルメリアが感心した様子で呟いた。

 数を打っているのもあるだろうが、あまりにもテンポよく捕まったビーバーが見つかるものだから、罠自体の出来もいいのだろう。


「罠の周辺に集まるように、餌以外にも巣の材料となる木や葉を、罠周辺に集めておいたし、罠本体にもカストリウムっていう、こいつらのフェロモン物質塗っておいたからな」

「カストリウムって、香料とかに使われているあれ?」

「ああ。肛門付近に香のう——匂い袋のような器官があるんだよ。そこに黄褐色のクリーム状の分泌物が入ってるんだが、それからとれる」

「香水とかに使われるって聞いたけど……あんまりいい香りじゃないね……」


 香水の材料に使われると聞いたことがあるから、どんな香りかと鼻を立てるも、漂ってくるのはレザーに糞尿を混ぜ込んだような独特の香りだ。

 顔をしかめるアルメリアに、「天然物はこんなもんだ」とヴォルターが続ける。


「ここからいろいろ加工してバニラやラベンダーの香りになる」

「そうなんだ」


 ビーバー捕獲後は、周辺の清掃だ。

 罠周辺にしかけた穀物類を回収しながら、ヴォルターは饒舌気味に説明を続ける。


「昔は毛皮を取るために、ビーバーをおびき寄せる誘引剤として使われていたんだ。それから香料へ加工する技術が発展すると、香のう目当てにビーバーが狩られだして、一時期は絶滅の危機もあったんだぜ」

「こっちの大陸でも、乱獲で絶滅寸前とか、そういうことがあるんだね」

「そうなるぐらい、いろんな分野で重宝された生き物だったんだよ。レザーノートと呼ばれる皮革様の香りを出すのには重宝されたし、抗菌物質が含まれていることから、医療や養蜂なんかにも用いられた歴史がある」

「凄いねビーバー!」


 解説を楽しく聞いていたところ、あることに気が付いたアルメリアが、いたずらな笑みを浮かべた。


「……ところでヴォルター。さっきから凄く楽しそう。生き物の話、好きなの?」

「黙って手を動かせ」

「自分の話題になった途端ひどくない⁈」


 あれだけ楽しそうに話しておきながら、自分のことになった途端会話終了だ。

 急に塩対応になったヴォルターの態度に突っ込むも、当の本人はだんまりを決め込んだ。


(自己嫌悪……だけじゃない? 罪悪感? 諦念……?)


 感じ取れるのはヴォルター自身に向けられた、無数の黒い感情の数々だ。

 その大本が何なのか気にはなるし、何よりもヴォルターには自分のことをもっと大事に思ってほしいが、これ以上掘り下げても、腫れ物に触れるだけだろう。


「私はヴォルターが楽しそうに話すの好きだよ?」

「……」


 せめて自分の好意は伝えようと口にも、ヴォルターは心に蓋をしたように黙り込み、少し離れたところのゴミを回収しに向かった。


 余計な一言だったかな。

 後から不安になってしまい、沈んだ気持ちをビーバーに癒されようと、檻越しにビーバーの頭を撫でたときだった。


「あ、バカ⁈ 触るな⁈」

「へ?」 


 それを見ていたローレンスが慌てた様子で声を荒げる。

 別に撫でるくらいいいじゃん。とアルメリアがビーバーの額から手を離したとき、


「……ん?」


 檻の隙間から手を抜こうと、格子に手が触れた瞬間、アルメリアの手が格子にくっつき、そこから離れなくなってしまった。


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