断水事件の犯人は
強引に引きずり出され、あからさまに嫌そうな顔をするヴォルターに、アルメリアが嬉しそうに話しかけた。
「頼れる助っ人ってヴォルターのことだったのね! 私、お父さんみたいに動物心理学者として、いろんな業務を手伝うことになったんだ! それで役に立てば死刑を免れられるんだって!」
「あっそ。で?」
「で? って何よ⁈ で? って⁈ ちょっとは喜んでくれたっていいじゃない‼」
心底めんどくさそうに瞼を細めるヴォルターにアルメリアが抗議するも、ヴォルターは全く意に介していない。
声を荒げるアルメリアの肩に手を置きながら、ローレンスが意地の悪い笑みで割り込んだ。
「安心しな嬢ちゃん。ヴォルターの口が悪くなる時は大体が照れ隠しだ」
「……そうだね。面倒ごとに対しての忌避感の裏に、ちゃんと安堵の感情があるね。もしかしなくてもヴォルター、ツンデレってやつ?」
「ほざいてろ似非メンタリスト。それより手伝いは要らないって言ったよな。なんで連れてきた」
風向きの悪い話題から逃げるように、ヴォルターがローレンスに尋ねる。
「お前言ってたじゃねえか。正確な数が分かればって。嬢ちゃんの力ならそういうの分かるんじゃねえの?」
「……試してみる価値はあるか」
ヴォルターが少し考え込んだ後、川の上流のほうを指さした。
「……もしかして、あれが断水の原因?」
「そうだ。立派なもんだろ」
示した先にあったのは木と泥で作られた巨大な堰。
アニマグラム側と、別方向とで二手に分かれる大きな川。その川のアニマグラム側への分岐部分に、大きな枝や泥で組み込まれた、天然素材のダムが建設されていた。
自然にできた——というには不自然ではあるが、人が作ったにしてはどうも原始的な出来栄えのダムだ。
完全に水をせき止めているわけではないが、アニマグラムの方面へ流れる水量を大きく制限してしまっている。
「要はあれを作った犯人をとらえればいいのね。それにしても、いったい誰があんなものを……?」
「それは会ってみてのお楽しみだ」
いつも表情のないヴォルターが、なんだか楽しそうに見えた。
少しだけ笑みを浮かべながら、ヴォルターが周辺の草原を「罠にかかっていればいいが」と呟きながら探っていく。
ローレンスは部下に「下流の方を見といてくれ」と指示を残して、アルメリアを連れて、ヴォルターの後に続いた。
「ここはハズレか」
向かった先にあったのは太い杭と縄で繋がれた鉄の檻。檻の中には芋類やキャベツなどの野菜が呼び餌として置いてある。
檻の大きさから察するに、犯人は大きさ1ⅿ前後の生物か。餌の種類から察するに、肉食の動物ではないらしい。
ヴォルターもこの罠には何かが引っかかっているとは思っていなかったらしく、空の檻を見ても、残念そうにはしなかった。
ヴォルターの後を歩きながら、川辺付近に設置されている檻を少しずつ回収していく。
そして、ダム近辺の川辺に近づいてきたころに、周囲の様子が変わり始めた。
川辺に生えている木々が根元から切断されている。のこぎりなどで横に両断、というよりは、ノミのようなもので片側を削り、木が自重に耐えかねて折れた形だ。
うっそうとした草原には、何者かが通った獣道のような跡があり、所々にヴォルターが設置したであろう餌の食べかすが転がっている。
檻の一つを見つけたとき、
「……ビンゴ!」
ヴォルターが明るい声を上げて指を鳴らした。
檻の中から呆然と自分たちを見つめてくる、断水事件の犯人。
その正体を見たアルメリアも、「なるほど!」と釣られて声を上げる。
「ビーバーだ!」
「お、知ってたか」
水をはじく茶色の体毛に、水かきの付いた後ろ足に平たい尾。
長いオレンジの前歯を顕に、つぶらな瞳で檻の中から自分たちを見上げてくるその姿は、いつぞやか図鑑で見たことのある、既知の生物の姿だった。
「このふさふさの毛皮につぶらな瞳が可愛いんだよね~」
アルメリアが知ってる個体に比べて少しサイズが大きい。それでも【未開の中央】の生き物であることを考慮したとき、あの大熊に比べれば常識的なサイズだろう。
檻の中から呆然した様子でこちらを伺ってくるビーバーに、アルメリアも愛でるような表情で屈み、緩んだ声を上げながら目線を合わせた。
「ビーバーは水の中に巣をつくるんだよ。あのダムは家が沈まないための建造物だな」
よく見ればダムの前には枯葉や泥、木の枝をつみあげて作ったドームのような巣が作られている。
「へー、なんであんな場所に巣をつくるんだろう」
「天敵から身を守る為さ。巣の入り口は水に沈んでいるけど、中には水面より上に位置した生活空間が広がっている。ダムをつくるのは過ごしやすい高さに水位を調整するためなんだ」
「家一つの為に、ダムまで立てちゃうんだ! すっごいガッツだね」
アルメリアは捕まったビーバーを一瞥した後、檻の外に転がっていた芋を拾って差し出した。
「おい、うかつに近づくな。噛まれたら痛いじゃすまないぞ」
「大丈夫だよ。この子は噛む気ないから」
檻に入っていたビーバーは少し警戒しながら小さな手を伸ばして芋を受け取り、腹が減っていたのか勢いよく食べ始める。
よほどおなかが空いていたらしい。食べきる前に転がっていた餌を拾って、檻越しに差し出してやると、警戒心はどこへやら。それもすぐさま受け取って食べ始めた。
「すごいな。一瞬で懐いた」
「さっきの似非メンタリストって言葉、撤回する?」
「……部分的には」
完全に撤回すれば、ツンデレを肯定することになる為、ヴォルターが目をそらしながら頷いた。
「じゃあ、その感情を読める力とやらで、早速役に立ってもらおうか」




