転生した俺はスローライフを満喫したかった
昼食が終わると、厨房に移動する。
アイビーに杏仁豆腐を振る舞って以降、時間が合えば試作したデザートをアイビーに試食してもらっている。
今日はアンズジャムを使ったジャムサンドクッキーだ。
すでにクッキー生地は用意してもらっているから、後は生地を焼く時にジャムを乗せて焼く。
「丸く型抜きした生地の上に輪っかに型抜きした生地を乗せて、出来たくぼみにジャムを乗せて焼いてみたらジャムがこぼれず綺麗に焼けるんじゃないかと思うのですがどうでしょう」
「コリン。ナイスアイデア! やってみよう」
「はい!」
料理人のコリンは王都にいる元料理長の甥っ子だそうで、俺と年も近い。
杏仁豆腐を作った時から協力してくれて、一緒に作業をしているうちに、俺の案をブラッシュアップしてくれるまでになった。
コルク栓と蝋で封をされたジャム瓶を開ける。
橙色の鮮やかなアンズジャムと、もう一つは少し赤みがかかった色をしたジャム。
コリンに渡されたスプーンで味見をする。
「アンズと……ルバーブ?」
「はい。販売するなら味のバリエーションが多い方が喜ばれますよね? 桃やぶどうのジャムも考えたのですが、甘いクッキー生地なら酸味がある方が合いそうだと思いまして」
「そうだな。確かに少し酸っぱい方がバランスが良さそうだ。他に育ててる果物だとりんごも合うよな」
「そうですね! りんごの収穫はこれからだから、収穫の時期が近づいたら奥様にお願いして多めに作っていただきましょう」
「奥様? ジャムはコリン達が作ってるんじゃないのか?」
「……!」
コリンは慌てた様子で手で口を塞ぐ。
「どうしたんだよ」
「いっ、いえ。いやあ、ベンジャミン様。今日はいい天気ですねぇ」
あからさまに、はぐらかす態度は怪しい。胡乱な目でコリンを見つめる。
「コリン。バレバレですよ」
「うわっ! マシュー!」
「本当に役立たずね」
「スザンナぁ……」
「情けない声出さないで」
「はい!」
執務室に戻るアイビーの付き添いをしていたはずの二人が、いつのまにか厨房に来ていた。
コリンはアイビーの侍女であるスザンナに思いを寄せているそうで、頭が上がらない。
「ジャムの件は内密にと伝えていたではないですか」
「悪い、悪い。夢中になってたら、つい……」
マシューとコリンが話をしている間に、スザンナから着席を促される。
料理人達が休憩に使う机に座ると、目の前にお茶が出された。マシューとスザンナが俺の前に座る。コリンも誘ったがクッキーを焼き上げるからと固辞されてしまった。
「いつまでも隠しておけないわ。ほら、マシュー説明して」
「ええっ? ……えっと酒造所があるのはご存知ですよね?」
スザンナに促されてマシューは仕方ないとばかりに話し始めた。
「ああ、知ってるよ。蒸留酒にアンズの種を漬け込んでリキュールを作ってるんだろ?」
「はい。このジャムはその酒造所近くにアイビー様が建てた工房で作っています」
「へえ。じゃあ売り物なのか……って、まてよ? 帳簿にジャムの売り上げは載ってなかったような……えっと、あ。そういやジャム用に果物を卸してたか?」
「おっしゃる通りです」
今後の見通しを立てるために何度も読んだ帳簿だ。細かい数字は無理でも、おおよその記載内容は覚えている。
そうか、あのジャム用の果物はアイビーの工房に卸してたんだな。
あれ?
……でも、アイビーがジャムの工房を建てたんだとしたら、アイビーがその工房の経営者ってことだよな。それなのに領主夫人のアイビーがお金を払って領地の品を仕入れたりするのか? この世界だとそれが常識なんだろうか。
「アイビー様は、ただ果物を砂糖で煮詰めたジャムだけじゃなく、アンズとルバーブのジャムのように食材を組み合わせたジャムを作られています」
マシューの話で考え事から引き戻される。
「さっきの、アンズとルバーブのジャムは、アイビーの考えたものだったのか」
「はい。アンズと桃のジャムや、リンゴにシナモンや紅茶で香りづけしたジャムなど、アイビー様のジャムは独創的で今まで見たことも味わったこともない品をお作りになられるのです」
驚いた。まるで現代のパティシエールじゃないか。
俺はベンジャミンの代わりに、ベンジャミンの領地を発展させるために今後の見通しを立てて、計画をやり遂げなくちゃいけない。
そのために俺が持っている知識を活用して「この世界にまだ存在しない新しいアンズのデザート」を作らなくては。と、考えていた。
違う。そうじゃないんだ。
「アイビーのジャムは絶対に売れる。俺が売ってみせる」
俺がやるべきなのは、経験に裏付けされたバイヤーとしてのノウハウを活かすことだ。
もちろんバイヤーとして生産者と消費者を繋ぐために得た商品知識は大切なものだけれど、あくまでも机上の知識だ。
作るときのこだわりはたくさん聞いていても、実際に作るのは訳が違う。そもそもレシピを知らないのにこだわりだけ分かっても意味がない。
杏仁豆腐だっていざ作ろうとしても、結局のところコリンの手助けがなければ作れなかった。
でも、売ることなら自信がある。
まずは、商談相手を探さなくては。
「なあ、マシュー。ベンジャミン宛にこの国で有力な貴族から手紙は届いてるか?」
「? はい。それはもう」
「その手紙って、いわゆる社交パーティみたいなやつのお誘いだよな」
「……そう、ですね」
「パーティに参加したいから、手紙を持ってきてもらえないか?」
「参加って! 本気ですか⁈」
スザンナが叫ぶ。反応したコリンがクッキーを載せた天板を作業台に落として、大きな音がした。
「ああ。アイビーのジャムを売るために、まずは売るにふさわしい相手を探さなくては」
「アイビー様のため……ですか」
「アイビーのジャムは、食材のもつ甘味や酸味、それに香りを踏まえて食材を掛け合わせて作っている。きっと食通家達も食べたことがない味ばかりだ。もし誰かが真似しようとしても、ただ混ぜるだけじゃ同じ味にはならない。アイビーの味覚やセンスがないとこのジャムにならない。そんな希少なジャムを安売りしちゃいけないんだ」
「そこまでおっしゃるならわかりました。マシュー。手紙を持ってきて差し上げて! ほら、早く」
スザンナに急かされてマシューは小走りで厨房を出ていく。
試作したジャムのクッキーを食べながらマシューを待つことにした。
運ばれたクッキーはまだ焼きたてだ。バターの溶けた匂いと甘いジャムの匂いが食欲をそそる。
「ジャムサンドクッキーを考えていたけれど、コリンの案でジャムが表に見えるようにしたのは正解だな。ジャムの食べ方を提案するときに、見た目が良ければ惹きつけて興味を持ってもらいやすい」
得意満面のコリンの背後に振り切れんばかりの犬のしっぽの幻影が見える。
焼きたてのクッキーは崩れやすい。そっと手に取り一口かじる。
アンズだけのシンプルなジャムも美味いけど、アンズとルバーブのジャムはクッキーにぴったりだ。甘味と酸味のバランスがいい。
昼食後だというのについつい食べ過ぎてしまう。スザンナもコリンも伸ばす手が止まらない。
「あっ! もう残り少ない!」
食べきってしまいそうなタイミングでマシューが戻ってきた。腕には蓋が閉まらないほど手紙が入った文箱を抱えている。
「マシューすまん。おいしくてつい……」
「そんなぁ」
「大丈夫。いまオーブンに入っているのがそろそろ焼き終わるから」
「よかった。あ、こちらは、最近届いた手紙です」
コリンの言葉に機嫌を取り戻したマシューは俺に文箱を渡すと、残り少なくなったクッキーに手を伸ばした。
受け取った文箱の中身を確認する。
……だめだ。送り主の名前を見てもピンとこない。
手紙の封を開けてみても「夜通し踊りましょう」だとか「朝に雲雀のさえずりを聞きましょう」なんて書いてあるだけで、送り主がどれほど有力な貴族なのかわからない。
仕方ない。恥を忍んでアイビーに相談しよう。
「ちょっと、アイビーのところに行ってくるから、新しいクッキーが焼けたら届けてもらえるか?」
俺は文箱を抱えてアイビーのいる執務室に向かった。




