三男エシュールの旅
ーーまたまた話は四百年前に遡る。
モードネス家の長男のギュンターに追放された三男のエシュールは、砂漠の中を西へ向かっていた。
縁故の者や使用人たちを引き連れて砂漠を行くことは、死に向かうに等しかったが、なぜかエシュールには不安が無かった。
それどころか、まだ見ぬ地を夢見て希望に燃えていた。
だが連れてきた女子供の足では、その歩みは遅々として進まず、思った以上に時間だけが過ぎる。
水や食料も尽きかけていて、すぐにでも対策を練る必要に迫られていた。
道を探すため、少し前の方を歩いていた若者が、突然声を上げた。
「エシュールさん!オアシスです!」
エシュールが駆け寄って、若者が指し示す方向に目を凝らすと、砂漠の丘の向こうに黒いものが見える。そこまでなら、一日も掛からないだろう。
「助かった! 蜃気楼なんかじゃないことを祈ろうぜ」
まずは本当にオアシスなのか様子を見るため、まだ元気な若者を選んで走らせた。
半日経った頃、若者が帰ってきた。
「オアシスだぞ!」
そう言って叫んだ若者の両手にはナツメヤシの実の大きな束が握られていた。背中には水の入った樽を背負っていた。
空き樽を一つ、持たせてあったのだ。
「一服したら、あのオアシスを目指すぞ!」
帰ってきた若者の話では、そこは豊かな緑に囲まれたオアシスで、周りにはヤシやナツメヤシが多く植わっているらしい。
「人の足跡や焚火の跡はありましたが、姿や家は見えませんでした。旅人のものでしょう。あそこに住むことも出来るかも知れませんね」
その話を聞いてエシュールはホッとした。
もし既に人が住んでいれば、自分たちが加わることで諍いが起きるかも知れないと危惧していたからだ。
一日掛けてオアシスに辿りついたエシュールたちは、その美しさに目を奪われた。
小さなオアシスだったが、周りは幾重にもナツメヤシの木に囲まれている。
この地に居を構えることを決意したエシュールは、テントを張り、皆を落ち着かせると、オアシスの周りを調べ始めた。
全員が居を構えるに十分な広さだったが、オアシスを一歩外に出ると、その先にはどこまでも白い砂が広がっていて、畑を造ることは難しそうだ。
水辺には人や動物の足跡が残っており、火を焚いた跡も残っていたが、何れも少し前のものだった。
時折は、旅人が訪れることもあるのだろう。
足跡はエシュールたちの来た方向から左ーー南に向かって続いていた。その先には人の住む街があるのかも知れない。
だが、目を凝らしても砂丘が続くばかりで、その先に街があるようには見えなかった。
次にエシュールはオアシスの水源を探すことにした。
このオアシスがただの水溜りなら、自分たちが毎日のように使い始めると、すぐに枯れてしまう恐れがあるからだ。
どこかに水が湧いて出ていると、確かめたかった。
水辺の周りを巡っていると、岸辺に積まれた石の隙間から、ちょろちょろと水が湧き出ているのを見つけた。
ーー良かった!湧き水だぞ。
これで一安心したが、この水量では心もとないと感じたエシュールが、水量を増やそうと石の周りを掘っていると、突然手前の石が外れ、どっと水が溢れ出してきた。
この小石が水を堰き止めていたに違いない。
「これで水の心配は無くなる」
最初は喜んだエシュールだったが、水がこのままずっと流れ続ける保証は無いことに気づいた。
この奥に溜まっている水が流れ出しているだけだとしたら?
ーーしまった!この速さで水が流れ出てしまうと、すぐにも水が止まってしまうかも知れないぞ。
エシュールが慌てて外れた石を元に戻そうとしたが、出来なかった。
しばらくすると、エシュールが心配したように、流れ出る水量が減り始めた。
エシュールは絶望感に浸ったが、運の良いことに、元の水量以上に減ることは無かった。
ホッとしたエシュールの背後から声を掛けてきた者がいる。
「お前のお陰で助かった。礼を言う」
驚いたエシュールが振り返ると、そこには小さな老人が立っていた。
「あなたは?どこから来られたのですか?」
「儂は、このオアシスのーー言うなれば、水源の水番じゃよ。ここから水源までの洞穴を維持するのが儂の趣味じゃった」
「間違えて出口をその石で閉じてしまっての。水が穴の中に溜まって出られなくなってしまった」
「お前が出してくれるまで、ずっとこの中で過ごしておったのだ」
「ところで、お前たちは何者なのか?」
エシュールはこれまでの経緯を老人に語った。
「私に礼をすると言うなら、私たちがここに住むことを認めてもらえないだろうか」
だが、エシュールの話を聞き終えた精霊はエシュールに意外なことを言った。
「それなら、もっと西へ行くがよい」
「西にはお前たちが国を作れるだけの、手つかずの広い土地が広がっている」
「人の足跡は、南に向かっているようですが?」
「あれは定期的に海の国と北の国の間で交易をする商人たちのものだ」
「彼らが北の国に行った時に、お前たちのことを悪気無くしゃべるかも知れん。そうなると、お前たちも困るのだろう?」
ーーあの兄のことだ、私たちが生きていると知ったら、何をするかわからない。
このオアシスを中心に落ち着こうと思っていたエシュールだったが、精霊の言葉に押されて、西に向かう決心をした。
食料や水の準備が出来ると精霊に別れを告げた。
お礼に何か出来ることはないかと問うと、ここに祠を作ってくれんかと精霊が言った。
「なに、あの穴はジメジメして住みにくいからの」
西に居を構えたら、必ずここに戻って祠を建てるとエシュールは約束して、彼らは西を目指していった。
十年後、エシュールは再びオアシスを訪れることが出来た。
「精霊どの、あなたに頼まれていた祠をようやく持ってくることが出来ました。どうぞ、お納めください」
「ほう、有難い。ところでお前の方はうまくいっているのか」
「はい、西の砂漠の端に集落を作りまして、少しづつ街造りを進めています」
「あの人数では大変だったろう」
「実は、私たちが住み始めるとすぐに、海の国の商人がわたしたちの所に参ったのです」
「最初は兄の寄越した追っ手かと怪しんだのですが、話してみれば正義感の強い実直な方でした」
「街を造りたいと言うと、海の国から人手を送るから、彼らも移住させてくれないかということになりました」
「街造りのための資材までも提供してもらいました」
「お陰で、今では小さいながら国を名乗っても恥ずかしくないほどになりました。なのでーー」
「ここから帰ったら、国として名乗ろうかと思っています」
「商人の話だと、兄も国を構えると言っているようですし、いつ襲われるかも知れませんので、用心のために」
それを聞いて精霊は少し考えていたが、意を決したように口を開いた。
「そういうことなら、お前のために加護を込めた王印を作ってやろう」
「儂を穴から出してくれた礼だ」
「王印ーーですか」
「うむ、ーーこれを持つ者が王であるーーと宣言すれば、国も栄えるのではないか」
「願っても無いことです。ありがとうございます」
「今から王印を作るから、出来たものを持って帰りなさい」
「儂と一緒にいる限り、儂がお前たちを守ってやる」
そう言うと、精霊はオアシスの水辺に歩いていき、水の中に入って行った。
すると、精霊の姿が消え、水の中に透明でキラキラと輝く細長い石があった。
エシュールがそれを拾い上げると、石の表面に”エシュール”と文字が浮き出て来た。
「精霊さま、自ら王印になっていただき、ありがとうございます。代々伝えるようにします」
エシュールは石を押し戴くと、皆の方に向き直り、それを高く掲げて宣言した。
「さあ、帰るぞ!帰ったら建国の準備だ」




