北の四家
ーー四百年前。
「兄さん、一体、どうしたと言うのですか!」
モードネス家の長男のギュンターに次男のキャッツが詰め寄っていた。
「シャンツ家にもシバー家にも、シフォン家にだって、何の落ち度も無かったでしょう!それなのに何故、あんな仕打ちを?」
一か月前から、この三家の屋敷は何度となく焼き討ちにあってきた。
幸いにも、いづれも気がつくのが早く、ボヤ程度で火は消し止めることが出来ていた。
誰の仕業かわからなかったのだが、燃え始めた屋敷の周りをうろついていた不審者を捕らえてみたら、ギュンターの部下だったのだ。
「何だ、彼奴は失敗したのか。使えん奴だな」
ギュンターはそう言って、鼻を鳴らす。
「兄さんがやらせたと認めるんですね!何故ですか?」
「知りたいか?あえて言えばーー気に入らないーーかな」
「奴らは儂の言うことを聞かんからな」
ギュンターは悪びれることも無く答えて笑う。
キャッツはギュンターのその態度を見て、背中に冷たいものが走った。
「だ、だからと言って、このところの兄さんの彼らに対するやり方は酷くないですか」
「それに彼らはこの地を富ませた功労者ですよ」
「それがどうした?お前も彼奴のようになりたいのか?」
”彼奴”とはモードネス家の三男のエシュールのことだ。
ギュンターに逆らったとして、西の砂漠に追いやられてしまっていた。
「何なら、お前も彼奴の後を追うか?」
「兄さんッ!」
その夜、キャッツの家にはシャンツ家、シフォン家、シバー家の当主たちが密かに訪れていた。
「皆、すまない。やはり今度のことも兄さんの指金らしい。兄さんが認めた」
「キャッツ、君が謝る必要はない」
中でも仲の良かったシフォン家のカミュが慰める。
「兄さんはどうしたんだろう。最近の様子はどこかおかしいんだ」
「はっきり言って、兄さんが君たちに向けて抱いている敵意が尋常じゃなくて恐ろしすぎる」
「実の弟にさえーー」
キャッツはギュンターに抗議をした時に感じた悪寒を思い出していた。
「このままだと、君たちに何が起きてもおかしくない」
「実の弟のエシュールでさえ、砂漠に追い込んでしまった位だ」
「これから君たちがどんな目に合うかーー想像できる」
「僕だって、どうなるかーー」
「それに、今夜ここに君たちと集まっているとわかったらーー」
そう言って、キャッツは頭を抱えて椅子に座り込んだ。
皆は返す言葉も無く、黙ったままでいる。
程無くして、キャッツが意を決したように立ち上がると、三人に向かって言った。
「なあ、皆であの山脈の割れ目を越えてみないか」
三人は驚いた。
「君は、最近川が枯れた時に出来た、あの割れ目のことを言っているのか」
「ああ、まだ誰も行ったことが無い所で、新しい生活をしてみないか」
「このままだと、あの兄のことだ、君たちに未来は無い。僕だって、エシュールの二の舞になる」
「エシュールを頼るわけにはいかないのか?」
「あいつが追放されて一か月以上になるんだ」
「必ず連絡しろと言っておいたのだが、まだ何の知らせも届いてない」
「後を追う方が、もっと危険かもしれない。それにーー」
「同じ命懸けなら、まだ希望が持てる新天地の方が良いとは思わないか」
割れ目の向こうがどうなっているのか、誰も知らない。
峠の上から見る限りでは、平原が広がり、四つの丘が望めるらしいが、そこに下りていくには深い森が道を阻むのだった。
どの道を選ぶにしても、平穏でいられる確証は無かった。
だが、ここに残ったとしても、常に危険が付き纏うのは確実だ。
皆が決めかねているのを感じ取ったキャッツが立ち上がった。
「時間が無いんだ。手遅れにならないうちに決めたい。決を採ろう」
「僕は皆の決めた意見に従う。それでいいか?」
三人は顔を見合わせたが、コクリと頷いた。
「よし、山脈の向こうに行くことに賛成の者は?」
全員が手を挙げた。
「わかった。では準備が出来次第、山を越えることにしよう。各々旅の準備を急いでくれ。くれぐれも兄さんには気づかれないようにな」
しばらく経った頃、彼の家令がギュンターに耳打ちをした。
「ギュンターさま、不穏な知らせが届きましたぞ」
「キャッツさまのそばに付けておいた男からです。あの三家がこの地を離れようとしているらしいとか」
「シャンツ、シフォン、シバーの連中か?」
「ようやく逃げ出す気になったか」
「キャッツさまも、仲間に加わっておられるようです」
「好きなようにさせておけ。だが、向こうの状況が分かるようにだけはしておけよ」
「ぬかりありません。エシュールさまと同じように」
「エシュールと言えば、何か知らせが入ったか」
「いえ、まだーー彼の地は過酷な砂漠ですので、すでにーー」
「儂の言うことさえ聞いておれば、苦労せず楽に生きられたものを」
一か月後、密かに屋敷を抜け出して、星明りを頼りに山の割れ目に向かう、四家の行列が見られた。
「行ったか?」
次の日の朝、書斎に入って来た家令にギュンターが尋ねた。
「はい。ですが、本当に追っ手を差し向けなくても良かったのですか?」
「構わん。あの割れ目の先に彼らの目指す天国があることを願っているよ」
「本当の天国で無ければいいがな」
そこに三歳になったばかりの一人娘のブラーニャが眠い目をこすりながら入ってきた。
ギュンターは満面の笑みでブラーニャを抱き上げる。
「ブラーニャ、どうした?」
「いとこたちや、お友達が誰もいないの」
「彼らは昨日、急な旅に出たのさ」
「夜だったから、お前は寝ていて挨拶が出来なかったのだよ」
それを聞いたブラーニャは悲しそうにしていたが、父親の頭の上に何かを見つけた。
「あれ?お父さま、それなあに」
そう言って、ブラーニャは父の頭の上に浮かぶものに触った。
その途端、ぱぁっと光が発し、そこにいた者たちは雷に打たれたように倒れ込んでしまった。
投げ出されたブラーニャだけが、そこにいたものを見つめている。
「わあ、あなた誰?精霊なの?初めて見た!」
「そうだ。今まで誰も気付いてくれなかった。寂しかった」
精霊はブラーニャを見つめた。ブラーニャも見つめ返す。
「お前には、私が見えるんだな?」
「ええ、見えるわ」
「今まで此奴についていたのだが、私に気づくことも無かった」
精霊は気絶して倒れている父親を顎でしゃくる。
「それでも、儂の楽しいと思うことばかりやってくれたから、退屈はせんかったがな」
「ちょっと囁いてやるだけでよかった」
「だが、それにも少し飽きてきたところだ」
「どうだ!これからずっと私といっしょにいてくれないか?」
「いいわよ」
瞬く間に時は過ぎ、ブラーニャは十二歳になった。
昔からのしきたり通り、皆の前で大人の仲間入りの盛大なお披露目の宴会が催された。
宴会も終わりかけた頃、精霊が真剣な顔つきでブラーニャに言った。
「お前、私といっしょに永遠に生きる気は無いか?」




