ブラーニャ
西の森から帰って来たマルセルたちをシャガルクが待ち構えていた。
「モードネス家の婆さまが会ってみたいと言っておられるが、どうするよ?」
南の国では廃家寸前にまでなったモードネス家の血を引く人が北の国にいて、会うことが出来ると思うとデノーテは喜んだ。
「ぜひ、お会いしたいですわ」
「では婆さまの館にお連れしましよう。なに、婆さまは足が弱っておられて、ここに連れて来ることが出来ないのでね」
シャガルクは北の山脈の氷河の麓にデノーテたちを連れて行った。
そこには山小屋風の石造りの建物があった。
「この屋敷には北の国のモードネス家が、初代からずっと住み続けているそうだ」
屋敷の扉の前まで来ると、シャガルクが振り向いて言った。
「最初に言っておくがーー驚くなよ」
「あの婆さんは、儂の婆さんをお産で取り上げたと言っている」
「つまりそれが本当なら、百歳は優に越えているということだ」
「本人は四百歳だと言っているがな。四百歳と言えば、この国が出来たのと同じ頃ということだ。信じれるか?」
「まあ、どう思うかは、お前たち次第だな」
皆の驚く顔を、にやにやと楽しそうに眺めていたシャガルクが真面目な顔に戻ると、踵を返して扉に向かって呼び掛けた。
「婆さん、入るぞ」
扉を開けて入っていくシャガルクの後に続いて三人が中に入ると、奥の暖炉の前に置かれた揺り椅子に女の人が腰掛けていた。
そばにまだ十歳を超えたばかりに見える女の子が立っている。
「シャガルク、何だね。そんな大声出さなくても聞こえてるよ」
シャガルクは”婆さん”と言っていたが、見た目はシャガルクよりもっと若く見える。
とても百歳を越えているようには見えない。聞いていなければ、四十歳位だと思ったかも知れない。
ただ、デノーテと同じような黒髪と黒い瞳は、モードネス家の人間と言われると納得できる。
「おや珍しいね。お客さんを連れて来たのかい」
まず、デノーテが進み出て、優雅にカーテシーで挨拶をした。
「始めまして。南の国のモードネス家のデノーテと申します」
「そしてこの子がーー」
マルセルを呼び寄せてデノーテの横に並ばせた。
「私の義娘のマルセルで、今はシャガルクさんに代わり、北の国の代王を務めています」
次にファーナを呼んで反対側に並ばせた。
「この子も私の義娘で、南の国の女王です」
そして改めて三人でカーテシーをする。
「先祖の家系の方にお会いできて、嬉しく思います」
「これはまた、高貴なお方に来て頂いて素晴らしい挨拶を見せていただいたわ。恐縮するわね」
「ただ、私は立てないので、挨拶はこのままで失礼しますよ」
「私はモードネス家のブラーニャと申します。さあ、お前も挨拶しなさい」
横にいた娘に促す。
この娘はこんなところで挨拶するのは初めてだったのだろう。どうしていいかわからず、もじもじしていたが、ぴょこんと頭を下げて叫ぶように声を上げた。
「サ、サーニャと申します」
「この子はここでは、私のーー孫娘ということになっています」
怪訝そうな様子の三人をチラッと見たブラーニャは楽しそうに声を掛ける。
「山登りでお疲れでしょう。どうぞ椅子にお掛け下さい。サーニャ、お茶を差し上げてちょうだい」
「はい、お婆さま」
この場を離れることが出来てホッとしたサーニャが、お茶の用意をし始めた。
皆の前にお茶を置き終わると、待ち切れなくなったデノーテが口火を切る。
「今日は、この北の国のモードネス家のことを知りたくて伺いました」
「南の国のモードネス家は北の国から来たとしか、私は聞かされておりませんでしたので」
「シャガルクさんから、北の国にモードネス家の本家の方がおられるとお聞きして、是非とも話を聞かせていただきたいと思ったのです」
「私の先祖が南の国へ移って行ったのは何故か、ご存じないでしょうか」
ブラーニャが少し辛そうな表情を見せた。
「そうだね。私にもそろそろお迎えが来そうだから、私が生きているうちに話しておいた方がいいかも知れないね」
「サーニャ、お前も知っておくといいよ」
「ところで、私は何歳くらいに見えるかい?」
「失礼ですが、四十歳後半かと」
「ハッ、やはりそう思うかね」
愉快そうに笑ったブラーニャが真面目な顔で皆を見回す。
「私が四百歳ーーと言うと信じるかい?」
前もってシャガルクから聞いてはいたが、皆は驚いて声が出なかった。
信じられないという顔をしている面々を得意そうに見回した後、ブラーニャは口を開いた。
「シャガルク、私がお前さんを取り上げたと言うのは、聞いたことがあるだろ」
「ああ、父や祖母もお産の時に婆さんに取り上げてもらったと聞いている」
「つまり、この国の王家の人間が生まれた時には、私がずっとお産に立ち合っていたんだよ」
皆はびっくりして、声が出なかった。
ーー人間って四百年も生きていられるものなのかしら?
「不思議じゃろ?これは精霊さまのお陰なんだ」
「最も今では、要らぬことをしてくれたと思っているけどね」
少し苦々し気に言う。
「精霊ですか?」
「先日、私たちは西の森で精霊に会いました。北の国には他にも精霊がいるのですか?」
それまで聞くだけだったマルセルがブラーニャに問いかけた。
ブラーニャはそれには答えず、逆に南の国のことを聞いてきた。
「お前たちの国ではどうなのだい?」
デノーテが説明を始めた。
「精霊の力を持った四人の聖女が生まれ、北の国が攻めて来た時、彼女たちの力で追い払い、最初の結界を張りました」
「それが約四百年前です」
「その四人の聖女はモードネス家、シバー家、シャンツ家、そしてシフォン家で生まれた娘たちでした」
「娘たちの功績により、これらの家は”四家”と呼ばれて王位継承権を与えられ、南の国を建国した後は、シャンツ家が最初の王家となりました」
「ちなみに、私はモードネス家に生まれ、シフォン家に嫁ぎました」
「マルセルはシバー家とシフォン家の血を引き継いでいます」
「そしてファーナは王家であるシャンツ家とシバー家の血を引き継いでいます」
「ほら、聞いたかい。私の言っていたことに違いは無いじゃないか。シャガルク」
ブラーニャが後ろにいたシャガルクを振り返って、得意気に声を上げた。
「お前は昔から私の言うことを信じない子だったからね」
「だってさ、婆ちゃん。人間が四百歳まで生きてるなんて信じる方がおかしいぜ」
「まあ、信じなかったのは、お前だけじゃなかったけどね。私は皆にそう言われながら四百年を生きてきたんだ」
「だが、私もそろそろ寿命が尽きるのかも知れない」
「我が家にいた精霊が最近姿を見せなくなってから、どんどんと老いを感じるようになってきているんだよ」
「あの峠の結界が広がった頃に、ここは住み難くなったとこぼしていたけど、どこに行ったのやら」
「今までも私のそばからいなくなることはあったが、長くても一日だった」
「彼がわたしのそばを離れると、止まっていた私の老いが急に走るように進み始めるのだよ」
そう言えば、出会ってまだ少ししか時が過ぎていないのに、会った時に比べて、ブラーニャの顔のしわが少し増えてきているようにも見える。
「ファーナ、ブラーニャさまがおっしゃったのは、あなたが結界を張り直した時のことよね?」
マルセルが他人事のように言うので、ファーナはムッとして声を上げる。
「あら、義母さまもいっしょにやった事じゃない!義母さまも同罪よ」
「あんたたちが結界が張り直したと言うのかい?そりゃあ大したものだ」
マルセルがその時のことを話し始めた。
「その時、峠で一人の精霊に会いました。彼から南の国から北の国へ出て行った精霊の話を聞いたのです」
「それが四百年前のことですから、出て行ったのは恐らく、あなたと一緒にいた精霊だと思います」
「峠で話を聞かせてくれた精霊も、今はこの北の国に来ているはずなのですが」
「そんな精霊には会ったことも、聞いたことも無いねぇ。知っているのは今の精霊だけだ」
「そうですか」
「私が初めて精霊に会ったのは、私がまだ三歳になったばかりの時だったよ」
そう言うと、ブラーニャは初めて精霊に出会った頃のことを話し始めた。
「叔父さんの家族や、知っている友達の家族たちが何故か突然いなくなったことがあってね。その時に私は精霊に出会ったんだ」
「ここまで長く生きている間に、精霊からいろいろ話を聞いて、あの当時のことは手に取るようにわかってはいたけどね。ずっとそれは精霊の作り話だと思っていた。彼はお調子者だったからね」
「あんたたちの話を聞いて、全て合点がいったよ。叔父さんたちは本当に南の国を造り上げていたんだね」
「我が家の父には時々は知らせがあったらしいが、峠の結界が出来てからは、とんと知らせが来なくなったらしい」
四家の聖女たちが北からの侵略者を追い払い、シャンツ家のファンドーラがシバー家のエステラの力を借りて峠の結界を張ったときのことを言っているのだと、三人は理解した。
「モードネス家には三人の息子がいたんだが、私は長男で村長だったギュンターの一人娘さ。次男がキャッツ、三男がエシュールだ」
「キャッツ叔父さんには仲の良い友達が三人いたよ。シャンツ家、シバー家、シフォン家の同い年の息子たちだった」
南の国の四家の名前が唐突にブラーニャの口から出てきたので、三人は緊張する。
「ただ、私の父さんは彼らのことが気に食わなかったらしい。自分の言うことより、次男の言うことを聞くものだからね」
「仕方なく、一番下の弟を自分の味方にしようとしたんだが、この叔父さんは”我が道を行く”態度だったから、父さんが怒って家族どころか、使用人の家族も皆、追い出してしまった」
「それだけじゃない。父さんはキャッツ叔父さんやその友達たちにも嫌がらせを始めたんだよ」




