西の森の精霊
北の国の南西に広がる西の森の入り口に、マルセルら、義母子三人の姿があった。
ファーナは久しぶりの母子だけのお出かけとあって、嬉しくて有頂天になっていた。
ファーナには三人の母がいる。
実の母のエレノア元王妃とデノーテ義母、それにファーナとたった一つしか違わないマルセルまでが今はファーナの義母になっている。
人の目があるときは女王としての威厳を忘れないファーナだったが、今日は周りには二人の義母しかいない。つい鼻歌が混じる。
そんなファーナを見ていたデノーテが肩を竦めてマルセルに目配せをし、二人でファーナを微笑ましく見つめるのだった。
二人にも久しぶりの親子水入らずの時間なのだ。
西の森に入ると、木々の隙間にちらちらと小さな光がホタルのように漂っているのが見えた。
「南の国ではとんと見かけなくなったけど、こちらにはまだ多くいるのね」
漂ってきた光がデノーテの差し出した手に触れると、パッと強く閃光を放って消えてしまった。
「あら、申し訳ないことをしたわ。つい、子供のころを思い出してしまって」
「お父さまに怒られたときには、気が晴れるまでこうやって光を消し回っていたものよ」
いつもは澄ました姿しか見せないデノーテが、子供のころはどんなにお転婆だったのだろうかと想像して、楽しくなったマルセルの目に一人の精霊の姿が見えた。
ーーあそこに少し大きめの精霊が見える。彼なら何か知っているかも知れないわね。
マルセルがその精霊に近寄り、語り掛けた。
「マルセルと言います。あなたたちの長と、お話がしたいのです。案内してもらえませんか」
急にマルセルがひとり言を言い始めたので、ファーナとデノーテは驚いた。
そばにいた精霊たちも、びっくりしたような顔になった。
「人間が私たちに口をきいたぞ」
問いかけられた精霊は、じっとマルセルを見つめていたが、ニヤッと口元が緩み、口を開いた。
「その代わりにーー」
まだ何も言わないうちにマルセルが約束をする。
「あなたが一番望んでいることを叶えてあげるわ。私なら出来るから」
それを聞いた精霊の顔が喜びで綻んだ。
「長の所につれていく」
そう言って背を向けると、まるで泳ぐようにふよふよと森の中に入って行った。
その後を追うマルセルに促されて、ファーナとデノーテも一緒について行く。
ファーナがマルセルに向かって口を開いた。
「義母さまは精霊と話せるの?」
「ええ、ファーナも峠の精霊と話せたじゃない。デノーテ義母さまだって、墓所の管理人と話してたでしょう」
「でもさっきは何も見えなかったし、聞こえなかったわ」
マルセルに出来ることが、なぜ自分には出来ないのか、ファーナは不思議だった。
「あなたの精霊の力のせいかも知れないわね。峠では私も一緒だったからかな」
「確かに私は力を貰うことしか出来ないけどーー」
そう言われても、諦めきれないファーナだった。
二人の話を聞いていたデノーテがファーナを慰めにかかる。
「精霊が見えて話せる人なんて、そうたくさんはいませんよ。私だって、今まで墓所の番人しか知らないもの」
「それに、彼は必要なこと以外はしゃべらなかったし」
デノーテの言葉に少し気の晴れたファーナは先導する精霊を見たいと、じっと目を凝らす。
それに気づいた精霊が、マルセルに耳打ちした。
「ねえ、あれ止めさせてくれない?うっとおしいんだけど」
マルセルが精霊が指差す方を見ると、ファーナがこちらを睨みつけているようにーー見える。
ーー流石にファーナね。
「少し、姿を見えるようにしてあげたら、彼女も気が済むと思うわ」
「年寄りたちと違って、俺たちにはそんな器用な真似は出来ないんだよ」
マルセルが笑って後ろを振り向き、ファーナに声をかけた。
「ファーナ、いくら目を凝らしても無駄なんだって」
「そんな器用なことは出来ないって言ってるわ」
「諦めてやって」
およそ一時間ほど歩くと小さな泉に着いた。
精霊は少し離れた所で動きを止めて、前方を指差した。
指差した先の泉のそばにある、水が湧き出している岩の洞の前に、もう一回り大きい精霊が座っていた。
「あの方が長なの?」
マルセルが聞くと、精霊はこくんと首を傾げ、右手を差し出した。
「ここまでありがとうございました。ではお礼を」
そう言うと、マルセルは差し出された手を軽く掴んだ。
すると精霊の身体が光に包まれ、しばらくするとその光は次第に小さくなり、マルセルの指先に小さな光の粒として残った。
「私のお守りになってくれると言うのですか?」
光の粒は二度三度点滅すると、指の中に吸い込まれていった。指先には小さな光が宿っている。
それを見ていたファーナは驚いて目を見開いていたが、マルセルが指差した方を見て、また驚いた。
小声でマルセルに囁く。
「あの精霊は私にも見えるわ。大きいわね」
「私にも」
デノーテにも見えたようだ。
マルセルは精霊の前まで歩いて行った。
気づいていても知らぬ顔をしている精霊の前で歩みを止め、マルセルは丁寧にカーテシーをする。
「私はマルセルと申します。今は、北の国の代王をしています。シバー家とシフォン家の血を継いでいます」
「あなたをここの長とお見受けします」
さすがに無視も出来なくなった精霊が、面倒臭そうに声を上げた。
「そういうことらしい」
マルセルはデノーテとファーナを横に呼び、精霊に紹介した。
「こちらは私の義母のデノーテ。モードネス家の生まれです」
「そしてこちらは私の義娘で、南の国の女王であるファーナです。彼女はシャンツ家とシバー家の血を継いでいます」
「ほう、お前たちは儂の兄弟に縁のある四家の子孫たちというわけか。ここまで来れたのにも納得がいった」
「で、そんなお前たちが儂に何の用だ」
相変わらず素っ気無い。
「湖の水を里まで引きたいのです。西の森に水路を通させていただけませんか」
「なぜ儂に許しを請わんといかんのだ」
「人間を森へ入れないようにしているのはあなたでしょう?」
「なぜそうだと思ったのだ?」
「森の入り口に結界がありました。あなたの置いた番人がいなければ、気づかず里に戻っていたかも知れません」
「番人がいるということは、通さないようにしているということでしょうから」
「番人が見えることが鍵になっているのだ」
そう言いながら、彼の目は鍵の役目をしているはずの精霊を探している。
「奴はどうした?お前たちを連れてきたのだろう?」
「あの方の望んだ所に送り届けました。代わりにこれをいただきました」
マルセルが精霊の前に人差し指を突き出すと、指の先が小さく点滅して光っている。
「どうやら鍵は開いたようだな。だから、お前たちはここに来られたという訳だ」
「おまけに奴は、お前たちの願いを叶えるよう、儂に嘆願しておるわ。無下には出来んな」
「確かに、あの結界は儂が作った」
「なぜでしょうか」
「それを語るには、少なくとも四百年前から語らねばならんがの」
「四百年前と言うとーーもしかして四人の聖女と関係がありますか」
「ふむ、そなたは聡いようだ。その通りだ」
長が遠くを見つめる目つきになる。
「元々精霊はこの西の森のここだけにおってのーー」
長が語り始めた。




