決心
東の村の秘密を知ってしまったファーナは彼らの動向を危惧していたが、何事も無く時は過ぎ、心配は杞憂に終わって、三つ子の娘たちが五歳の誕生日を迎えた。
今日は娘たちの聖女鑑定が行われることになっている。
国中が固唾を飲んで見守っている中で行われた聖女鑑定では、娘たちが小瓶に手を触れるか触れないうちに七色の光が舞い上がり、三人揃って”聖女の証”を持っていることを人々に知らしめた。
彼女たちがマルセルの力をも凌駕する精霊の力を持っていると知った人々は喜びを抑えきれず、夜を徹しての祝いが続いた。
それは何と言っても、北の国からの侵略を阻む結界が、この後数十年は安泰であることが約束されたようなものだからだ。
これまで国中を巡ったお忍び旅で、数々の奇跡を周囲に振り撒いて来た三人は、既に”聖女三姉妹”と呼ばれており、三人が”聖女の証”を得ることを疑う者は少なからずいたが、これでようやく確証に変わった。
自分の身に起きたことを踏まえたファーナ女王は、結果が出るまではわからないからと常に周りに言い聞かせていたが、娘たちの一人でも”聖女の証”を得られたなら、やろうと心に決めていたことがあった。
娘たちが三人とも”聖女の証”を持っていると鑑定されたとの報を受けたファーナ女王は、歓喜に沸き立つ国民を前にして呼びかけを行うことにした。
娘たちが”聖女の証”を持つと言うことは、モードネス家による王国が次の世代にも存続することを意味している。
しかもそれが三人もいるのだ。集まった人々は、次代もモードネス家が王国を存続すると宣言されるのだと思っていた。
だが、ファーナ女王の口から発せられた言葉は、彼らにとっては意外なものだった。
「王国は私の代で終わりとします。よって、四家が持っていた王位継承権は廃止とします」
実のところ、ファーナが女王になった時点でシフォン家とシャンツ家は王位継承権を失っていた。
今も王位継承権を維持しているのはシバー家とモードネス家だが、ファーナはモードネス家のデノーテの義娘ではあるが、シャンツ家とシバー家の血を引いている。
マルセルもモードネス家のデノーテの義娘だが、シフォン家とシバー家の血を引いている。そればかりか、今はファーナの義母にもなっている。
モードネス家の王位継承権は、デノーテの死後はアスクに頼るしかないが、”モードネス家の呪い”を考えると消えたも同然だった。残るシバー家のみが王位継承権を持つことになる。
マルセルが長女としてシバー家を継いでいれば、シバー家が王家になるのは間違いないが、マルセルは王位に全く興味は無かったし、まだ子供がいない。それにシバー家を継いでいるのは妹のチュールだった。
チュールはマルセルに引けを取らない精霊の力を持っていたが、細く長く糸のような使い方が得意だった彼女には、ファーナとマルセルが築いたような峠の結界を維持するだけの力を一度に引き出すことは出来なかったので、王位継承権を行使する意味が無かった。
「私はシバー家の治療院で人々を癒すことに努めますわ」
チュールはシバー家の王位継承権を喜んで手放した。
ファーナの意向を聞いたデノーテもすぐに了承した。
「”モードネス家の呪い”が解けないのでは、モードネス家にとって王位継承権など意味がないわ」
「ファーナのお陰で、初代の念願だったモードネス家の王が実現しただけで本望よ」
デノーテの言葉には、王位継承権の重圧から逃れることが出来る安堵の気持ちがあった。
「王位継承権の維持のために行っていた、”聖女の証”を持つ娘を探すことも不要となるので、今回で終わりとします」
この宣言を聞いた国民は驚いたが、ファーナが配布したお触書を読んで、さらに驚いて熱狂した。
そこには、精霊の力があろうと無かろうと、国民から選ばれた者たちで国を動かせるような仕組みを目指すと書いてあったのだ。
ファーナが女王になった時から、王室の中ではファーナの思いはすでに明言されていて、次の代を担う若者の教育が進められていた。
そしてそれは、今すぐに移行しても支障が出ないほどまでに進んでいた。
ファーナの宣言を聞いたマルセルは、すぐに王館を訪れ、ファーナの前に立った。
「ファーナ、あなたの思いを実現させる時が来ましたね。私もあなたの娘たちにあなたを任せて、北の国に向かおうと思います」
「私のために、ここまでマルセル義母さまの計画を遅らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、聖女を、しかも三人も生んでくれたファーナのお陰で、私は安心してあなたにこの国を任せて、心置きなく事を進めることが出来るようになりました」
「私がどう計画しようと、これまでの南の国の力ではどうにもならなかったと思いますから」
「この国だけでなく、北の国も救う機会をファーナが与えてくれたのですよ」
北の国は、実は大変なことになっているのじゃないかとマルセルは感じていた。
峠の結界を突破しようと試みる北の兵士たちの様子から、それが見て取れた。
ーー手遅れにならないうちに北の国へ向かいたい。今が好機だわ。
「これで心置きなく北の国へ向かうことが出来ます」
「決心が固いのですね」
「はい」
「南の国だけでなく、北の国のためにもよろしくお願いします」
ファーナが深々と頭を下げる。
マルセルもそれに合わせて頭を下げた。
「ご安心ください」
そこにジョセもやってきた。
「ファーナ、私も一緒に行くことにしたからな」
「本当ですか?」
やんちゃだったジョセを知ってるファーナが釘を刺す。
「ジョセ兄さま、マルセル義母さまの足を引っ張ることだけはしないようにお願いしますよ」
「私はもう、お前の兄のジョセじゃないからな。心配するな」
「そうでしたね。お義父さまでした」
笑っている三人の声を聞きつけたデノーテが三人の孫たちを連れて入ってきた。
「あらあら、私の子供たちが集まって、何の悪巧みの相談かしら?」
最近のデノーテは、孫たちに囲まれて、すっかりおばあちゃんになりきっている。
なので、難しいことは耳に入れまいと、マルセルは詳しくはデノーテに相談していなかった。
「あっ、お義母さま。私は北の国に行くことにしました」
「あら、一人で行くつもりなの?」
「いえ、私もいっしょに行きます」
ジョセが進み出て、デノーテに頭を下げる。
「そうなの?二人も子供がいなくなるなんて、寂しくなるわね」
今にも泣きそうな素振りを見せるので、ファーナがデノーテの肩を抱く。
「お義母さま、まだジャンヌお義姉さまも私も、おそばにいますでしょうに」
ファーナがそう言って慰める様子を見せると、デノーテがしれっとして答える。
「私には何人の孫がいると思う?八人よ!だからちっとも寂しくはないわよ」
「あっ、お義母さま、酷い!私に子供がいないのを知ってるのに!」
今度はマルセルが頬を脹らませて拗ねるのを見て、皆は大笑いした。
笑い声が収まると、マルセルがファーナの手を取った。
「ファーナ、一つお願いがあるの」
「あの”聖女の証”の検定に使っていた小瓶を、私に譲ってもらえないかしら?」
「あれはもう使わないと宣言しましたから、それはよろしいのですが、何のために?」
「あの小瓶の中には精霊がいるのよ。多分シフォン家の精霊じゃないかと思う」
「私の検定の時に、小瓶の中にいる精霊に話しかけられたことがあったの」
「あの小瓶は国にとって大切な物だったから、あの時は譲ってくれとは言えなかった。それに開けたらどうなるかわからなかったし」
「あなたが検定を止めると宣言してくれたお陰で、やっとあの精霊の願いを聞いてあげることが出来ると思ったの」
「そういうことなら喜んでお渡ししますわ」
「良かった。ありがとう。でもーー」
「北の国の件が片付くまでは、尖塔の石畳の上に置いててくれないかしら」
「迂闊に開けることは出来ないですものね。そのようにしておきます」
「お願いね」
マルセルはファーナの横でマルセルを見つめている娘たちの前にしゃがみ込んだ。
「あなたたち、ファーナとデノーテ義祖母さまのことをお願いね」
「わかりまちた。お任せくだしゃい」
「わかってるよ」
「まかせてー」
立ち上がったマルセルはジョセと並んでそこにいる皆を見回した。
「では皆さん、私たちは北の国に向かいます。後はよろしくお願いします」
二人は皆に頭を下げると部屋を出て行った。
「いよいよだな!」
廊下を歩くジョセの意気が上がっている。
その様子を見たマルセルが釘を刺す。
「長い旅になるかも知れないのよ」
「いや、今まで見たことの無い世界が見れると思うだけで、胸が昂るよ」
「そうね、それは私も同感だわ」
「さあ、準備で忙しくなるぞ」
「何を持っていくつもり?」
「父上秘蔵のワインと母上が好きだったソーセージは外せないな」
「駄目よ!このカバンに入るだけの本当に必要なものだけにしてね」
そう言って、マルセルがジョセに持っていたリュックを差し出した。
受け取ったリュックの中を確認したジョセが不平を漏らす。
「これじゃあ、着替え位しか入らないぞ」
「あなたがシフォン家にたどり着いた時に、何を持っていたか覚えている?」
急に忘れかけていたことを言い出されたジョセの顔が赤くなった。
「着の身着のままだった。アスクに会うことだけを考えていた」
「私たちも、北の国を治めている人に会うことだけを考えましょう」
「そうだな」
尖塔に戻った二人は遅くまで旅の準備を続けた。




