南の森
東の村からの旅は何事も無く順調に進み、もう少しでシフォン領に帰り着くというところで、最後の野営をすることにした。
そこは森の中で少し開けた場所で、中心に大きな石が座っている。
トールやジャンヌがこの森で狩りをするときに休憩に使う場所だった。
宿泊の準備をしていると、石の周りで遊んでいた三つ子たちが騒ぎ始めた。
「ねえ、おかあさま、あの木の所に行きたい」
「いきたい」
「いくー」
彼女らが指差した先には、南の国のどこからでも見ることが出来る、南の山の中腹にある大木があった。
「あそこかぁ。お嬢さん方、あそこには誰も行ったことが無いのですよ」
トールが頭を掻く。
「行ったことが無いと言うよりも、行けないと言った方が正しいのかな」
そう言って、彼は道のそばにある大きな石を指差した。
「ほら、ここに座るのに丁度いい石があるでしょう」
「この石を境にして、これ以上森の中には入れないのですよ。見ての通り、道もありませんし」
「その代わり、このままこの道を歩いていけば、間違いなくシフォン家の牧場の端に出ますよ」
「ジャンヌやマルセルさまもそうやってこの森を歩いているんです」
「道があるじゃない!行こうよ」
「来いって言ってるの!」
三人は南の山の方に行こうとせがむ。
「姫さま方、あそこに行く道は無いのですよ」
トールがそう言って宥めるが、三つ子たちはとうとう泣き始めた。
「困りましたね」
「少し歩いたら疲れて戻ろうとするでしょうから、トール、悪いけど付き合ってやってくれる?」
「承知しました」
「シェーン、すまないけど後を頼むよ」
「わかったわ。じゃ、帰りはあっちからになるわね」
シェーンが指差したのはシフォン家の牧場に続く道だ。
「ああ、多分そうなるね」
トールは泣いている三つ子たちの前にしゃがみ込み、笑顔で問いかける。
「お嬢さん方、どっちに行けばよろしいのですか?」
三つ子たちは喜んで歩きだしたが、その方向には道は見えない。
ファーナが慌てて止めようとする。
「そこはもう藪よ」
「道が有るもん。見えるもん」
三つ子たちは気にもかけず、どんどん藪の中に入って行く。ファーナとトールも仕方なく後をついていく。
藪の中に入ったと思ったファーナだったが、普通に歩けるので驚いた。
「不思議ね。草や木が身体に当たらないわ」
しばらくすると坂道になり、そこを登って行くと大きな樹の下に出た。これが南の国から見える大樹に違いない。
そこからは、屏風のような山脈に囲まれた南の国の四つの丘が見えた。
眼下には湖が左右に広がり、山裾の森がさらにそれを囲んでいる。右の方には東の村の屋根らしきものも見える。
大樹のそばに走り寄った三つ子たちは、しばらく木の幹に耳を当てていたが、納得したように木から離れて、今度は山を下りようとせがんできた。
「何か聞こえたの?」
「前に森に来た子と間違えたんだって」
「懐かしかっただけで、人に会うつもりは無かったって」
「懐かしかった?どういうことかしら」
「知らない。帰れって言われた」
そう言うと、三人は駆け出した。
「はてさて、お嬢さん方はここで何がしたかったのですかな?」
トールが慌てて追いかける。
下る途中で、道はこっちだと三つ子たちが言って指差す方向に道が見えた。
来るときにはそんな道は無かったはずだ。
不思議に思ったが、三つ子たちについていくと、突然二台の馬車が目の前に現れた。
急に皆が藪から現れたので、馬車のそばに立っていたシェーンが驚いて護身用の剣に手を掛けた。
現れたのがファーナたちだとわかると、シェーンは剣を収め、笑いかけた。
「あら、皆さん、そんなところからどうされたのですか」
「変だな。森から出て来る場所はシフォン家の牧場の端のはずなのだが」
トールがキツネに化かされたような顔をする。
「お爺さんがこっちから帰れって言ったの」
「うん、言った」
「いったー」
ファーナは小さい時にお城の書庫で読んだことのある、南の森の伝説が頭をよぎった。
ーーもしかしてこの子たち、伝説にある南の森の精霊と話をしたのかしら。
シバー家のチュールさんも精霊に会ったって言っていたし、マルセル義母さまといっしょに峠で出会った人も精霊だと言っていたわね。
モードネス家の墓所の管理人もそうだし、シフォン家の尖塔にもその気配があるとマルセル義母さまは言っていた。
もし、全部が精霊なら、五人はいるということなのかしら。
ファーナからその話を聞いたジャンヌも南の森にある、腰を掛けるのに丁度いい石を思い出した。
「そう言えば、あの石の先に道が有るって、マルセルも小さい時に言ってたわね」
「私たちは、あの石が牧場と南の森の境界で、あそこから先には行けないものだと思っていたけど、精霊がいるのかしら」
「いずれにしても、まだ姿を現すつもりは無いってことがわかったから、しばらく放っておこうと思うのです」
東の村の正体がわかったことで、シフォン領の南の森の関所は人を増やして守りを固めた。
東の村で彼らの秘密を知った時には、子供たちを守ることを一番にして逃げ帰ってきたが、よくよく考えてみると、あそこにはもう南の国に反旗を翻せるだけの力は無い。
当時の首謀者たちはすでに隠居をする歳になっている。その子供たちがどう思っているかはわからないが。
ジェクトンの息子も、一度はファーナを暗殺しようとした。
若者たちの中には、まだシャンツ家の血を引くファーナの王制を苦々しく思っている者もいるかも知れない。
だがシフォン領に定期市を移したことで、今の南の国の情勢が少しはわかってきているはずだーー考えも変わるかもしれないーー特に若い連中は。
当事者がいなくなるのを待つのが、時間はかかるが平和的な解決になるーーまだ手は出さないでおこうとファーナは決めた。




