東の村
市が終わるまで待って、片づけをアスカに任せて東の村に向かうダルウィンの馬車の後から、ファーナたちも東の村に向かった。
お世辞にも道とは言えない獣道に近い、馬車を通すのがやっとの狭く曲がりくねった道を、茂った木々の枝を切り払いながら、馬車が通せない所では湖の浅瀬に仮橋を掛けて渡り、少しづつ進んで行った。
そしてようやく十日目の昼前に東の村の入り口が見えてきた。
「道がもっと良ければ、五日も掛からないと思うのですがね。道を広げてやろうかと持ち掛けても、村の古老たちが渋るのですよ」
「何故なんでしょう?荷車が通せたら自分たちも便利になるでしょうに」
「シフォン領に市が移ってから、噂を聞いた若者たちがやって来始めましたが、彼らは歩いて来ているようです。歩ける道があればいいと、気にも留めていないようです」
以前は南の国でも似たようなものだったが、ファーナと三つ子が国中を巡ったことで、それを迎える村々が道の整備を自ら進めた結果、南の国の道路事情は格段に良くなっている。
ーーそんな情報は入って来ないのかしら?それとも、何か道を広げたくない事情でもあるのかな?
ダルウィンは村の入り口に近い一軒の家の前で馬車を停めた。
「少々お待ちください」
そう言うと、その家に近づき、扉を叩く。
「エルナ、俺だ。ダルウィンだ」
扉が開いて、娘が顔を出した。
「あら、ダルウィンさん、いらっしゃい」
「やあ、久しぶりだね。実は今日はーー」
娘がダルウィンの後ろにいるファーナたちに気がついた。
「あら、そちらの方たちは?」
「南の国の女ーーいや、家族旅行の引率を頼まれたんだーー」
そしてエルナの耳元で囁く。
「大金持ちなんだよ」
エルナはじっとファーナを見つめていたが、扉を大きく開いた。
「私はエルナと申します。狭くて申し訳ありませんが、お入りください」
「お忙しいのにすみません。お忍びの旅なので、名のりは伏させてください」
子供たちをトールに任せたファーナがダルウィンと一緒に家の中に入って行った。
「お茶を用意しますね。お掛けになってお待ちください」
お茶を入れたカップをテーブルの上に置くと、エルナは自分も椅子に腰かけた。
「それで今日は何のご用事かしら?」
そう言って髪に手をやる仕草をしたエルナの髪飾りが、ダンスを踊るように光っているのにファーナは気がついた。
ダルウィンも気づいたらしい。
「おい、エルナ、その髪飾り、今日はえらく綺麗に光っているじゃないか」
「えっ?そうなの?」
「ああ、まるで七色の光がダンスを踊っているみたいだ」
「エルナさん、もしかしてあなた、”聖女の証”をお持ちなのでは?」
ファーナがエルナに問いかけた。
それを聞いたダルウィンが意気込んで、エルナに向かって得意気に言った。
「そら見ろ!俺が言った通りだろう!」
またかとうんざりした様子でエルナが返す。
「だから、それは前にも言ったじゃないの。これは小さい時に湖で拾った石なんだって」
「でもおかしいねぇ。今までボゥと光ることはあっても、ダンスを踊るように光ったことは一度も無かったよ」
その言葉にファーナは慌てた。
ーー”聖女の証”を調べる小瓶と同じ力をあの石が持っているのかな?もしそうなら、私の持つ”聖女の証”がそうさせているのかも。
ーー困ったわね。私の素性が知られてしまうかも知れないわ。
焦ったファーナは話を変えた。
「ところでエルナさんはここで何をしていらっしゃるの?」
「こいつはね、若い女のくせに、この村の村長なんですよ。だから一応、挨拶しておこうと思ったのですが」
また、ダルウィンが先に口を出す。
エルナの顔がうんざりした表情に戻る。
「この石が光るもんだから、聖女なんて言われて困っているのよ」
「村長と言っても、ただのお飾りだし」
「だけどお前、殺されかけたこともあっただろう」
「小さい時のこと?あんたのお父さんに助けられたらしいね。覚えてないけど」
「その時は俺も一緒にいたんだよ。それにーー」
「ついこの間も湖に落とされただろう」
「んー、私を嫌っている人がいるみたいだよね」
「あの時も丁度俺が通りかかって見ていたから助けることが出来たんだ」
「そうだったね。感謝してるよ」
「だから、こんな危ない所にいるよりは、俺と一緒に海の国に行こうって言ってるじゃないか」
「それって、プロポーズ?」
ダルウインを見つめて、サラッと返してくるエルナの顔をダルウインはまともに見れない。
赤くなり、横を向いて声を絞り出した。
「だったらどうだと言うんだッ」
「んー、考えとく」
ダルウィンは、またかよと言うように頭をかく。
ファーナはこの娘の身の上が気になった。
「何か、嫌われるわけがあるのですか」
「たぶん、この石のせいじゃないかね」
「この石の?」
「不吉なんだってさ」
エルナが身に着けると光る石なら、珍しがることはあっても、それを光らせた人間を殺そうと言うのは変だ。
余程の訳がありそうだとファーナは思った。
「この村の年寄り連中は南の国が嫌いみたいだよ。それに私が南の国から流れて来た者らしいから」
エルナが捨て鉢に言う。
「南の国からーーですか?」
「南の国へは、この湖を舟を使えば湖沿いの道を行くよりも遥かに早く行けるはずなんですよ」
またダルウィンが口を挟み始める。
「少なくとも、十日が三日になると思うんです。地形で見る限り、真っ直ぐシフォン領を目指したら、風向きによっては一日でも可能じゃないかと」
「ところが、こちらからは舟が出せないんです。必ず戻って来てしまう」
「岸伝いに陸を進むしかないのです。そんな訳で東の村の連中は舟を持ちません」
「だから、湖で東の村に知らない人間が流れ着いたとしたら、それは南の国から来たとしか考えられないのです」
「こいつも湖で漂っているところを助けられましたからね」
「だから、こいつが南の国の人間なのは間違いないんです」
「しかも助けられた時には、手にこの石を握り締めていて、こいつが持つときだけ、この石は光るんですよ」
「南の国の”聖女の証”を知っている人なら、誰が考えても彼女は”聖女”ですよね」
「そうなると、彼女が南の国の聖女だと言うことが問題でしてーー」
「聖女と言えば南の国の四家のいずれかの血筋ということになりますよね」
「それだったら、南の国でも大騒ぎになっているはずよね?」
ファーナが疑問を持って言う。
「そこなんです。王都の市に行く度にそれとなく聞いてみたのですが、誰も行方不明になった聖女なんて知りませんでした」
「東の村の連中にその話をしてからは、不穏な動きは少なくなりましたが、私は心配でね」
「ここを離れて海の国へ行こうと、ずっと言い続けているんですが、言うことを聞かないんですよ」
「そのうち、あの副村長の男に殺されるぞ。薄暗かったけれど、お前が湖に落とされた現場から逃げた連中の中に、あの男がいたのを俺は見てる」
「見間違いよ。ジェクトンさんはそんな人じゃないわ。あの人は聖職者なのよ」
ーージェクトン?
南の国でジェクトンと言えば、モードネス家を王家にするために”聖女の証”鑑定で多額のお金を集めた男だった。
ウイルドン家を襲った中に彼がいたという噂もあった。
罪のないウイルドン家を襲って皆殺しにした連中の一人がこの東の村にいるのかと思うと、ファーナは胸の高鳴りを抑えられなかった。
試しに別の名を挙げて、エルナの反応を見ることにした。宰相の地位を欲しがっていた、あの事件の張本人の名だ。
「ジェクトンさん?確か、南の国でも同じような名前の人がいたらしくてーーダスクなんて悪友達がいたって噂を聞いたような」
「いるわよ。上から目線でいけ好かない奴だけどね」
間違いないと確信したファーナが、気まぐれが当たったのかと驚いたような顔をして、もう一人の名を挙げる。
「聞いた話だと彼らは三人組でね、もう一人は確かシャリオンとーー」
「いるわよ。村の会計をしてるわ」
エルナがあっさりと言う。
「あらぁ、あの人たち、東の村の人だったのね。遊び好きで有名だったらしいわよ」
平静を装って、お道化たようにファーナが言う。
シャリオンが姿を消したとき、国庫からかなりの金を持ち出していたことが後にわかっている。
グーテ王がなかなか国内を掌握できなかった原因の一つがそれだ。
偶然にも、宰相家のウイルドン家を襲撃した主犯格である三人の名前が、この東の村で確認できた。
事件当時は、先代の王妃の精霊の力が失われかけていたときで、北の国との境の峠の結界が綻びかけていた。
三人が都から消えた時、家族ごと峠の結界を潜り抜けて北の国へ逃げたのだろうと噂されていた。
北の国は多くの南の国の人々の故郷だったからだ。
ーー彼らは南の森に逃げ込んでいたのね。そして東の村を造ったに違いないわ。
ーーだからここまでの道が、南の国から入り難いようにしてあるのね。
ーーそれがわかった以上、何の準備も無い今は、長居は無用だわ。
ファーナはダルウインに向き直り、さも残念そうに言った。
「ダルウィンさん、私、大事な商談があったのを思い出したの」
「折角連れて来てもらったけど、これから急いで帰ることにするわ」
「そうですか?残念ですな」
自分の方がボロを出すんじゃないかと気が気でなかったダルウィンがホッとしたように答えた。
「突然来て、すぐに帰ることにしてごめんなさい。またお会いしましょう」
何が何だかわからないエルナとダルウィンを残して、ファーナは馬車に向かった。
馬車にはトールとその家族がファーナの子供たちを守っていた。
「トール、帰るわよ」
「えっ、急ですな」
何かがあったのだろうと察したトールはすぐに旅立ちの準備をして、一行は東の村を出て行った。
シフォン領にほど近い所まで戻ると、キャンプの準備をしていたトールのそばにファーナが立った。
「トール、まず謝ります」
そう言って、ファーナがトールに頭を深く下げる。
「女王さま、冗談でもそんなことはしないでください」
ファーナを支えようとしたトールだったが、ファーナの声にその手が止まる。
「私はあなたを信じ切れませんでした」
「女王さま?」
「東の村は、シャンツ家に反旗を翻してウイルドン家を襲撃した者たちの隠れ里でした」
「えっ?」
ファーナはエルナの家で知ったことをトールに話した。
「あそこで貴方がそれを知ったら、昔の仲間のところに戻るんじゃないかとーー」
「そうなると、三人の娘はどうなるのかと考えたら、一刻も早く東の村から離れるしかないと思ったのです」
「なるほど、そう言うことですか。」
トールは大きな息を一つ吐く。
「ごめんなさい。何年も一緒に過ごしてきたのに信じ切れなくて」
「女王さま、それは仕方が無いことですよ。世間にはパン一つのために十年来の友人を裏切った話がたくさんありますからね」
「ですが、それを知った以上、どうされるおつもりですか?」
「まずはシフォン家に設けた関所をもっと厳重にします」
「東の村については、今のところ問題も無さそうなので、しばらく様子を見たいと思いますがーー」
「一番被害の大きかったウィルドン家がどう思っているか聞いてから、対策を練りましょう。トールも参加してください」
「承知しました」
王都に戻ったファーナは、さっそくシャークとジャンヌを呼び出し、二人に東の村のことを伝えた。
「女王さま、それで私に何をしろと?」
怒りを表すかと思われたシャークだったが、意外にも冷静だった。
シャークにとっては遠縁の一族に起きた出来事であり、今のウイルドン家が存続しているのはジャンヌの功績以外の何ものでもない。
敵意とかは微塵も無かった。
それを見たジャンヌも、きつい目つきで問う。
「ウイルドン家に弔い合戦をしろとおっしゃりたいのですか?」
「このことが公になれば、そう言わざるを得ないかも知れません」
「ですが、このことはまだ私の胸の中だけに収めておきたいのです。--時が来るまでは」
「ただ、一番の当事者であるあなた方には知っておいてもらいたかったのです」
「あなた方が、すぐにでも討伐をーーと言うのであれば、私はここで、今は国として動くことは出来ないとあなた方に謝罪し、時が来るまで秘密を守るようお願いするしかありません」
頭を下げようとするファーナを押し留めて、シャークが口を開く。
「女王さま、先王の時代に起きたことは悲惨なことでしたが、女王さまとジャンヌのお陰でウイルドン家の名誉は前以上に回復しました」
「今はジャンヌと共に前を見て進むことにしております」
「この件についてはあなたの考えに私どもは従います」
「ありがとう。感謝します」
ほっとしたファーナがジャンヌのそばに近寄り、囁く。
「でもね、義姉さま、あの村に彼らがいると確信したときは、本当に怖かったのよ」
「何も言わずにすぐ引き返したものだから、トールにも迷惑をかけてしまって」
「考えてみれば、最初はジャンヌ義姉さまたちと旅行するはずだったわよね」
「もしあの時、東の村の住人がウイルドン家を襲った連中だとシャークが知ったら、彼はどうしたでしょうね?」
「ウイルドン家のためになろうと頑張っていますから、ひと騒動起きたかも知れませんね」
「そうなの!だから、彼がいなくてーー怪我をしたのは可哀そうだけど、幸いだったわ!」
ーーシャークの怪我は起こるべくして起きたのかも知れないわね。誰の加護だったのかしら?
考えていたジャンヌにファーナが話しかける。
「ジャンヌ義姉さま、実は帰る途中、南の森で不思議なことがあったのよ」




