南の森の関所
シフォン家を後にしたファーナたちは、シフォン領と南の森の間に設けられた関所に向かっていた。
シャンツ家から送り出した兵士たちが守っている関所に行き、彼らを労うつもりなのだ。
アスクから聞いていたように、関所に向かう途中の広場では、定期市を開く準備がされていた。
まだ準備中だというのに、多くの人が広場に集まって、お祭り騒ぎをしている。それだけ待ち望んでいる市なのだ。
ファーナも定期市を王都で見たことがあるが、シフォン家にその場所を移してからは訪れたことが無い。
ちょうどいい機会なので娘たちにも見せておきたいと思ったファーナは、後で定期市にも立ち寄ることにした。
関所に到着すると、そこでは守備兵全員が集まって、ファーナたちを待ち受けていた。
荷馬車から降りて来たファーナの前に関所の守備隊長が近づいて来て、深く頭を下げる。
「ファーナさま、よくおいで下さいました」
「皆も関所を守ってくれてありがとう。礼を言います」
そう言って、前に並ぶ兵士たちに頭を下げる。兵士たちも咄嗟に何度も頭を下げる。
「関所の近くの湖の畔にテントを張る場所を作りました。あそこなら警備も万全ですのでご安心ください」
「今回は一個人としての旅なので、あまり畏まらないようにしてくださいね」
「それでは最初に、関所の状況について手短に報告をさせていただきましょう」
関所を出入りした者の記録を見ながら警備隊長が報告する。
「普段からこの関所は全く平穏でして、この関所を通る者は海の国の商人たちだけです」
「今日は定期市が開かれるので、関所の出入りには特に気を配っているのですが、今のところ問題はないようです」
「定期市には他所からこちらに入ってくる者がいるのですか?」
「海の国の商人たちが何組か増えます。それから東の村の住人ですかな」
「東の村?そんな村があるのですか?東は深い森だったと聞いていますが?」
「商人たちから聞く話では、もうずいぶん前から、あそこに住み着いた者がいるようです」
「定期市はこれまで王都で開かれていましたから、彼らが市に来ることはまず無かったようですが、市がシフォン領に移ってからは、市が開かれる日には顔を見るようになりました」
「中には、ずいぶん前に王都で見かけた者も何人かおるようですな」
「王都で?」
「年寄り共ですよ。隠居して生まれ故郷の東の村に帰った者たちでしょう」
「そうですか。今後も警備をよろしくお願いします」
湖の畔で宿泊の準備をしていると、一人の男が警備隊長に連れられてきた。
少し離れた所に男を待たせると、警備隊長がファーナの前まで歩いてきた。
「ファーナさま、あいつはデノーテさまの私兵の隊長です。ファーナさまにお会いしたいと申しておるのですが」
そう言って、男の方を指差す。
関所を守るデノーテの私兵と言えば、ファーナの命を狙った男の家系のはずだ。
また命を狙いに来たのかと身構えたファーナだったが、気を取り直して隊長に言った。
「会いましょう。連れて来なさい」
今回の旅行はトールが護衛として一緒だったので、ファーナはトールに声をかけ、そばに立たせた。
警備隊長が男に近づいて何か言うと、男は持っていた剣を外して警備隊長に預け、着ていた鎧を脱ぎ始めた。
敵意の無いことを示そうとしているのだ。
薄い衣類一枚になると、数歩前までファーナに近づき、跪いて頭を下げた。
「お前は?」
「以前、ファーナさまを暗殺しようと試みたーージェクトンの息子です」
頭を下げたままで答えた。
「ああ、あの時の」
あの間の抜けた刺客かと、つい口元が緩む。
「本来なら処刑されていてもおかしくないところ、こうして家族共々生きる道を与えてくだされたこと、感謝に堪えません」
そう言って片膝をつくと、地に当たるほど頭を下げる。
「それをお伝えしたくて参りました」
「それはーーデノーテ義母さまの計らいであって、私が感謝される謂れはーー」
「それとーー」
ファーナが言い終わらぬうちに、男が続ける。
「ん?」
「東の村の者たちの中に、私の見知っている者が何名かおります。ご用心を」
それ以上は何も言わなかった。
「わかった。忠告、感謝する」
それを聞くと男は立ち上がり、警備隊長と一緒に去って行った。
彼らの姿が見えなくなると、トールがファーナに問いかけてきた。
「奴は、反ウイルドン派の者たちのことを言っているのでしょうか?あの騒動の後、何家族かが王都からいなくなったとは聞いておりましたが」
「お陰で、仲間であったはずの我がコンドルセ家は都に残されて、そのとばっちりを受けました」
苦々し気に吐き捨てるトールの横顔をファーナは見ていた。
「ここに関所を設けたのは間違いでは無かったわね」
ファーナはしばらく考え込んでいたが、トールの方に振り向き、聞いてきた。
「東の村まで足を延ばしてみたいのだけど、トールはどう思う?」
「奴の忠告を聞いた以上、女子供の多いこの人数では、不安が大きいですな」
確かに、一度王都に戻り、改めて出直した方が良いように思える。
しかも東の村は自分の国ではない。北の国からの侵略に頭を悩ませているときに、同じようなことを東の村にやろうとするのも憚られる。
「そうよね。まずは定期市を楽しんで、その後どうするか考えましょう」
市に行くと、若い商人が指図して荷を広げていた。
ファーナに気がつくと、近寄ってきてファーナの前に跪いた。
王都で話をしたことのある、ダルウィンだった。
「お久しぶりです。ファーナ女王さま、今日はこちらへ何のご用事で?」
「市を見学に来ました。私の娘たちと一緒に」
「話もいろいろ聞きたいし」
ダルウィンはファーナのそばに立っている三人の娘の前に跪くと丁寧に挨拶した。
「初めまして、お嬢さま方。私はサンクス商会のダルウィンと申します」
「ヨナでちゅ」
「ミーナ」
「カナです」
三人が可愛くカーテシーをする。
「これはこれは」
ダルウィンが改めて深くお辞儀をする。
「母さま、早く見たい」
「おや、気がつきませんで。おい、アスカ!」
ダルウィンがそばにいた娘に声を掛けた。
「何よ、兄さん」
「こいつは私の妹でアスカと言います。商人の腕は私以上でしてーー」
「何の用?私、忙しいんだけど」
「この娘さんたちに市を見せてあげてくれないか」
アスカがファーナたち四人をジロジロと眺める。
「ふーん、引き受けた方がいいみたいだね。ちょっと待ってておくれ」
ニヤッと笑って、近くにいた男のそばに駆け寄ると、手早く仕事の指図をして戻ってきた。
「じゃ、お嬢ちゃん方、私についておいで」
そう言うと、その場にファーナとトールを残し、三つ子たちとトールの家族を引き連れて、市の中に紛れて言った。
不安げに娘たちを見送っているファーナを見たダルウィンが声をかける。
「ご安心ください。彼女がついていれば大丈夫ですよ」
「女王さま、私の過ちで貴国に足を踏み入れることは叶わなくなったと思っておりましたが、寛大なご処置でこうして商売を続けることが出来ることを感謝しております」
「お父上はどうなされている?」
「隠居というわけでもないですが、あの妹がいるだけで、父や私のやるべき仕事は無くなりました」
そう言って、ダルウィンは寂しげに笑う。
「南の国での市も今回限りで、妹と交代します」
「では、あなたはどうするのですか?」
「地元の海の国と東の村を巡ることになりました。この市が終われば、後は妹に任せて東の村に移動する予定です」
ファーナはしばらく考えていたが、ダルウィンに話しかけた。
「一緒に東の村まで行っても構わないだろうか。東の村が見てみたい」
「あそこは我が国とは言えないので、立場上、お忍びでということになるけど、あなたの迷惑にならないようなら」
「私は別に構いませんがーー何か目的がお有りなら、私には秘密にしておいてください」
「私はーーご存じのように、おしゃべりですので」
ダルウィンの顔が卑屈気に笑いを見せる。
「わかった。では、金持ちの親子の道楽旅行に付き合って、仕方なく引率してきたとしておいてくれまいか」
「それ位なら私でも務まりましょうーーえっと」
「金持ちの親子のーー」
ダルウィンが暗唱を始める。
それを聞いたファーナとトールが目を合わせて肩を竦めた。
「よろしいのですか?少々危なっかしいのですが」
トールが不安そうにファーナの耳元で囁く。
ファーナも同じ思いだったが、トールの背中をポンと叩いた。
「気楽に行きましょう。東の村がどんな所か確認するだけよ」
「帰ってくるまで二十日はかかるらしいから、旅の準備をお願いするわ」
「関所の隊長に、シフォン家のマルセル義母さまにもこのことを伝えるように言っておいて」
「わかりました。ですが、護衛を何人か連れていかなくてよろしいのですか?」
「金持ちの親子の道楽旅行に護衛はおかしいでしょう」
「そうは言いましても」
「大丈夫、何かあればすぐ戻るようにするから。そう出来るようにしておいてちょうだい」
「それはまた、気が休まらない旅になりそうですな」
「あくまでも、金持ちののんびり旅行よ。楽しみましょう」
「こっちは身が細る思いですよ」




