表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
未来の始まり
PR
82/101

ジュナのもてなし

 自分の部屋に戻ったジュナは、アスクから手渡されたノートを開いた。

 読み進めてみると、ファーナがシフォン家でどう過ごしたのか、その有様が目に見えるようだった。


ーーシフォン家が賑わっているのは、マーサさんや、エストールさん、タンカさんという優秀な方が居られたからに間違いないわ。

ーーそこにマルセルさんやジャンヌさんが加わって、ファーナ女王との間に、このノートにあるようなことがあったのね。


 その夜、ジュナの部屋の明かりが遅くまで消えなかった。

 机の上にはレシピが書かれた紙がうず高く積まれ、その山に埋もれたジュナが、もてなしの献立を考えていたーーのだが、行き詰ってしまっていた。

 ジュナはもう一度二冊のノートに目を向けた。

 シフォン家はここでもてなした内容を全て記録に残している。

 だから小さいファーナがエレノア王妃と一緒に訪れた日の記録もちゃんと残っていた。

 机の上のメニューと書いてある紙切れには、提供する予定の料理の名前が書かれていて、赤いチェックが付けられているものがある。

 ジュナがレシピを決めた料理だ。

 その中に、まだレシピを決めていない、チェックのついてない料理が三つあった。

 アスクから先方の要望だと聞かされた、ワインとミルクティーとオムレツだ。

 ワインはほぼ決めている。

 ファーナはまだ幼児だったので、ワインの味は知らないはずだ。母のエレノアから美味しいと聞いていたのだと思われる。

 ジュナは今のシフォン家に残っている当時の年代物の中から、味の良いものを探し出すことにしている。

 ミルクティーはファーナがシフォン家で最初に飲んだ飲み物で、オムレツは幼かったファーナのためにジャンヌとマルセルが用意したとノートには書かれていた。

 ミルクティーは、ジャンヌが尖塔の畑で育てた茶葉を使い、マッケン爺さんの牧場の牛のミルクを入れたはずだ。

 ジャンヌがマルセルのために作り続けてきたものだろうと想像できた。

 今でもシフォン家では、客から”午前のミルクティー”と注文があれば提供しているので、茶葉もミルクもまだ手に入る。

 ジャンヌが入れたお茶と同じように入れるのはジュナには自信があった。

 メイド学園で修業したとき、ジャンヌと向かい合い、何度もお茶を入れ合って、互いの味を確かめ合ったことがあったからだ。

 最後にはジャンヌにも褒められたが、自分でもジャンヌと肩を並べることが出来ていると自負している。


 問題はオムレツだ。

 ノートにあるレシピでは特に変わったことはしていない。あるとすれば、作っている横でマルセルが「おいしくなれ」と念じていたことだけだ。

 マルセルが”聖女の証”を持っているからと言って、そんなことで味が変わるものだろうか?

 マルセルがいくら「おいしくなれ」と言ったとしても、それを出された客には言わない限りわからないはずだ。

 故エレノア女王も、美味しいと言った後で、マルセルのことをジャンヌから聞いている。

 マルセルの”聖女の証”の力が本当にオムレツを美味しくしたのなら、どう頑張ってもジュナには作れない。

 ジュナは悩んだ。


 翌日、尖塔にマルセルがいることを知ったジュナは意を決して尖塔に向かった。


「あら、ジュナ どうしたの?久しぶりね」

「今日はお願いがあって参りました」

「あら、どんなこと?」

「オムレツの作り方を教えていただきたいのです」

「えっ?私、お料理は余り得意じゃないよ」


 ジュナはオムレツについて、自分の考えをマルセルに話した。

 ジュナの話が終わると、じっと聞いていたマルセルが口を開いた。


「ジュナ、それであなたは何がしたいのかな?」

「えっ?」


 思いも掛けない問い掛けにジュナは狼狽えた。


「私とジャンヌ義姉さまがやったことの、真似事がしたいわけ?」

「そんな!私はファーナさまのご要望を叶えて差し上げたいだけです」

「ファーナがシフォン家に来たのは何歳の時だと思っているの?それにその時は、私もファーナより歳が一つ上だっただけよ」

「そんな私が、今のあなたより料理が上手だったと思う?」

「…」

「またあのオムレツが食べたいとファーナが言ったとしても、ファーナの想い描いているオムレツは、もう誰にも作れないと思うわ」

「何事も、一期一会なのよ」

「それ、何ですか?」

「あ、ごめんね。二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いだと言うことよ」

「ファーナも利口だから、そこはわかっていると思うわ。だから敢えて要望を出したと言うことはーー」

「娘たちにも一生に一度の出会いをさせて欲しいと言うことなんじゃないかしら?」


 ジュナの顔が、納得はできるけど、どうすればいいかわからないという顔つきに変わった。

 それを見たマルセルが思い出したようにしゃべり始めた。


「そう言えば、私にも覚えていることはあるの」

「ジャンヌがあのオムレツをどうやって作ったか、そばで見ていたから」

「今からやって見せてあげるわ。ジャンヌほど上手じゃないから、後はあなたが工夫してね」


 マルセルはカストに使いをやり、生みたての卵を持ってこさせた。


「よう、マルセルーーさま、うちの卵をご所望とは珍しいこともあるもんだーーですな」

「カスト、今日はあなたに美味しいオムレツをたくさん食べさせてあげるわ。そこに座って待ってて」

「おー、そりゃあ、汗をかきながら卵を運んできた甲斐があったというものだな」


 マルセルはジュナにオムレツを作るところを見せた。

 オムレツの上をへらで軽く叩いて固さを見る。


「ジャンヌはね、これくらいで取り出していたわ。お皿を取ってちょうだい」


 出来たオムレツを皿の上に載せると、ナイフを取り出した。


「それで、この上をナイフですーっとーーあら、もう固まっているわね。次はもう少し早く火から下ろしましょう」


 そう言うと、カストの前にオムレツの皿を置く。


「カスト、これ食べていいわよ」

「ジュナ、今度はあなたが今見た通りにやってみて。でもさっきより少し早目に火から下ろすのよ」

「今度はどうかしら?あら、まだ生のままね。カスト、次が出来たわよ。食べてね」

「マルセルさま、今度はもう少しだけ長く火の上に置いてみますね」

「そうしてみて」

「これでどうでしょうか?」

「あら、ちょうどいい具合じゃない?食べてみましょう」

「フワフワ、トロトロ、ちょうどいいみたいですね」

「そうね、もう一度同じようにやってみて。そうだ、火に掛けている間、数を数えるといいんじゃない?」

「やってみます」

「ーー19,20 はい、出来ました」


 二人が真剣な顔つきでオムレツをナイフで割る。


「さっきと同じになったわね」

「はい、でも私はもう少し柔らかくしたいです」

「じゃ、やってみましょう。カスト、はい」

「ーー18,19」

「どうでしょうか?」

「さっきよりもっとフワフワ、トロトロになったわ」

「では、これが毎回同じように出来るか、やってみます」

「カスト、食べて」

「ーー18,19」

「いいようね。カスト、食べてちょうだい」

「ーー18,19」

「変わりないようね。カスト!」

「おい、もう勘弁してくれよ」

「ジュナ、これは私とジャンヌの作ったオムレツの真似なんかじゃない、あなたのオムレツよ」

「ありがとうございます!」


 ジュナが喜んで頭を下げる。


ーーマルセルさまのお陰で、オムレツも完成したわ。良かった!


 喜びを顔一杯に表しているジュナを見つめていたマルセルが口を開いた。


「ジュナ、まだ終わってないのよ」

「えっ」

「だって、こんなフワフワ、トロトロオムレツだけじゃ、ジャンヌは驚かないわ。彼女は知っているもの」

「ファーナだって、こんなものだったのかと思うだけじゃない?」

「では、どうすれば」

「演出が必要よ」

「演出ーーですか?」

「そう、これは今ここでしか味わえないものだったと思えるような」

「美味しければいいのじゃないのですか」

「さっきも言ったでしょう?一期一会。こんなものは二度と味わえないと言う気持ちを目覚めさせるような」


 ジュナの顔にもう一度困惑が広がる。


「例えば、エレノアさまが美味しいと感じたのはなぜだと思う?」

「さあ、わかりません」

「ジャンヌの一言よ。私が”おいしくなれ”と掛け声をかけていたという」

「あれで、エレノアさまは、この食事は特別に作られていたという暗示にかかっちゃったの」

「ファーナはまだ小さかったから、美味しいものを美味しいと言っただけ」

「だから、今回はあなたがファーナとジャンヌに暗示をかけないといけないの」

「娘さんたちは美味しければ満足してくれるわ」

「ジュナ、美味しく作るだけなら、優秀な料理人なら誰にだって出来るはずよ」

「優雅に美味しいお茶を入れるのも、優秀なメイドなら誰にだって出来る」

「でも、お客を喜ばせるための演出は、料理人にもメイドにも出来ないわ。総指揮者がやるしかないわ」


 しばらくして、尖塔から走り出て来たジュナが屋敷中を駆け回ってタンカを見つけると、その前に立って頭を下げた。


「タンカさん、申し訳ありませんでした!私の考えが浅すぎました」

「あなたの隠居の、お手伝いをさせてください」

「どうした。昨日まで料理長になれないなら辞めると言っておったのに」

「シフォン家で過ごすお客さまに一期一会の気持ちを味わっていただきたいのです」

「何回来ても、常に新しいことが経験できるようにしたいのです」

「そのためには、タンカさんに隠居していただいて、私がこの家の指揮を執る必要があります」

「ジュナ、お前どうした?たった一晩でそんなに成長するものなのか」

「私、料理を作ることに拘り過ぎて、お客さまを喜ばせることを失念していました」

「だがな、エストールが去った後は、お前が継ぐものと思っていたから、誰を代わりに料理長にするか決めておらんのだ。しばらく先になる」

「ご心配なく。さっき、カシューに話をつけました。ご主人さまから任命していただければ問題ありません」

「カシューならエストールも推していたな」

「じゃあ、お前の気が変わらないうちに、ご主人さまの許可をいただくとしよう」


 こうして慌ただしくシフォン家は執事のジュナ、メイド長のレナ、料理長のカシューという若いグループが屋敷の管理を引き継ぐことになった。

 これを聞いたマッケン爺さんまでが、庭師をカストに譲ると言い出した。


「お前らだけ隠居するなんてずるいぞ。儂はお前たちに遠慮して、ずっと待っておったのに!」


 タンカから話を聞いたアスクは少し不安を覗かせた。


「ジュナ、我が家を仕切る者たちが若返るのは嬉しいが、一斉に代わると言うのもな」

「せめてファーナさまが帰られた後に出来ないか」

「ファーナさまと三人の娘さんたち、それにジャンヌさまのご家族に、”こんなの初めて”というおもてなしをしたいのです」

「レナとカシューと一緒にそれをやりたいのです」


 考えてみれば、アスクもファーナたちのおもてなしをやったことがない。タンカやマーサがいてくれるからと安易に考えていた。

 いずれはこの二人がいない中で、自分が責任を持って進めなくてはならなくなる。それが今回と思えばいいとアスクは気持ちを固めた。


「わかった。だがタンカとマーサにも最後の仕事を見届けさせて欲しい」

「はい。実はエストールさんにも声を掛けてあります」

「えらく手回しが早いな」

「三人にはシフォン家で仕事をして良かったと思えるようにと思ったのです」

「いつまでも、いい思い出として残るように」

「そうだな。彼らの知っているシフォン家は良いことばかりじゃなかったからな」

「アスクさま、それでお願いがあります」

「何だ?」

「これまでのシフォン家のおもてなしのやり方を変えたいと思うのです」

「どんな風に?」

「シフォン家の皆さま方にも、表に出て来ていただきたいのです」


 ファーナたちの来訪の日が来て、二台の荷馬車がシフォン家の門をくぐった。

 シフォン家の家族とマルセルとジョセに迎えられて客間に入ったファーナが、着替えをしたいとミッシェルに言った。

 流石にオーバーオールでは失礼だと思ったのだ。


「そのままで構いませんよ。ほら、私たちも正式な格好はしておりません」


 ミッシェルがそう言って、手を広げて見せた。

 確かに、失礼にならない程度の普段着だ。

 席に誘われたファーナは驚いた。男性、女性、子供たちとテーブルが分けられていて、シフォン家の皆もテーブルに着いたからだ。


ーーシフォン家は高貴なお客が多いし、客と一緒の席には着かないと聞いていたけど、どうしたのかしら。


 くつろいで話が弾んでいたファーナたちの前に、小さなガラスの器に載せられたボール状の白い塊が運ばれてきた。

 待ってましたとばかりに、スプーンで一匙救って口に入れた子供たちの顔が満面の笑顔になり、声を上げる。


「わぁ、冷たい!美味しい!」


 今日は初夏の日差しで、じっとしていても汗ばむほどだったので、三つ子たちは大喜びだった。


「これって、アイスクリームよね? もう夏だというのにアイスクリームが味わえるのね!」


 ファーナも喜ぶ。

 この国では、氷の張る冬にしかアイスクリームは作れなかったのだ。


「作った人に敬意を払わないといけないわ。ミッシェル義姉さま」

「じゃ、呼びましょうか?」


 ミッシェルが後ろに控えていたメイドに合図すると、そのメイドが前に出てきた。


「あら、あなたはジュナじゃない?」


 同席していたジャンヌが驚きの声を上げる。


「はい、ご無沙汰しております。ジャンヌ理事長」


 澄ました様子でファーナの方に向き直り、丁寧に頭を下げる。


「ジュナと申します。シフォン家でのお世話は私にお任せください」

「よろしくお願いね」


 ジャンヌが待ち構えていたように、ジュナに向かって聞く。


「ところで、ジュナ この季節に、このアイスクリームはどうやって作ったの?」

「あら、ジャンヌ理事長でもわからないことがお有りになるのですね」

「ジュナはいつからそんなに意地悪な娘になったのですか」

「仕方ないなあ。お教えしましょうか?」

「じれったいなあ」

「マルセルさまに手伝っていただいて、”冷たくなれ、冷たくなれ”と声をかけました」

「えっ」


 驚いてマルセルの方を振り向くと、ジュナにそう言うことにしておいてくれと頼まれていたマルセルがニヤニヤしているのが目に入った。

 自分もエレノアに同じようなことを言ったのを思い出したジャンヌは、恥ずかしさで顔がみるみる赤くなった。


「ジュナ!冗談はやめて頂戴!」


 その様子を見たジュナは顔一杯の笑顔を見せると、おもむろに口を開いた。


「すみませんでした。私も言ってみたかったのですよ」

「実は、海の国の若い商人に氷をお願いしたのです」

「海の国の?あそこは暖かい土地柄じゃなかったかしら」

「何でも、南の山に洞窟があって、その中には年中氷があると去年の定期市の時に聞いていたものですから」

「丁度、今年の定期市の準備で来ていましたから、お願いしたのです」


 ファーナとジャンヌは目を見合わせた。

 南の山の洞窟とは、商人が使う秘密の洞窟のことだと思われた。


ーーやはり、あの商人は秘密を保てない性格らしいわね。関所を設けていて良かったわ。

ーー旅から帰ったら、対策を練らなくっちゃ。


 ファーナ、マルセル、ジャンヌの三人の顔が引き締まった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ