シフォン家へ
「今回はどこに行こうかしら?あなたたち、どこに行きたい?」
次の旅が間近に迫っていたが、どこに行くかまだ決めあぐねていたファーナが娘たちに問い掛けた。
「お母ちゃま、オムレツ!」
待ってましたとばかりに、三人の娘たちが同時に叫んだ。
「オムレツですって?」
「お母ちゃまが話してくれたオムレツが食べたい」
「ああ、シフォン家のね」
自分が三歳になる前に、エレノア王妃と一緒に訪れたシフォン家でマルセルに出会い、オムレツを食べたことをファーナは思い出した。
「そうね、久しぶりに私も食べたくなったわ」
今の季節なら、バラが咲き誇るシフォン家の庭もまだ堪能できる。
あの東屋からバラの花園越しに見える湖と南の山の景色の中で食べた朝食の味は忘れられなかった。
ーーあの景色と美味しい食事を娘たちにも経験させたいわ。
ーー出来たら、あの尖塔の屋根裏部屋にも泊まりたいけど、今はマルセル義母さまが住まわれているから、残念だけど無理は言えないわね。
今回の旅はシフォン家に向かうことにファーナは決めた。
シフォン家で食べたオムレツが忘れられないから、今回はシフォン家に行きたいとマルセルに相談すると、マルセルは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「本当に来てくれるの? 腕によりをかけて、美味しいオムレツをごちそうするわ!」
「お願いね、お義母さま」
「任せといて!その後はどこに行くの?」
「南の森の入り口にある関所にも行きたいの。関守の皆さんに感謝を伝えたいから」
「それは良い考えね。だけどお供に誰を連れて行くの?シフォン領だと手を挙げる家は多いんじゃない?」
「何と言っても、あそこの食事は絶品だものね」
「私はジャンヌ義姉さんに来てもらいたいと思っているのだけど」
「シフォン家ならジャンヌ義姉さまは適任なんだけど、それでも皆を納得させるのは大変そうね」
「まぁ、それはいつものことよ」
そう言って、ファーナはため息をつく。
自分の試練克服のつもりの、トールが形にしてくれた慎ましい野営旅が、今は国中が注目する大行事になってしまった。
女王と次の代を担うはずの三人の聖女候補の旅なのだ。注目されない方がおかしい。
領地を持っているどの家も、自分の領地に来て欲しいと願っていた。
領地を持っていなくても、一家四人なら家柄に関係なく二台の荷馬車を連ねる従者役として参加できることもあって、手を挙げる家の数は多かった。
マルセルやジャンヌは、ファーナの旅には極力関わらないようにしていた。
従者役を願う家が多すぎて、それだけに彼らの間でやっかみと衝突も多かった。
それにマルセルやジャンヌの行動が、いつも好意だけで見られているとは限らなかった。
マルセルやジャンヌの活躍が巷に伝わると、国は彼らに依怙贔屓をして手柄を与えていると、根拠のない噂が立ってしまうことさえもあるのだ。
大局から見れば、そんな噂は些細なことなので放っておけばよいのだが、善政で知られていたウイルドン家でさえも、それが元で一家滅亡の目に会っていることを考えるとそうもいかない。
結局、ファーナの治世が難しくなるようなことは敢えてするまいと、マルセルとジャンヌの二人は話し合っていた。
だが、シフォン家となるとマルセルとジャンヌが過ごしてきた場所として誰もが知っている。
ファーナ王女がシフォン家に二度も滞在したこと、そこでマルセルやジャンヌとの出会いがあったことは国中に知られていて、マルセルとジャンヌは英雄のように語られていたから、ジャンヌが主になったウイルドン家が従者役を受け持っても何の不思議も無かったし、誰も文句は言えるはずも無かった。
今回の旅先はシフォン領だと公にされると、誰からともなく、ウイルドン家が適任だと声が上がり、然したるいざこざも無く、従者役はウイルドン家に決まった。
ファーナたちがシフォン領に来ると知らせを受けたアスクとミッシェルも喜んだ。
「それは素晴らしい!生まれ変わったシフォン家をお見せしますよ」




