和解に向けて
久しぶりに南の国に戻って来たジャンヌは、東の村のエルナの家に立ち寄って、助けてもらったことに改めて礼を述べた。
エルナに何度も泊まっていけと促されたが、丁寧に断り、物言いたげなエルナを残して、そそくさとシフォン家に向かった。
エルナの家にウイルドン家の人間がいるとジェクトンに知られたら、エルナにも害が及ぶーージャンヌはそう考えていたからだ。
シフォン家まで戻ると、シフォン家の領内で起こした自分たちの不祥事で多大な心配と迷惑をかけたことをアスクとミッシェルに詫びた。
そして、この二ヶ月の間の、海の国での事の次第を話して聞かせた。
話し終わると、それまで黙って聞いていたアスクが身を乗り出して、ジャンヌに語り始めた。
「ジャンヌさん、こちらにも、君たちがいなくなってからの、話しておきたいことがあるんだ」
「何かあったのですか?」
トスカからは何も聞いてなかったジャンヌは心配そうに聞いた。
アスクは違う違うと言う風に手を振り、話し始めた。
「君たちがいなくなったころ、母が雇っていた関所の私兵の隊長が、我が家を訪ねてきてね」
「彼は東の村のジェクトン牧師に縁があると言っていた。ファーナ女王もそれはご存じだったそうだ」
「彼が言うには、ファーナ女王が東の村を訪れた後に、東の村ではひと騒動あったらしくてねーー」
東の村を訪れたファーナが、村に着くなり引き返したのを、一人の村人が見ていた。
その報告を聞くとすぐに、副村長のジェクトンが数人の村人を引き連れてエルナの家に押しかけて来てた。
「エルナ!あの馬車に乗っていたのは誰だ」
ジェクトンは鬼のような形相で問い詰めたが、エルナは惚けてはぐらかす。
「金持ちの道楽旅行だって言ってたよ。こんなまともな道も無い所に子連れで来るんだから、お金持ちってのは優雅なものだね」
「それならなぜ村に入らず、逃げるように去って行ったのだ」
「そんなことは知らないよ。大切な用事があったのを忘れていたと言ってたよ」
「あんたたちだって、ダルウインが商売に来た時でも、外から来た人間はうちの前から中には入れないじゃないか」
「税金だと言って、金はふんだんに取るくせにさ」
これ以上、彼女に聞いても埒が明かないと悟ったジェクトンは、そばで震えているダルウインの方に向き直った。
「ダルウイン!お前が奴らを連れてきたんだ。あれは誰だ?」
「か、金持ちのーー道楽で旅行しているからと道案内を頼まれただけだ」
「本当だな?」
「本当だーーです」
「全くーーお前らが王都でやっていた定期市がシフォン領に移ったことで、うちの村の若者がわざわざシフォン領まで出向くようになってしまった」
「おまけに、あっちでいらん知恵まで磨いてくるようになりやがって!」
ダルウインの顔色を窺いながら言葉を続けるジェクトンと目が合ったダルウインは、つい目を逸らしてしまった。
ジェクトンの顔に笑みが浮かんで、声を張り上げる。
「奴らの話じゃ、南の国の女王ってのは、三人の幼い娘を連れて、気ままに旅をしていると言うじゃないか」
「ここに来ていたのも、女と三人の幼女だったよな。あれが南の国のバカ女王じゃないのか?」
「あの方はバカではーー」
ダルウインが慌てて口を押えたが、ジェクトンが、してやったりとニヤニヤしている。
「やはりな。おい、こいつ等をこの小屋から出すんじゃないぞ」
戸口に立っていた男にそう言い残すと、ジェクトンは去って行った。
男も出て行って戸が閉まると、ダルウインが今にも泣きそうな顔でエルナの顔を見る。
エルナが大きなため息をついた。
「あんたはつくづく商売人に向かないね。商売を続けるつもりなら、頭の切れる嫁さんを貰うんだね」
あきれ顔で言うと、ダルウインを残したまま、エルナは奥の部屋に入ってしまった。
ダルウインはうなだれて言葉も無かった。
ジェクトンはすぐに村の会議所に村の男たちを呼び集めて、ファーナ女王が東の村を知ったことを話したらしい。
「今後、シフォン領の定期市に行くことはまかりならんぞ!ダルウインはもうこの村に入れるな!」
それを聞いた若者のリーダと思われる男が、気の無さそうに口を開いた。
「じいさま方、あんたたちの言い分は昔からずっと聞かされている。だが、俺らの言い分はどうしてくれる?」
「このままだと、東の村はどこからも取り残されてしまうばかりじゃないか」
村人を集めて南の国の女王に隠れ場所を知られたと話して、若者たちの賛同を得ようとしていたジェクトンたちだったが、思いもかけない言葉に勝手が違い、面食らった。
「わ、儂らは南の国に見つからないよう隠れて過ごせばいいのだ」
「なぜ、隠れなくちゃいけないんだ?じいさま方、あんた等は若い時に南の国で随分酷いことをしたらしいな」
「それをどこで聞いたのだ?」
「定期市に行くと、いろいろな噂が耳に入ってくるさ。まあ、前々から気づいてはいたがね」
「だからここに俺たちを集めたのは、南の国に、しかもその女王に知られてしまったから、早く手を打ちたいだけなんだろう?」
「それなら、ここはひとつ謝罪をした方が、今後の東の村のためにも良いのじゃないか?」
「そ、それはならん!」
「どうしてだ?余程後ろ暗いことがあるのか?」
「そ、そんなもの」
「じゃ、謝罪に出向いても構わないじゃないか?」
「ウイルドン家が承知せんじゃろ」
「ウイルドン家かーーよくもまあ、皆殺しにするとはな」
「それも知っているのか。だ、だが」
「まだあるのか」
「こっちに来るとき、国庫から金を持ってきた」
シャリオンが小さな声で言った。
「やれやれ、泥棒の真似までしているのか」
「それで、その金はどうした?」
「私の家に保管してある」
「全部か?」
「ーーいやーーこっちに来る途中で、いろいろ入用だったのだ」
「やれやれ、交渉が難しくなるじゃないか」
「じいさま方、あんた等は自分の欲のために、俺ら若者まで犠牲にしたんだ」
「南の国の女王の治世は、みんなから絶大な支持を受けているのにも関わらず、王位を捨ててまでして、若者を中心にして国を治めて行こうとしているらしい。じいさま方とは、えらい違いだな」
「俺たちも罪を犯したじいさま方の下で、こそこそと生きて行くのは、もう懲り懲りなんだよ」
「今日を限りに、俺らはじいさま方の言うことは聞かない」
「皆で決めたことだ」
「い、いつのまに」
「俺たちはエルナさんを村長にして南の国と交渉をする」
「なぜ、エルナなんだ?」
「だって、彼女は聖女さまだとじいさま方が言ってたじゃないか」
「聖女なんてのは南の国の連中の夢物語だ。あいつにそんな力は無い」
「それはわかっているよ。だが彼女は俺たちよりは頭が回る。じいさま方より長として申し分無いんだよ」
「それに、じいさま方はエルナさんが南の国の人間だと知っていたんだろう?」
「だから、何度も湖に突き落としたんだ。違うか?」
「……」
「彼女は南の国との橋渡しにも丁度いいんだよ」
「気に入らないと言うなら、じいさま方だけでどこかに逃げてくれ。ただし、南の国から持ってきたものは全部置いて行けよ」
「儂の息子が黙っていないぞ」
「ああ、関所にいるじいさんの長男な。実は彼がこの計画の発案者だ」
「何だと!」
「何でも、あんたたちの命を受けて、まだ小さかったファーナ女王を暗殺しようとしたことがあったらしい」
「失敗して、命を奪われても仕方なかったのだが、モードネス家のデノーテさまのお陰で南の森の関守として働いているんだ」
「ファーナ女王が東の村に来る前に、彼は関所で女王に会って、謝罪している」
「その時、じいさま方のこともほのめかしたようだ」
「何だと!彼奴が裏切ったのか!」
「安心しろ。はっきりじいさま方の名を言ったわけじゃない。”見知った者がいる”とだけ言ったらしい」
「……」
ホッとしたようなジェクトンの顔いろを窺った若者が、ジェクトンに失望の言葉を叩きつける。
「だけどな。エルナさんの家でファーナ女王は、じいさま方三人の名前を知ったらしい」
「エルナは儂らの素性を知らないはずだ」
「ファーナ女王は頭の切れるお方らしくてな、エルナさんとダルウインさんの話から察したらしい」
「あのおしゃべり野郎が!」
「そう言うことだ、じいさま方。あんたたちはどうするか、決めてくれ」
突然、エルナの小屋の扉が音を立てて開き、どうなることかと中で震えていたダルウインを驚かせた。
「ひぃっ」
それを横目で軽蔑気味にチラッと見た男がエルナに向って言った。
「エルナさん、悪かったな。俺たちはあんたについて行くよ」
「そうかい?じゃ、さっそく関所に使いを出しておくれ」
「わかったよ」
男が出て行き、扉が閉まると、ダルウインがエルナに向かって叫んだ。
「お、お前、私を騙していたのか!」
「騙しゃしないさ。あんたに話すと、何もかも駄目になるとわかっていたからねーーそんなことより」
「ダルウイン、あんたはこれからあいつと一緒に南の国に行ってくれないか。ファーナ女王と親しいんだろ?」
そう言って、エルナはダルウインを見つめる。
騙されたと怒っていたダルウインだったが、エルナの目は、これまでのような何を考えているかわからないような目でなく、凛とした目的を持った目つきに変わっていた。
「お、お前の頼みなら喜んで」
「ーーという訳だよ」
身を乗り出して話していたアスクが、テーブルの上のコーヒーカップを手にしてソファに深く背を預けた。
コーヒーを一口啜ると、アスクは口を開いた。
「だから、ウイルドン家の君たちが、東の村に流れ着いてから何事も無く離れることが出来たのは、紙一重の差で幸運だったんだよ」
「ファーナさまが東の村に行かなかったら、どうなっていたか、わからなかったと言うことですね」
「ああ、実は東の村をどうするかを打ち合わせるために、ファーナ女王に呼ばれているんだ」
「シフォン家は東の村に接しているからね。我が家の意向も聞きたいのじゃないかな」
「丁度いいので、ジャンヌさんの気持ちを聞いておきたいと思うんだ」
ジャンヌはアスクを見つめ、迷いなく答えた。
「ウイルドン家と彼らの間にあった話は、東の村のことを知ったファーナ女王から、シャークと一緒に話を聞きました」
「その時に、女王の決めたことには従うと決めていました。今更、どうこうせよというつもりはありません」
「そうか。じゃ、そのように伝えておくよ」
「アスクさん、その首謀者の三人はその後、どうなったのですか?」
「ここに来る前にエルナさんの所にも立ち寄ったのですが、そんな話は伺えませんでした」
「もう終わった話だと、彼女なりに気を使ったのかも知れないね」
ジャンヌはエルナがしきりに泊まっていけと勧めていたのを思い出した。もしかしたら、その話をしようと思ったのかも知れない。
「それはーー」
「聞くところによると、東の村から出て行ったらしい」
「そうですか」
ーーまさか、南の国に舞い戻るなんてことはないでしょうね。
ジャンヌの心配そうな顔に気づいたアスクが話を続ける。
「気に掛けないでいいと思うよ。もっと東に向かったと聞いている」
「ただ、そっちは屏風のような山に阻まれて、行き所は無いと思うのだがな」
「我が家からもあの山は見えるが、とても老人たちの足では踏破出来ないと思うよ。彼らはどうするつもりなのかね」
「ファーナ女王としては、君たちに不満が残らなければ、これで幕引きとするおつもりのようだ」
「そうですか。先にも申しましたように、ウイルドン家は了承しているとお伝えください。家のことが片付きましたら、改めてご挨拶に伺いますと」
「わかった。伝えておくよ」
ウイルドン家と東の村の問題はこれで解決したが、ジャンヌにはもう一つやり残していることがあった。
後はミッシェルに任せて、部屋から出て行こうとしたアスクに、ジャンヌが椅子から身を乗り出すようにして語り掛けた。
「アスクさん、もう一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか」




