門出
海の国は、長く続く高い崖と海の間に出来た、東西に長く伸びる砂浜の上にある。
高い崖とは、南の国を囲う屏風のような山の一部で、山の向こう側には東の村がある。
ここに来るには、その山と南の山の間にある峠を通るのが唯一の道だーー溶岩洞窟を知らない人にとっては。
まるでナイフで切り込んだような垂直な崖を両側に持つ峠は、北の国との間の峠道を彷彿とさせる。
峠から真っ直ぐ下る道の正面に島がひとつ見える。
浜と島の間には橋が掛けられていて、その両側は港になっているようだ。
そこには大小様々な商船が浮かんでいた。
トスカたちの馬車は、そこを通って海の国へ来ていた。
海の王の住まいは、島の中央の小高い丘に造られていた。
ジャンヌたちは門の前に立って、海の国の王さまに面会を求めた。
ダルウインが先触れしていたこともあって、王さまは快く承諾してくれ、ジャンヌたちは王宮の中に入って行った。
迎えに出て来た王さまは、とても気さくな人物で、王という地位を笠に着て威張る様子などは全く見せなかった。
「南の国の様子は、このサンクス商会のダルウインから聞くしかなかったので、実際に南の国の方とこうしてお会いするのは初めてですよ」
「私はここで王を務めている、商会長でもあるオーサーツ商会のトシーオです」
広間のソファに皆を座らせ、テーブルにお茶が配り終わるのを見届けた王さまが笑顔で話し始めた。
それを聞いた、不思議そうな顔のジャンヌたちを見て、トシーオは”やはりな”という顔をして、少し身を乗り出して説明を始めた。
「この海の国は商業を生業としていましてね。国王と言っても、単なる商会長みたいなものですよ」
「決め事も合議制で行っています」
「それでも王さまになられたのには理由があるのでは?」
「理由?そうですなぁ。強いて言えば、西の国での商売が認められたということですかな」
「西の国ですか?確かアグナ女王さまの治める国ですよね」
「ご存じか?我が家は元々、北の国で商売を行っていましたが、あの国もだんだん勢いが無くなりましてな、もう行くのを止めようと思い始めたころに、オアシスで西に向かう多くの足跡を見つけたのです」
「その先の西には砂漠の先に草原が広がるばかりで、人など住んでいないとわかっていたので、行ったことは無かったのです」
「人がいるなら商売になるかもと西に向かってみたら、小さくはありましたが、そこで村を見つけたのですよ」
「彼らを相手に商売を始めたのですが、気がついた時には、彼らは王国を築いていました」
「ですが、あそこも近ごろ、ごたごたがあったようですな。オアシスでその解決に向かわれるファーナ女王にお会いしてたのです」
「北の国も今では状況が好転してると教えて頂きまして、半信半疑で北の国に向かったのです」
「もう何年も訪れたことが無かったのですが、以前とは比べ物になりませんでした」
「お陰で、両国で大きな商いをさせてもらうようになってーーその代償というわけです。勲章のようなものですな」
「そうは言っても、見合うだけの融通は聞かせてもらってますけどね」
王さまは、面白くもないといった顔つきで横を向いているダルウインをチラッと見ると、いたずらっ子のような顔つきになった。
「私が王になると聞いた時のダルウインの悔しがり様は見ものでしたな。サンクス商会は南の国での商売で相当な利益を上げていましたから、ダルウインは自分が王になれると思っていたようです」
「おい、それ以上は言うな!」
ダルウインが必死に止めようとするが、王は知らん顔で続ける。
「人間は、こんな時は慢心して気が緩むんでしょうな。南の国で何かやらかしたみたいです」
ーーあの、溶岩洞窟のことをファーナに知られたことかな?
ジャンヌはダルウインが初めて王都に来た時のことを思い出した。
「それで仕方なく、妹のアスカに南の国の商売を譲ったみたいですな」
「俺には東の村しか残っていないとぼやいておりました」
ダルウインががっくりと俯く姿を一瞥して、さらに続ける。
「この妹のアスカというのは本当に商売が上手くてね。このままいくと、三年、いや来年にでも、この国の王位はあの娘のものになるでしょうな」
「私には跡継ぎがおりませんから、間違いないでしょう」
そう言うと、ダルウインをチラッと見て、ニヤッと笑う。
「お前も早く頭の切れる嫁さんを貰ったほうがいいぞ」
「う、うるさい!」
とても王とは思えないほど気のいいおじさんのような雰囲気に、ジャンヌたちは驚かされた。
トシーオはジャンヌの方を見て、ダルウインのことなどは忘れたように、別な話を始めた。
「お国にも同じような世界を目指している女王がいると、ダルウインから聞いていましたが、あのオアシスでお会いした方とはね」
「世の中は狭いものですな」
「私たちの世代には無理でしょうが、孫の世代にはお互いそんな世界を創り上げるのかと思うと、長生きをして見てみたいものです」
ジャンヌもつい心を許して話し込んでしまう。
「そうですね。我が国のファーナ女王は、自分が最後の王だと既に宣言されています」
「この国でも、若者たちが国を動かせる時が来たら、そのような世界になっているのかも知れませんね」
トシーオの目が遠くを見つめるようにキラキラと輝くのをジャンヌは感じた。
ーーこの人は純粋にこの国の未来を考えているのだわ
ジャンヌはトシーオにも、ファーナの計画に参画してもらいたいと思った。
「私たちの国では、そのための教育も始まっているのですよ」
「ほう、それは素晴らしい!残念ながら、ここではまだそこまで進んではおりません。そこへは我が国からも留学可能でしょうか」
「もちろんです。むしろ、すでにそれに近い政治が行われている海の国のやり方を参考にしたいくらいです」
「では、交換留学制度を作りませんか」
「それはいい考えですね。国に帰ったら、ファーナ女王に打診してみましょう」
それを横で黙って聞いていたトスカが身を乗り出した。
「お母さま、そのテスト生として、すぐにでも私を海の国に預けてくれませんか」
「私、ここで学んでみたいのです」
それを聞いたジャンツが慌てた。
「トスカ、待ってくれ!ここには僕が残りたい」
「お兄さま、どうして?」
「ぼくはここでダルウインさんに商売を教えてもらいたいんだ」
そばで聞いていたダルウィンがニヤニヤしながら口を開いた。
彼はジャンツの思いを知っている。
「だがね、ジャンツくん、そうすると、君はしばらくアスカに会えなくなるぞ」
「えっ、どうしてですか?」
「今度君たちを南の国に送り届ける時には、アスカも同行させることにしているんだ」
「ファーナ王女に正式な交代の挨拶と、彼女の勉強のためにね。これは王さまから許可も得ている」
「ジャンツ、黙っていてごめんね」
アスカが手を合わせて謝ってきた。
「と言うことだが、どうするね?」
「それでも、ここに残らせてください。ダルウィンさんの後を継げるように頑張ります」
「良かった!実はね、私と兄が同時に南の国に行ってしまった後、海の国にあるサンクス商会を誰に守らせるか悩んでたの」
「カンタじゃ、心細いし。でもあなたがいてくれるなら、大丈夫ね。期待してるわ」
「そういう意味では、ウイルドン家の後継ぎ候補が二人ともいなくなるわけだがーー」
王さまがジャンヌの方を見る。
「大丈夫ですよ!私が帰るまで、家の面倒を見てくれる人を残してきてますので」
トスカが思いも掛けないことを言い出したので、ジャンヌは驚いた。
「トスカ、本当に大丈夫なの?」
「任せて」
「トスカさんは聡明のようだ。ジャンヌさん、あなたにも異存は無いと思いますが、どうされますか?」
「子供たちが決めたことですので。それに王さまも、こうなることは予想されていたのでしょう?」
二人はお互いを見ると、笑い始めた。
一頻り笑った後、ジャンヌが王さまの方に向き直り、頭を下げた。
「王さま、改めてトスカの教育をお願いできませんか?」
「引き受けた」
今度はダルウインの前に立つ。
「ダルウィンさんには、ジャンツを預かっていただきたいのです」
「引き受けましょう」
「我が家の入り婿候補として、みっちり仕込みますよ」
「ありがとうございます。アスカさんは私が責任をもって預かります」
トスカがジャンヌに駆け寄り、抱きつく。
「お母さま、我儘を言ってすみません」
「トスカ、しっかり学んで帰ってくるのよ」
「それに、ジャンツもね」
遅れて抱きついてきたジャンツの頭を抱いた。
「ありがとう。お母さん」




